第2話 魔法の小瓶
大魔女モブランの使い猫だという、黒猫セーラ。アメリアに訴えかけるように、にゃおにゃおと鳴いた。
「へぇー、そういうことがあったのね。だったら私も協力するわ!」
アメリアは瞳を輝かせると、再び、水晶に手をかざした。
私には、透き通った水晶にしか見えない。けれど、水晶を覗き見たアメリアは、好奇心いっぱいの弾んだ声をあげた。
「この子がねぇ、ふーん……。クールな見た目なのに、優しいところがあるのね。感心感心」
「なにが見えるのですか?」
「セーラは、ルイーゼの弟に勉強を教えてもらえば進級できると言うの。あなたの弟って、かっこいいわね」
「弟……」
私には弟が二人いる。一人は三歳だから、勉強を教わるのは無理。と、すると……。
私は顔の前で両手をぶんぶんと振った。
「無理ですっ! ジュリシスは絶対に教えてくれません!! あの人、超絶冷たいんです! まるで雪山みたいに、私が近づくのを拒んでいるんです!!」
「仲が悪いの? そういえばさっき、義理の弟って言っていたわね」
「はい。私が十二歳のときに、父が再婚して。母とジュリシスが家族になりました。私はジュリシスと仲良くしたいのに、最悪だって言われて……」
私は顔を伏せると、膝の上に置いてある手にぎゅっと力を込めた。
今から五年前。父は交際中の女性とその息子であるジュリシスを、私に紹介してくれた。
私は二人のことを聞いていたので、弟ができることにワクワクしていた。
母は私を産んで間もなく亡くなり、私は肖像画の母しか知らない。父は城に勤める文官で、夜中に帰ってくることが多い。
私は広い邸宅で、乳母に育てられた。彼女は優しい人だったけれど、家族がいて、それがとても羨ましかった。
だから私は家族が増えることに大賛成で、弟にあげるためにクマのぬいぐるみを手作りした。
母になる人は、城で働いている侍女。とても綺麗な人で、母似のジュリシスも綺麗な顔をしていた。
サラサラの青髪とアイスブルーの瞳。ニコリとも笑わない様は、氷の天使のよう。
「はじめまして。私はルイーゼ・ベルナーシェ。弟ができて嬉しいわ。よろしくね」
「……っ」
ジュリシスはうつむき加減に、なにかつぶやいた。
「聞こえなかった。なに?」
「……最悪」
「え⁉︎ 最悪? どうして?」
訊ねる私に、ジュリシスは顔をあげた。アイスブルーの瞳に怒りがこもっていた。
「……弟になりたくない」
「なっ⁉︎ どうしてそんなことを言うの! 私、弟ができるのをすっごく楽しみにしているのに!!」
私と父と母親になる女性が顔を引き攣らせている中。ジュリシスは綺麗な顔に、冷たい微笑を乗せた。
「誕生日が五ヶ月しか違わないのに、弟扱いしないでよ。同級生だよね? 年下扱いしたらぶっ飛ばす」
「ぶっ飛ばすぅーーっ⁉︎」
整った顔に似合わない、乱暴な言葉。
ジュリシスはクマのぬいぐるみを受け取ってくれたけれど、私を姉として認めないと宣言したのだった。
「ひどい話ですよね。そういうわけで、今まで一度も、お姉さんって呼ばれたことがないんです」
ジュリシスのことをアメリアに打ち明けると、アメリアと黒猫は笑った。
「ふふふっ、こじれ男子。かっわいいー!」
「にゃにゃにゃ!」
「十代の男子って、そうよね。素直になれなくて、ついね」
「にゃあー!」
「私も同じ意見。女同士、気が合うわね」
黒猫セーラがなにを言っているのかわからないけれど、セーラという名にふさわしく、メス猫であることはわかった。
「あの!! ジュリシスは全然可愛くないです。私のことをバカにしたくて、同じ学校に入ってきたんです。あの人の頭なら、超一流の学校に入れるのに! そういうわけで、落第するわけにはいかないんです! これ以上、軽蔑されたくない!!」
「にゃおにゃお」
「あの薬を使えって? どういうこと?」
「にゃんにゃん!」
「なるほどね。では、力技でいきますか!」
アメリアと黒猫セーラがなにやら会話をしているが、私にはまったく話が見えてこない。
困惑していると、アメリアはテーブルの端にある小瓶を私の前に滑らせた。
(あれ? 小瓶なんてあったっけ?)
二人がけの小さなテーブルなのに、小瓶が目に入らなかったなんて変だ。魔法で出現させたに違いない。
「タダであげるわ。進級おめでとう」
「えっ⁉︎ 進級できるんですか? これを試験前に飲むと、頭が良くなるの?」
「ルイーゼが飲む必要はないわ。持っているだけでいいの。持っているだけでね。ふふっ」
紫色をした透明なガラス瓶を見つめる。瓶の中には、液体が半分ほど入っている。香水瓶のようなおしゃれな形状をした、魔法の小瓶。
魅惑的な魔女アメリアは、つかみどころのない性格。警戒心は拭えない。薬を飲めと言われたら考えてしまうけれど、持っているだけでいいというなら怖くない。それに、タダだし。
私はアメリアと黒猫セーラにお礼を言うと、魔女の店を後にしたのだった。
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