第16話 年度末試験で勝負!

 ともかく私はベルナーシェ家の長女として、この場を切り抜けなくてはならない。ジュリシスと父の名誉を守るために、ウェルナー先輩の横暴に立ち向かわなくては。

 家族愛がギラギラと燃え盛る。

 父の地位は決して高くはないけれど、真面目に働いている。私たちに不自由な思いをさせないために働いている父を、嘲笑う権利など誰にもない。

 

(先輩の口を黒糸で縫ってやりたい! 貴族の血が流れているからってなんなの! むきーっ!!)


 噛み締めた奥歯に力を入れると、ギリっと鈍い音がした。


 どうやって先輩を打ち負かしてやろうか考えている私と、深い翳りの中に引きこもっているジュリシス。

 私たちが黙っているからか、ウェルナー先輩は微笑みの仮面を外した。その下にあったのは、傲慢な者にありがちな威張り顔。

 品のある銀縁眼鏡が、横柄な目つきのせいで、狡猾に見える。


「ルイーゼ。勝負するのはやめてあげるよ。でも、タダってわけにはいかないな。だって、そうだろう? 世の中は対価ってものが必要だ。でも俺はひどい人間ではないから、君に選ばせてあげよう。まず、一つめ。ルイーゼ、俺の女になれ。ほんわかとした顔とおっとりとした雰囲気、俺好みなんだよね。本命の彼女にするのは身分的に無理だけど、大事にする。不自由はさせないから安心して」


 ウェルナー先輩は「二つめ」と、指を二本立てた。


「そこにいる男に、謝罪を求める。地べたに額をつけて、謝ってもらおうか。さあ、ルイーゼ。どちらを選ぶ?」


 ジュリシスは瞳を伏せたまま、私にだけ聞こえる小声でつぶやいた。


「あいつの女になんて、絶対にダメです。僕が謝り……」

「私に任せて。いい考えがある」


 わざと、ジュリシスの言葉に被せる。ジュリシスが地べたに額をつけるところなんて見たくない。弟にそんな無様な真似をさせるわけにはいかない。

 

 ジュリシスの顔を覗き込み、にっこりと笑う。


「弟して見られるのが、そんなに嫌?」

「だって……」

「私は家族愛が強いんだ。家族を思うと、心が強くなる。敵に向かう勇気が底なしに湧いてくる。ジュリシスは大切な家族。かけがえのない弟だよ。大好き。ジュリシスの求める大好きじゃないかもしれないけれど、私にとっては、宝石でできた王冠よりもジュリシスのほうが好き。だから、できたらでいいんだけど、私の弟になったことを喜んでほしいな」

「お姉さん……」


 ジュリシスの好意に勘付きながらも、気がつかないふりをしている私。身勝手な姉でごめんと謝りたい。

 それでもジュリシスは、嬉しそうに笑ってくれた。翳りを帯びていた瞳に、光が戻る。


「宝石でできた王冠よりも僕のほうが好きだなんて、ありがとうございます」

「ううん。お礼を言うのは私のほうだよ。ありがとう」


 私は家族を守るために、足を一歩、前に踏み出した。ウェルナー先輩を見据える。


「私に選ばせてくれると言う割には、勝手に選択肢を決めるんですね。私は三つめを提案します」

「三つめ? なに?」

「私と勝負してください」

「ダメです! 僕がっ!!」


 前に出ようとしたジュリシスを、手で制する。


「私に勝負をさせて。大切な家族をバカにするなんて、許せないよ! ジュリシスがおとなしいからって、調子に乗るなって感じ!」

「ルイーゼ⁉︎ まさか俺に向かって、調子に乗るなって言ったのか?」

「そのまさかです。べルナーシェ家の誇りを守るために、先輩に勝負を挑みます!!」

「ハハッ! 羊みたいに温厚で、おとぼけキャラのルイーゼが、僕と勝負?」


 とっておきの冗談を聞いたかのように大笑いする、ウェルナー先輩。

 私は五歩進み出て、ウェルナー先輩を見上げた。うっかりと近づきすぎてしまって、先輩の鼻の穴が丸見え。

 やだ、汚い。と、一歩下がる。


「羊のツノでやっつけてあげますよ!」

「戦闘能力が低そうだね」

「そうやって余裕ぶっていられるのも、今だけなんだから! バーカバーカバーカ!!」

「地味にムカつくな」


 ようやく先輩から余裕ぶった微笑が消え、激しい火花がバチバチっと散る。

 私のほんわかとした垂れ目では威力がないだろうが、それでも力いっぱいに睨みつけてやる。


 ウェルナー先輩は、勝負を言い渡した。


「僕たち卒業生は、年度末試験がない。だから、ルイーゼの試験で勝負をしよう。進級できたらルイーゼの勝ち。君の言うことをなんでもきこう。だが、落第点を取って進級できなかったら、僕の勝ち。彼女になってもらう。三番目の女でいいかい?」

「いいですよ」

「お姉さん! ダメです!!」


 悲鳴をあげたジュリシス。


「僕が勝負をします! お姉さんを三番目の女になんて、させられない!!」

「心配しないで。負けても大丈夫。先輩の彼女になったら、股間を蹴って、やっつけようと思う」

「……訂正する。彼女にならなくていい。ジュリシスに、俺の子分になってもらおう」

「ずるいっ! 卑怯だよ!!」

「だったら、勝てばいい。ルイーゼが勝ったら、どんな願いでも聞いてやる。まぁ、下から数えたほうが早い成績の君には、無理だと思うけれど。っていうか……股間を蹴るなんて物騒なことはやめて、おとなしく俺の女になれよ。三番目といっても、本命の彼女よりも大切にするからさ」

「ベロベロベー! お断りですっ!!」


 未練がましい視線を送ってくるウェルナー先輩に、私はあっかんべーをした。

 ついでに、「鼻毛を切ったほうがいいですよ。伸びています」と笑顔で忠告をしてあげたのだった。


 ふと、アメリアの占いが脳裏を横切った。


「落第点を取る教科は二つね。数学が十八点、外国語は十二点」


 つまり、数学と外国語を重点的に勉強すればいいというわけだ。

 落第点のラインは二十点。本気を出せば大丈夫だろう。



 翌朝のホームルーム。担任教師の発言に、芸術クラスに戦慄が走った。


「学園長から、芸術クラスといえども、勉強に力を入れてほしいとの要望が出ました。よって、他クラスと同じように、落第点ラインが三十点に上がりました。試験まであと五日ですが、皆さん、頑張ってください」

「ええーーーっ!!」


 クラスメート全員が絶叫した。もちろん私も悲鳴を上げた。

 ウェルナー先輩は学園長の息子。落第点ラインを上げるよう、父親に頼んだに違いない。

 なんて卑怯なヤツ!!


 

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