第15話 僕と勝負しないか?

「おやおや、きょうだい喧嘩ですか?」


 私もジュリシスも涙目になって鼻を啜っているというのに、それを茶化すように話しかけてきた人がいる。

 

 ──ウェルナー先輩だった。


 先輩は、いつもと同じように温かかな微笑を浮かべている。

 その微笑に私は親しみを感じていたけれど、今は殺意を覚える。(なんでこんなときに話しかけてくるかな⁉︎ あなたも空気が読めませんよね!)と言ってやりたい。


 ウェルナー先輩は微笑みを張りつけたまま、ゆったりとした口調で言葉を続けた。

 

「悩みがあるようだね。相談に乗るよ」

「結構です」

「束縛の強い弟さんのことで悩んでいるのかな? それとも、年度末試験? 僕が勉強を教えてあげようか?」

「いいえ、結構です」


 早く向こうに行ってほしくて、ムスッとした態度で断っているというのに、ウェルナー先輩には気にした様子がない。


「そういえば、ジュリシス。僕に宣戦布告をしてきたよね。売られた喧嘩を買わないのは、男じゃない。受けて立たなくては。ルイーゼを賭けて、僕と勝負しないか?」

 

 ジュリシスは虚ろな表情をしたまま、蚊が鳴くような声で、「……勝負しません」と断った。

 ウェルナー先輩は目を見張り、それから勝ち誇った笑いをあげた。


「ハハッ! 勝負しません、と言ったのか? あまりにもか弱い声だから、なにを言ったのかわからなかったよ。ハッ! あのときの威勢の良さと、生意気な態度はどこに行ったんだい? お腹でも壊しているのか?」

「あの! ちょっといろいろとあって……。すみませんけれど、また今度にしてください!」


 先輩を遠ざけたいのに、わざと空気を読まないでいるのか、ウェルナー先輩はにじり寄った。


「そっちから喧嘩を売ってきたくせに、尻尾を巻いて逃げるとはね。とんだ負け犬だな。チワワでもキャンキャン吠えるというのに、君はだんまり。情けないとは思わないのか?」

「先輩、やめてください! 言い過ぎです!!」

「俺の見ている前で、ルイーゼにキスをするという、無礼な態度を取った者を許すわけにはいかない。プライドというものがあるんでね」


 ウェルナー先輩は、ジュリシスから私へと視線を移した。ジュリシスに注いでいた軽蔑の眼差しは失せ、慈しみに代わっている。

 けれど私はもう、偽りの優しさに騙されたりしない。


「ジュリシスは勝負しないと言っています。いい判断だと思います。これ以上、私の弟を悪く言わないでください。やめてください!」

「可愛い後輩の頼みとあっては、断れないね。やめてあげよう。だが、ジュリシスにはガッカリしたよ。俺に恐れをなして逃げるのは結構だが、貴族社会ではありえない行為だ。貴族は、敵前逃亡などしない。地位とプライドを賭けて勝負する。まぁ、君は貴族じゃないから仕方ないが。所詮は、下っ端文官の子供。野心も向上心もない歯の抜けた犬の子供なのだから、仕方がないね。ハッ!」


 ジュリシスと父を見下した発言は、私の怒りに火をつけた。差別意識の強い人は嫌いだ。


「ねぇ、ジュリシス。言ってやって! 嫌味なら得意でしょう!」


 ジュリシスは口の中でモゴモゴと、


「ルイーゼにフラれた、価値のない人間ですから……」


 と、弱々しくつぶやいた。


 なにをするにも堂々としている自信家が、私にフラれたぐらいで、自分の価値を見失ってしまうの⁉︎

 ジュリシスにとって私がいかに大切な存在なのか、思い知らされる。


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