第8話 パジャマパーティーのお誘い
昼食を終えて教室に戻ってくると、十人ほどの女子生徒たちに囲まれた。
「ジュリシスくんと話しているのを見たんだけど、どうしたの?」
「なにがあったの⁉︎」
同じクラスの子もいれば、名前の知らない子もいる。
私は彼女たちに、姉と弟の関係をようやく築けたのだと説明した。すると、彼女たちの顔が好奇心と喜びで輝いた。
「だったら、お願い! ジュリシスくんのことをいろいろと教えて!」
「まぁ、教えるぐらいならいいよ」
「ありがとう!!」
「ジュリシスの好きな本は辞典で、好きな食べ物はトマト。趣味は、勉強と読書と散歩。……こんな情報を聞いても、散歩中にトマトの差し入れをするぐらいしか、役に立たないよね」
「へぇー、トマト好きなんだ」
「トマトは、疲労を回復させる効果が高いから好きなんだって」
「あははー! 栄養を気にかけるなんて、ジュリシスくんらしい。おもしろい!!」
たいして役に立たない情報なのに、女の子たちは笑ってくれた。なんていい子たちだろうと、感動する。
この子たちの役に立つ情報はないかと頭を悩ませていると、学園一の美少女リタとミリアがやってきた。
「どいて」
リタの威圧感ある物言いに、気弱そうな女子がおずおずと場所を開けた。
リタは、ジュリシスと同じ特進クラス。頭が良くて美人。
艶やかな黒髪。シルクのように滑らかな肌。ミステリアスな雰囲気を漂わせ、その掴み所のない美しさが多くの人の心を虜にする。
ここまで小悪魔という単語がしっくりくる人は、そうそういない。
リタは小悪魔美少女にふさわしい笑みを浮かべた。
「お願いがあるのだけれど、ジュリシスが私を好きになるよう、協力してくれない?」
「えーっと……」
どんな男でも手に入れてきたらしい、小悪魔美少女リタ。そんなリタが初めて屈辱と挫折を味わったのが、ジュリシスらしい。
恋愛の手練手管を駆使しても、一向に靡かないジュリシス。そればかりか、「一ミリも興味がない」とリタを冷たくあしらう。
私は姉として、ジュリシスの将来が心配だ。恨みが募った女子に刺されるのではないかとハラハラしてしまう。
だから以前、注意したことがある。
「姉としてアドバイスをしたい。女の子には優しくするべきだよ。グループデートとか、してもいいと思うの。乙女のときめきに協力してあげて!」
それに対してのジュリシスの返事は、「バーカ!」
姉への敬意が一切見られない弟ではあるが、今は惚れ薬のおかげで良好な関係を築けている。
今なら、私の言うことを聞いてくれる?
そんなことを考えていると、ミリアが顔の前で両手を合わせた。
「お願い! リタに協力してあげて。ジュリシスくんのこと、本気で好きなんだって。でね、考えたんだけど、明日のパーティーにジュリシスくんを連れてきてくれないかな。もちろん、ルイーゼも一緒にパーティーを楽しもうね」
「えっ⁉︎ 私もいいの?」
「当たり前じゃない。だって、私たち友達だよ」
ミリアと私が友達⁉︎ 知らなかった!!
ミリアとはクラスメートとして普通に接しているけれど、学校の外では会ったことがない。
どういったパーティーなのか訊ねると、パジャマパーティーだとの返事。
人生初のパジャマパーティーにテンションが上がる。
「パジャマパーティーって初めて! ミリアの家にパジャマで行けばいいの?」
「ルイーゼったら! パジャマで外は歩けないよ。私の家に来てからパジャマに着替えて」
「あ、そうか。えへへ」
天然ボケをかましてしまい、恥ずかしさに苦笑いする。
リタが色っぽい仕草で、前髪をかき上げた。
「制服って、ダサいでしょう? 私の良さが伝わらないから、ジュリシスの反応が悪いと思うの。だから明日は、セクシーなネグリジェを披露しちゃおうかな。ふふふ。それと、お酒の力を借りて……ね」
「えっ⁉︎ ダメだよ! 私たち未成年だもん。お酒を飲んだら捕まっちゃう」
「バレなければいいじゃない」
「ジュリシスは真面目だから、お酒なんて用意したら説教されちゃうよ! それとパジャマパーティーのことなんだけれど、ジュリシスは興味がないよ。討論会とか研究発表会なら行くと思うけれど……。パジャマでパーティーする意味がわからないって、嫌な顔をされそう。だから、私だけ行ってもいい?」
リタから笑みが消えた。
「なにこの子、使えない」
リタはしらけたような低い声でつぶやくと、隣にいるミリアを睨んだ。ミリアは慌てて取り成す。
「じゃあさ! 討論会だって言って、連れてきてよ! とりあえず、連れてくればいいから!」
「えー、でもー、せっかくのパジャマパーティーがつまらなくなっちゃう。あの人、本当に討論会を始めると思うよ」
楽しいパジャマパーティーに、ジュリシスは不要だ。
そういうわけで私は、恋の協力は別な方法にしようと提案した。
「ジュリシスを誘うならパーティーじゃなくて、討論会とか研究発表会といった脳が刺激されるものか、図書館や歴史資料館みたいな知的欲求が満たされる場所がいいよ。そういった場所でデートするのはどう?」
「…………」
リタは押し黙った。ミリアがチラッと、リタを伺い見る。
ややあってリタは、「バカじゃないの」と不機嫌全開で吐き捨てた。
「そんな所、行きたくない! 全然楽しくない!! あなたって、全然使えない!! 役立たず。バカ。最低!! 私、明日のパーティー行かない!!」
「えっ⁉︎ そんなの困る!! リタが来るって、みんなに言ってあるのに!」
「知らないわ」
顔面蒼白になったミリアを置いて、リタは教室を出ていった。
集まっていた女子たちは気まずそうに顔を見合わせると、無言で散っていった。
午後の授業が始まるまで、あと五分。教室には生徒がたくさんいるのに、シーンと静まり返っている。
「あ、あの、大丈夫?」
恐る恐るミリアに声をかけると、怒りに燃える涙目で睨まれた。
「ルイーゼがパーティーに来ても、意味ないのよ!! 空気を読みなさいよ! ジュリシスに睡眠薬入りのお酒を飲ませて、リタと寝させる計画だったのに!!」
「えっ……。そんなことしちゃダメだよ! ジュリシス、怒るよ!!」
「わかっているわよ!! でも、リタに嫌われたら、私……。ルイーゼなんて、嫌い! 友達じゃない!!」
ミリアは涙をぐいっと拭うと、教室から飛び出してしまった。
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