第2話 告発

 §1 一件は落着

 翌週、沙耶香と朱里は口数が少なかった。カレンと幸奈は二人をそっとしておいた。

 金曜の朝、沙耶香のスマホにSNSの着信音があった。朱里からだった。

「孝 学校行くって ♡」


「分からないことばかりだけど、孝が学校へ行ったから、まあ、いいかってママも喜んでいたわ」

 朱里もホッとしていた。

「サイバー刑事のこと、まだ言うとるん」

 沙耶香には、孝の空想話のショックが尾を引いていた。

「たまにね。なんだか、信頼しちゃってるみたい」

 たまらずカレンが口をはさんだ。

「二人とも、何いうとるん。サイバなんとかって誰や。朱里のママの新しい彼?」

 黙っていると噂が独り歩きしかねないので、朱里は孝から聞いた話をした。

「すごいやん。私にも現れてくれんかなあ。私やって、保健の先生のせいで不登校になりそうや」

 四人は急に黙った。

 学年には不登校の生徒が何人もいた。いつ誰が不登校になっても不思議ではなかった。生徒たちはその話題を口にするのは、好まなかったのだ。


 §2 あんた、誰や?

 カレンにまた憂鬱ゆううつな一週間が訪れた。

 今回は頭痛がひどい。朝、ベッドの上でじっと耐えていた。

 ママも頭痛持ちだった。生理が始まると、カレンやパパに当たり散らした。普段でも、ママは厳しかった。つまらないことで、パパと口喧嘩くちげんかしていた。パパが黙ってしまうまで、責めた。

 パパは遅く帰るようになった。お酒を飲んでいる日が多かった。

 ママと二人だけの夕食は寂しかった。

「あんな、パパと別れることになったんよ。カレンはどないする? パパとこ行く? 向こうにも中学生の男の子がおるって言うとったけど」

 いつの間にか別れ話が進んでいた。

 カレンとママが買い物から帰ると、パパの荷物がなくなっていた。半月後、ママは市内のドラッグストアに務めることになった。


 今朝も、ママは頭痛薬と水をカレンの机の上に出して、お勤めに出た。

 カレンは何とか学校に行きたかった。しかし、前回の腹痛のことを思い出すと、吐き気がしてきた。お腹が痛くなり、保健室で休もうにも、待ち構えているのは、あの先生だった。


 かすかに着信音がした。カレンはスマホを取った。

つらそうだね」

 男性の声がした。

「うん。こんなにひどいの初めて」

 釣られてカレンは答えたが、我に返った。

「あんた、誰や?」

 カレンはスマホを放り投げた。


「私はサイバー刑事だよ」

 朱里と沙耶香が言っていた刑事だった。

「私たちはネット空間にんでいる。姿は見えない。私たちは電波に乗って、どこにでも現れることができる。私は学校のハラスメント全般に対応するセクションにいる。ここ数年でハラスメント事案が激増し、担当を増やしてもらったが、とても追いつかない。君に会えたのは、本当に幸運だったよ」

 サイバー刑事のアカウントを教えてくれた。

「これが君のパスコードだよ。忘れないでね。他人に教えてはいけないよ。何かあったら、いつでもログインしてね」

 サイバー刑事からログアウトした。

 カレンはトイレに立った。頭痛のことを忘れていた。


 §3 登校はしたけど

「やあ、今日は気分はどうだい」

 サイバー刑事は少し馴れ馴れしかった。

「昨日よりだいぶん楽です」

 カレンは微笑ほほえんだ。

「いい笑顔じゃない」

 サイバー刑事には、こちらが見えているようだった。


 別れた両親のこと、学校のことなどを話した。サイバー刑事は黙って聴いてくれた。

「なんや、明日は学校へ行けそうや。嫌な先生の顔、見んとけばええし、保健室に近寄らんようにしたらええだけや」

 サイバー刑事は終始「そうだね」と繰り返していた。


 学校に行くと、やはりお腹が痛くなった。保健室には意地でも駆け込みたくなかった。長い一日が過ぎた。バス停から家までが遠く感じられた。ベッドに倒れ込み、ママに起こされたのは午後九時過ぎだった。


 サイバー刑事にログインした。

「そうだったの。大変だったね」

 サイバー刑事はいつもの感じだった。カレンは保健室のことを話した。

「私の生理痛は生理痛に入らんって言うの。『先生なんか起き上がれなかったほどよ』やって」

「どういうつもりで言ってるのだろうね」

 サイバー刑事の声が小さくなった。

「そう思うやろ」

「悪いけど、カレンちゃんのスマホ、バッテリーが切れ…」


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