第13話 相乗効果で効き目長持ち!

 アメリアのところに来る猫といえば──……黒猫セーラ!!


 私はおじさんを押し退けて、勝手口から外に出た。

 建物と建物の間にある狭い通路に、黒猫が行儀良くちょこんと座っている。


「やっぱりセーラだ!! 会いたかったよーっ!」

「にゃおにゃお」

「おじさんは猫の言葉がわかる⁉︎」

「ははっ! わからないよ」


 おじさんは皿に乗せた一切れの魚を、セーラの前に置いた。

 弾んでいた気持ちが、一気に萎む。


「そうだよね。わかるわけないよね……」


 アメリアとセーラは会話をしていた。私には猫語がわからないが、セーラは人間語を理解しているようだった。

 そういうわけで私は、上品に魚を食べるセーラを相手にして、この三日間に起きたことを話した。

 

「……あんなに冷たかった弟が大変身。人が変わったみたいに、優しくなったんだ。仲良くできるのは嬉しいけれど、でも、私が求めているのは恋愛感情じゃない。家族としてやっていきたい。ねぇ、いつになったら薬が切れるの?」

「にゃお?」


 セーラは魚を食べ終えると、手を舐め舐め、器用に口まわりを拭いていた。その手を止めて首を傾げる。


「にゃおん。にゃおにゃお」

「ごめんね。猫語がわからないよ」


 セーラはキョロキョロと、なにかを探しているような頭の動きをした。それから、「にゃー!」と一声鳴いて、走り出した。

 戻ってきたセーラの口には、白い小石が咥えられている。

 セーラは咥えた小石を器用に使って、道になにかを書き始めた。


「えっ⁉︎ 人間の文字を書けるの⁉︎」


 さすが、大魔女なんちゃらの使い猫! 優秀である。

 私は灰色のアスファルトに書かれた、白い文字を読みあげた。


「三日で切れるはずなのに変ね。……ええーっ⁉︎ やっぱり三日で切れるんだ!」


 勝手口に佇んでいるジュリシスに質問を投げる。


「私のことをどう思っている?」

「猫と会話している可愛らしい人だと、ますます好きになりました」


(ほら、こんな感じですよ。薬、切れていませんよ)と、黒猫セーラに向かって肩をすくめて見せる。

 セーラはまた文字を書いた。


「ええと、なになに? えっと……」


 難しい単語。読めない……。セーラってもしかして、私よりも賢い?

 ショックを受けていると、ジュリシスが私の肩越しに文字を読みあげた。


「経口だと三日間。塗布は一週間」

「けーこーとか、とーふって、なに?」

「口から投与の場合は三日間で、皮膚に塗った場合は一週間という意味です」

「なるほどね。でも、別に皮膚に塗ったわけじゃ……」


 語尾が途絶える。稲妻が全身を駆け抜けたようだった。

 ジュリシスの顔にかかった惚れ薬。すぐさまジュリシスの顔を拭こうとしたが、手首を掴まれ、そのままになってしまった。拭こうとしたときには、すでに肌に吸収された後だった。


 肌に吸収された後……肌に吸収……肌に、吸収……。


「きゃああああぁーーっ!!」


 私は両手を頬に当て、絶叫した。


「ねぇねぇっ! 皮膚に塗るのと、勝手に皮膚に吸収されたって、違うよね⁉︎」

「目的は同じです」


 人生、終わった……。


 燃え尽きた灰になっていると、セーラがまたなにか書いた。現実に向き合いたくなくて、目をつぶる。


「お姉さんはしばらく現実逃避します」

「じゃあ、僕が読みますね。経口と塗布が組み合わさると、相乗効果で効き目長持ち。……だそうです」

「えっ⁉︎ で、でも、さすがに、一生続くってことはないよね?」

「データがないから、わからないそうです」

「だったら、データを取って!」

「そこにいる彼でデータを取ります。……だそうです。僕のことかな?」

「にゃおん」


 セーラは咥えていた小石を落とすと、ブルブルッと全身を震わせた。それから、颯爽と走り去った。

「にゃおん」は、さよならの挨拶だったのかもしれない。



 私たちはトボトボと家へと帰る。正確にいうと、トボトボと歩いているのは私だけで、ジュリシスは普段と変わらず、背筋を伸ばして歩いている。


「ねぇ、ジュリシス。本当は怒っているんでしょう?」

「怒る? なぜですか?」

「だってもしかしたら、一生私のことを好きかもしれないんだよ。そんなの、絶望しかないじゃん!」


 ジュリシスは目をパチクリさせた。


「すみません。意味がわからないです。ルイーゼを一生好きでいることの、なにが絶望なのですか?」

「はぁー……。やっぱりまだ、惚れ薬が効いているみたいだね」


 家に入ると、母と父が帰宅していた。私はビクビクしながら、黒猫セーラが教えてくれたことを正直に打ち明けた。

 両親は血の気が引いた顔を強ばらせた。


「ルイーゼ、どうするんだ⁉︎」

「どうするって言われても、どうしたらいいの?」

「うーむ……」


 父は眉間に皺を寄せ、腕組みをして唸った。


「アメリアって魔女が旅行から帰ってくるまで待つか、それとも、他の魔女に解毒剤を作ってくれるように頼むしかないだろう」

「他の魔女に心当たりがある?」

「うーむ……。あ、そうだ! 職場の人に聞いてみよう。顔の広いヤツがいる」

「本当⁉︎ やったぁ! お父さん、ありがとう!! 大好きっ!!」


 父は優しい。私を責め抜いてもいいのに、そうせず、打開策を考えてくれる。

 父に抱きつくと、そばで見ていたジュリシスが私の肩を掴んで、そっと引き離した。


「大好きと言うのも、抱きつくのも、僕だけにしてください」

「お父さんだもん。いいじゃない」

「ダメです。嫉妬でおかしくなりそう」


 捨てられた子犬が「くーん……」と鳴くような切なさで、ジュリシスは背後から、私の肩に頭をもたせた。


「世界を滅ぼして、ルイーゼと二人っきりになりたい」

「わわっ! 危険なことを考えている人がいまーす! 助けてっ!」

「んちょ!」


 ミニカーで遊んでいたジュリアーノが、とことこと走ってきた。おむつをしてるおしりが、フリフリ揺れるのが可愛い。  


「おねえたんをいじめちゃ、めっ!!」

「いじめていないよ。大好きアピールをしているんだ」

「ちぇいっ!」


 ジュリアーノは、私の言葉の方を信じたらしい。ジュリシスをポカポカと叩き、合間にキックも入れる。

 ジュリシスはさすがに三歳の弟にやり返すことはせずに、痛がるフリをして退却した。

 父が豪快な笑い声を立てる。


「ルイーゼはモテるな」

「本当。今が人生のモテ期かも。どっちも、カッコよくて優しくて素敵だよね」


 ジュリシスを追いかけていくジュリアーノ。それを笑って見ていると、母が独り言をこぼした。


「家族になって五年。あの子の気持ちは変わっていない。これは、運命なのかもしれない……」




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