うっかりかけてしまった惚れ薬のせいで、義弟から責任をとるよう迫られています
遊井そわ香
第一章 弟に惚れ薬をかけてしまった
第1話 魔女の店
「ここが魔女の店なのかな?」
クラスメートが書いてくれた地図を頼りに、裏通りを歩いてきた。華やかな店が並ぶ表通りとは違い、年季の入った古い外装の店が多い。
寂れた雰囲気の漂うバーの隣に、魔女の店はあった。
といっても、突き出し看板に魔女の店だと書いてあるわけではない。突き出し看板には、金色に輝く三日月のような瞳をした黒猫の絵が描いてある。
クラスメートが言うには、これこそが魔女の店である証……らしい。
私はおそるおそる、古ぼけた樫の木のドアを開けた。ドアチャイムはない。
ひっそりと静まり返った店内。
出入り口の左側の壁に一つだけある窓のカーテンは閉まっており、その前には揺り椅子が置いてある。
人の気配はしない。
「あの、こんにちは……」
「にゃあ〜」
「わっ⁉︎」
返事が猫語だとは、思ってもみなかった。
鳴き声がしたほうに視線を下げると、テーブルの下に黒猫が寝そべっている。
私はしゃがみ込むと、体の毛を舐め始めた猫に話しかけた。
「キミが魔女? ……なーんてね! そんなわけないか。ねぇ、魔女さんはどこにいるの?」
「ここにいるわよ」
「わあっ⁉︎」
今度は猫でなく、人間からの返事。びっくりして腰が抜けてしまった私の耳に、物音が届く。
キシ、キシ……。
閉めてあるカーテンの前に置かれた、揺り椅子。椅子が揺れるたびに音を立てている。その椅子に座っているのは、紫色のロングドレスを着た、二十代ぐらいの女性。
頭に被った紫色のベールの上にネックレスを巻いており、額にはアメシストが垂れている。
(あれ? さっき、いたかな? 気がつかなかった……)
揺り椅子が視界に入ったのに、女性が見えなかったなんておかしい。
戸惑っていると、女性は椅子から立ちあがった。
「占いに来たの?」
「は、はい! そうなんです!! あの、魔女さんですか?」
「そう。的中率百パーセントを誇る、魔女さんです」
魔女は、鈴が鳴るような綺麗な声でクスクスと笑った。
この店を教えてくれたクラスメートのミリアは、「若くて綺麗な魔女なんだけど、とっつきにくい感じ。恋を実らせたかったら、損得勘定で動く性格を直せ、だって。嫌な女っ!!」と怒っていた。
だから身構えてきたのだけれど、今のところ、嫌な感じはしない。
私はテーブルの下でだらーんと伸びている黒猫に、「失礼します」と一声かけてから、椅子に座った。
正方形のテーブルの中央に置かれた大きな水晶に、目が吸い寄せられる。
「私のこと、アメリアって呼んでいいわよ」
「素敵な名前ですね。私はルイーゼって言います。グロリス学園高等部の一年生です」
「なにを占ってほしいの? 恋愛?」
「いえ、そうではなくて……」
魔女アメリアは私の反対側に座ると、不思議な魅力を放つアメシスト色の瞳で見つめてきた。
初めての占いに私はドキドキしながらも、ここに来るまでに頭の中でまとめてきたことを話す。
「勉強のことなんです。私、子供の頃から勉強が苦手で。先生が言うには、覚えるのに時間がかかるタイプらしいんです。再来週、年度末試験があって、落第点を取ると進級できないんです。絶対に留年したくないです! どうしたらいいですか⁉︎」
「勉強したら?」
「そのとおりなんですけれど、勉強しても、頭に入ってこないんです!!」
「だったら、カンニングしたら?」
「見つかったら、怒られます! 両親は優しいんですけれど、義理の弟が最悪なほどに性格が冷たくて! これ以上、弟に軽蔑されたくないです!!」
アメリアから微笑が消え、「つまらない話」とボソッとこぼした。
「え? あの……」
「悪いんだけど、私の趣味は復讐。旦那が浮気しているとか、職場の人間に意地悪されているとか、近所に騒音おばちゃんがいるとか。そういった迷惑な人たちに、自分の手を汚すことなく、いかに復讐するか。それがおもしろくて、この商売をしているわけ。進級したかったら、寝ないで勉強すれば?」
「そうなんですけれど、勉強のスイッチが見つからなくて困っているんです! 私のやる気スイッチ、どこにありますか?」
アメリアは気怠そうに、片手を水晶にかざした。
「私は実力のある魔女ですから、占ってあげますけども。お金は倍取るわよ」
「うっ!」
店を教えてくれたミリアが、とっつきにくい感じと言ったのがわかる。
「アメリアって呼んでいいわよ」と話したときの親しげな雰囲気は消え失せ、めんどくさいと思っているのが、ありありと態度に出ている。
「落第点を取る教科は、二つね。数学が十八点、外国語は十二点。ひどい頭をしているわね」
「えっ⁉︎ 二つも? どうしたらいいですか!!」
「私の占いは的中率百パーセント。回避する方法を教えたら、的中率が下がっちゃうじゃない。落第してちょうだい」
「そんなあっ⁉︎」
魔女と対等に付き合えると思ってはいけない──。そのような言い伝えが、本当であることを知る。
アメリアはにっこりと笑うと、水晶にかざしていた手を返して、手のひらを上にした。
「占いは終わり。千ルピリです」
「たっかーいっ!!」
お小遣い三ヶ月分の料金に、息が止まる。
心臓をハカハカさせていると、テーブルの下から黒猫が出てきた。身軽なジャンプでテーブルに飛び乗る。
「にゃおん」
「あら? この子、あなたが気になっているみたい。無料で占ってくれるそうよ」
「猫がですか?」
「この子は普通の猫じゃないわ。大魔女モブランの使い猫セーラ。今日は遊びに来ているの。占ってもらう?」
「あ、はい。無料なら……」
魔女の世界のことはよくわからないけれど、無料に心惹かれて、占ってもらうことにした。
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