第14話 弟としてしか見られない
年度末試験まで、あと六日。今日はジュリシスに誘われて、図書室に来た。
放課後の図書室には、生徒たちが鉛筆を走らせている音が響いている。人間は無言なのに鉛筆の音だけがおしゃべりだなんて、なかなかに不気味な光景だ。
私は勉強に疲れ、なんとはなしに、隣で勉強をしているジュリシスを観察する。
ジュリシスの横顔は、冴え冴えとした真冬の月のように美しい。
まず、鼻のラインが美しい。完璧なカーブ。アイスブルーの虹彩を引き立てる切れ長の双眸は、知的で冷ややか。赤く色づく唇は、形も厚みも申し分ない。青髪には艶があり、長めの前髪が色っぽい。
世の中にこんなにも美しい人間がいるのかと、惚れ惚れする気持ちを通り越して、不平等極まりないという不満が沸く。
(私がもうちょっと鼻が高かったら、モテモテ人生を送れたかもしれないのに。可愛いっては言われるけれど、美人って言われたことはないのよね)
視線に気づいたジュリシスが、こちらに顔を向けた。
「どうしましたか? キスしたいって顔をしていますが?」
「それって、どんな顔⁉︎ 思っていないから!!」
ジュリシスが不謹慎なことを言うものだから、つい、大声を出してしまった。司書と生徒たちの視線が痛い。
私はペコペコと頭を下げて謝ると、ジュリシスに肩を寄せ、小声で話す。
「図書室って、落ち着かないね」
「そうですか? 僕は落ち着きます。集中できませんか?」
「チラチラと見られている気がする。ジュリシスファンの子たちだと思う。姉でも、嫉妬ってされるのかな?」
「そういえば……全国模試試験でトップの成績を取ったということで、新聞部にインタビューされました。恋人にしたいタイプを聞かれたので、ルイーゼだと答えました。結婚願望はあるかという質問には、ルイーゼとなら結婚したいと答えました」
「じょ、じょうだんでしょう⁉︎」
「シィーーっ!」
三角眼鏡をかけている司書がしかめっ面をして、唇の前で人差し指を立てた。
私はまたペコペコと頭を下げて謝り、ジュリシスを図書室の奥へと引っ張っていく。
惚れ薬問題は深刻を極めている。
父が職場仲間に教えてもらったという魔女を、父とジュリシスと三人で訪ねた。そうして、作ってもらった解毒薬。
すぐさま、ジュリシスの顔にかけた。惚れ薬と同じように、唇を舐めてもらい、皮膚吸収させた。
だが、変化なし。惚れ薬の効果は持続中。
年老いた魔女は言った。
「アメリア? あぁ、あの子は天才魔女ですから。薬において、あの子の右に出る者はいませんよ。アメリアの作った薬を解毒するなんて、大魔女モブラン以外無理です」
だったら、大魔女モブランはどこにいるんだという話だが、高齢のため引退したらしい。どこにいるかは誰も知らないとのこと。
「人生、終わった……」
灰になった私を、ジュリシスが慰めるように抱きしめた。
「それ、最近のお姉さんの口癖ですね。だったら、お姉さんの人生。僕がもらってもいいですか? 面倒みます」
「そういうことじゃないんだよーっ!!」
これが、昨日の話。
落ち込んだ状態で試験勉強だなんて、できるわけがない。
図書室の奥は、農業関連の本が並んでいる。生徒の姿はない。
私は大声を出さないように注意を払いつつ、怒りをぶつけた。
「私が困ることはしない。姉と弟の関係を飛び越えたら、学校に行かせない。そういう約束を、お父さんとしたよね⁉︎ それなのに新聞部のインタビュー、姉と弟の関係を飛び越えた発言だよ! お父さんに報告して、学校に来させないようにするよ!」
「父には言わないでください! すみません。記事にしないよう、頼みますから!! だから、お願いです。ルイーゼのそばにいたい。僕を嫌いにならないでください……」
そばにいる。嫌いにならないよ。そう言うのは簡単だ。けれど、それが私たちのためになるのか。疑問が鎌首をもたげる。
ジュリシスは私を好きだと言う。私はそれを、惚れ薬のせいだと思っていた。
けれど、直感が囁く。なんだかおかしい、と。
学校帰りに、ジュリシスが言ったことが気にかかる。
「以前の僕は、どうせ恋人になれないんだから、嫌われたっていい。絶対に結婚させないって息巻いていました」
(以前の僕って……それって、惚れ薬が効く前から、私と恋人になりたいと思っていたということ?)
聞かなかったことにして、流すことはできる。なんでもない笑顔を取り繕って、ジュリシスの想いに気づかないふりをして、穏便な関係を保ったまま、惚れ薬の効果が切れる日を待って──……そうして惚れ薬が切れたら、どうなるの?
ジュリシスは感情に蓋をして、私を冷たく突き放すのだろう。以前、そうだったように。
それは私にとっては、望むべき未来。けれど、ジュリシスは? 感情に蓋をした生き方は苦しいはず。
(でもだからって、想いに応えられないよ。私はジュリシスのことを、弟としてしか見てこなかった。いまさら、男性として見ることなんてできないよ)
どうしたらいいのだろう。わからない。答えが見つからない。
図書室にいる、何十人もの生徒たちが沈黙を貫いている。それでも息遣いや、紙を捲る音や、鉛筆を落とす音が静寂な空間に存在感を放っている。
その存在感ある静寂を破らない程度の小声で、ジュリシスが訴えてくる。
「どうしたら僕のこと、好きなってくれますか?」
「……ごめんなさい。弟としては好きだけど、異性としては、無理……」
「ルイーゼの好みに合う男になっても、ですか?」
「うん……」
「そう、ですか……。僕は、フラれたんですね……」
返事を重いため息で返す。
ジュリシスは頭を垂れて、目元に手をやった。その指先を、透明な雫が濡らしている。
私は顔を逸らした。針で胸をグサグサと刺されているかのような、鋭利な痛み。けれど、ジュリシスのほうがもっとずっと痛いだろう。
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