第13話 危険の予兆

 俺がバシュマル領に着いたのと同時にマッターさんが呼び出されてから、ちょうど三週間。

 キグミナス様発案の政策。水路作成をバーンロー家騎士団と領地の男衆で進行している真っ只中である。元バーンロー領の人達は、よくブレン山に登っていたこともあり、どこから水を引くかはすぐに決まった。問題は穴を掘るという重労働だが、俺が所属している四班はあのくそジジイが監督しているせいで、休憩が極端に少ない上、くそジジイは高みの見物をしている。

 ぶん殴りてェ………!

「みなさ~ん、お昼ですよぉ~!」

 女神が来た!

 彼女はメイドのメリール。我々四班の食事を届ける担当だ。

「待ってました!」

「今日はなんだ!?」

「今日は兎肉のサンドイッチとスライスレモンでーす。」

 なかなか豪華だな。今日の弓兵隊を褒めてやろう。

「よし休憩だ!三十分後にまた再開だ!それまでに食えてなきゃ労働倍に増やすぞ!」

 短けぇわ!マジでこいつ死んでくんねぇかな!?


「うま!」

「しみるぅー!」

 周りから歓喜の声が上がる。

 俺も失礼して一口。

 うん、あっさりしていてうまい。それに、疲れた身体にレモンが効くな。思ったより腹が減っていたようで、十数分でペロリと食べれた。


 ……ちょっと辺りを散歩しようかな。

 俺が立ち上がって歩くと、俺に近付いてくる人影があった。

「どうしたんだ?メリール?」

「どちらに行くのかと思いまして。」

 俺の顔を下から覗き込むように見てくる。

「あぁ、残りの時間風に吹かれようかと思ってな。汗を乾かすのに丁度良い場所を知ってるんだ。」

「一緒に行ってもよろしいですか?」

「ん?良いけど、ダレンはいいのか?」

 ダレンは四班に所属する農夫で、メリールの恋人である。こんな美人で羨ましいぜ。

「はい、あの人最近構ってくれないのでもういいです!」

 頬を膨らませてプンプン怒りながら俺についてくる。

「ハハハ!そりゃしょうがねぇな!それじゃ一緒に行こう。」

「はい!」

 これでちょっとは機嫌直るかな。年長者として年下の面倒を見るのも大事だろう。





「ここだ。」

「うわぁぁ!綺麗ー!」

 そこはバシュマル領が一望できる場所であり、キグミナス様のお気に入りの場所である。まだバーンロー領にいた頃に、よく遊びに駆け回っていたらしい。

「良いだろー?キグミナス様から教えてもらった秘密の場所だ。内緒にしといてくれよ?」

「はい!うわぁ…………

 あ!あれお屋敷です!

 あそこは私の家が!」

 楽しんでくれて何よりだ。

 俺も、この場所に流れる風に身を委ねた。

「さ、そろそろ帰ろう。くそジジイに怒られちまう。」

「……?あぁ!モスコさんですね?了解です!」

 あのやろう、女には優しいのがまた腹立つ。




「そろそろ着くな。」

「そうで…きゃあ!?」

「っ!」

「グラァ!!」

 前を向き、突如現れた何かに勘で剣をぶつける。

「あ……あぁ…………」

 熊……?いや、魔獣化してるな。

 魔獣とは、魔物から受けた傷や体液により、身体の形成が変化して、狂暴性や暴力性が増加した存在だ。

「メリール!」

「……っ…………」

 腰が抜けてるか……庇いながらは少しキツいな!


 熊の左手が大振りをしてきた。

「失礼!」

「っ!」

 メリールを抱えて熊の背面に移動する。

「メリール、ここに隠れていろ!絶対に出るなよ!」

 コクコクと、頷くメリール。

「っ!」

 気配を感じて跳躍すると、横凪の一撃が俺がさっきまでいたところに放たれた。あとちょっとで死んでたな!

「クソ!巨体のくせに速ぇ!」

 まさか、すぐに追撃されるとは思わなかった。流石に油断は出来ないな。

「ガアァァラァァ!!!」

「怒んなよ、熊ちゃんよぉ!…落斜!」

 剣の柄を顔の横に固定し、跳躍を活かしてからの足を利用した上からの振り下ろしを決める。

ズシャ!!

「ガラァァゥゥァ!?」

 熊が苦しんでる間に着地から自然の動作で次の一撃を繰り出す。

「鋼断!!」

「グルゥゥアァァァ!!!」

 熊の膝を狙った一撃で、熊が脱力する。ここで大事なのは…

「そい。」

 スッ…と入った剣は、寸分違わず熊の首を切り落とした。

 大事なのはとどめを刺すこと。それを怠った者の末路は、嫌というほどこの目で見てきた。

「フゥー………」

 一息ついた俺はメリールが隠れている場所に向かった。

「大丈夫か?」

「はい……」

「立てるか?」

「な…なんとか………」

 俺の手をとってメリールが立ち上がる。

「さっきのこと内緒にしてくれないか?」

「え?」

 キョトンとした顔で俺を見上げてくる。

「騒ぎにしたくないんだ。」

「でも………」

「頼む。」

 これは内密にアクライヤとキグミナス様に報告すべきだ。変に広めれば混乱を招くだろう。

「………はい。今日で二個。秘密が増えちゃいましたね!」

 身体が震え、今にも泣きそうだが気丈に振る舞う。

「あぁ、よく頑張ったな。」

 この子はとても強い娘だ。ダレンに嫁ぐのが勿体無いくらいだ!





 その後、時間に遅れたことと、メリールを連れ回したことで、くそジジイから大量の説教を食らった上に、ダレンに殺意を向けられながら睨まれたし、呪詛のようなものも吐かれた。

 しょうがないけど、ちょっと傷付くなぁ…………

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