第9話 張り巡らされた……

 その後の戦はほとんどコーデル家に任せ、俺達バーンロー家は後方で敵軍をチクチクしていた。最初の奇襲で充分名は上がったし、これ以上犠牲を出さないためだ。

 あのコーデルに任せて良いのかと思うだろうが、フロート帝国の奴らにもバーンロー家の怖さが伝わったらしく、少数だからこそ出来る突然の奇襲を随時警戒しながら戦う兵士を見て、メイヤー様がここぞとばかりに決着をつけた。

 それにより、今回は快勝。キグナミス様はアクライヤとジジイとセルヤを連れだってフリック王国の王都としている、ストーム城へと向かい、俺達雑兵は屋敷に帰った。

 帰りの道中、カズィンが永遠と悔し涙を浮かべていて、鬱陶しかったが…………



 バーンロー家の屋敷に戻ると、皆疲労と初陣により死んだように眠った。もしくは、いなくなった一人を考えないようにしたのか。


「よぉ、ここにいたか。」

 深夜、使用人も寝静まった頃に、外で月見晩酌をしていると、カズィンが声をかけてきた。

「なんだ、お前もか?」

「そうだ。」

 手には酒瓶のみがあり、俺の隣にどかりと座る。

「また、直飲みすんのか?」

「ん?悪いか?」

「いや、別に。」

 こいつに騎士って自覚は無いのかねぇ?


「………………………」

「………………………」

 静寂の中、酒の揺れる音と、虫の音色が聞こえる。

「なぁ。」

 カズィンが唐突に話しかけてきた。

「どうした?」

「マカロフはこの生に満足していたかな………」

 マカロフは今日の唯一の犠牲者だ。

「さぁな。………いや、してないと思うな。」

 俺はその時、訓練中のとある一言を思い出して、カズィンの言葉を否定した。

「ん?そうなのか?」

「あぁ、まだ女を抱いたことが無かったらしい。」

「……がっはっは!そりゃ人生損だな!」

 

「………まぁ、俺もないがな!」

「え!?…………………」

「おい、カズィン。それは失礼じゃないか?笑うか慰めるかしろよ。なんで黙るんだよ。」

「あ、いや、少し意外でよ。てっきり昔は遊んでいて、大人しくなったタイプかと………」

「お?俺は剣一筋だぞ?コンニャロウ。

 てか、そういうお前はどうなんだ?」

「俺か?婚約者はいるぞ?」

「……………はっ?」

 えっ?マジ?俺より年下のくせにィ…………

「いやいや、驚くこと無いって。だって俺とセルヤは代々バーンロー家に仕える騎士であり、バーンロー家が統治していた領地の村長の息子だぜ?

 今は離れてるが、キグナミス様が領地を保有したら、村の皆を連れ出すのさ。」

 お、おう。新情報てんこ盛りだな。

「そんな簡単に敵国から人を連れ出せるのか?」

「フッフッフ…アファルは知らないだろうが、バーンロー家はフロート帝国とフリック王国の境にある、ブレン山とその一帯を領地にしていたのさ。そして、そこに暮らす俺達は山歩きに慣れている…後は分かるな?」

「へぇーなるほどな。」

 ブレン山はフロート帝国の領地ではあるが、そんな離れた土地をずっと監視することは出来ないだろうし、立地的にもいけそうだな。

「まぁ、そういうこった。」

 一通り話し終わり、二人で酒を煽る。

 あ、雰囲気に乗せられて一気に飲んだが、俺酒弱いんだよなぁ………………



「………でも、時間かかっちゃあ、お前の恋人ォ、誰かに取りゃれてんじゃねぇかぁ?」

「なぁにぃおぉ?そんにゃ舐めた口ィ…閉じさせてぇやろうかぁ?」

「やぁんのかぁ?カズィンンン?俺に一度もォ!かってないくせにいィ!」

「ボコボコにぃ!してやらぁ!!!」







ー一方その頃 アクライヤー


「ふおぉぉ………豪華だ…………」

「キグナミス様、そんな口を開けられてははしたないですぞ?」

 少し離れた所にキグナミス様とモスコがいる。これから挨拶に貴族達が来るだろうが、それはモスコ一人で十分だ。やはり、格下の相手を見下さなければ、あの方は優秀なのですがねぇ。


「なぁ、アクライヤ?これ、食べて良いのか?」

 少し目を輝かせて、セルヤが尋ねてくる。

「限度を考えるなら良いですよ。」

「了解した。」

 ウッキウキで食事の皿に手を付けるセルヤは…止められないな。諦めよう。


「さて……」

 私も出来ることをしよう。

 足音を消し、気配を殺し、呼吸音も消す。

 ここで、改めてフリック王国の貴族達を確認しなければ。誰が敵で誰が味方足り得るか。見極めなければ。






 現在のフリック王国の領地持ちは、メイヤー様の側近とも言える、ゴジュー家、マット家、ハイリング家の三家。

 ゴジュー家はメイヤー様の住む王都のすぐ隣に領地を持ち、王家の知恵袋として知られる。

 マット家はフロート帝国との領地の最前線を任された、武勇で知られる武人。

 ハイリング家はフリック王国の中央、国内や国外の外交や調略に長けている。

 我らの領地は地の利をいかした、ブレン山に隣接した領地となる可能性はあるが完全にあるとは限らない。

 メイヤー様は用心深い方で、ハイリング家を中央に置いているのは、味方の裏切りを何よりも恐れているからだろう。だからこそ、武勇に秀でた者を国の外側に配置し、もし裏切られても猶予はあるし、信頼するマット家に抑えを任せることも出来る。

 我々もそれを見越して、戦場での奇襲という、メイヤー様が最も恐れる形で名を残したが、果たしてブレン山と隣接した領地を確保できるだろうか。

 それでも、圧倒的な武勇を持つマット家とは繋がりが欲しいところだ。



「失礼、ジェームス・マット様でお間違いないですか?」

「む?そなたは?」

「お初に御目にかかります。バーンロー家当主、キグナミス・バーンローの従者、アクライヤと申します。」

「フム、本人では無いのだね?」

 ジェームス様の目元が少し厳しくなる。

「申し訳ございません。我が主はこのような場に出たことがなく、そのため他の皆様との挨拶がありまして。

 しかし、主からジェームス様には個人的に仲良くなりたいと。」

 私の言葉に、チラリとジェームス様がキグナミス様の方を見る。

「ウム、ならば仕方あるまい。これからメイヤー様をお支えする仲間になるのだ。顔合わせは重要だな。それに、此度の戦で大活躍したバーンロー家に声をかけて貰えるとはワシも嬉しいものよ。」

 こう言っているが、今回のジェームス様の戦績は敵将の首を三つ、名もなき兵士の屍は数えられぬほど。

 ある意味、この人はご自分の凄さを分かっていないのではと思われる。

「いえいえ、ジェームス様の噂は既に聞き及んでおります。将首を三つも取ったとか。」

「ハハハッ、それはバーンロー家が敵を動揺させたからこそよ。」

「ありがたき言葉です。」


「そういえば、当主のキグナミス殿は剣術を嗜んでおられるとか。一体どのような物なので?」

 ………フゥ、言って良いのだろうか?確か、アファルはとある貴族の不興を買って罪人となったはず。

 どうするべきか…………

「何を黙っている?」

「えぇと…虹霓流をご存じですか?」

 私がその流派を口にすると、ジェームス様は突然立ち上がり、私の両肩を掴んできた。

「ま、ままま!まさか!その虹霓流をバーンロー家の当主が!?」

「は、えっと…虹霓流を編み出したアファルを当家で雇っていて……」

 私の言葉に更に興奮するジェームス様。

「なぁ!?あのアファル殿ですか!?」

「ご、ご存じですかぁぁぁぁ??」

 私は身体を揺らされながら、返答する。

「知ってるも何も!あのソフィア様に剣術教えた剣士が使用する流派です!ソフィア様も完全に習得しておらず、自己流で完成させたと言っていました。私もソフィア様の剣術をこの目で拝見しましたが流れるようでとても美しかったのを今でも覚えています!ですが、それでもアファル殿には敵わないと仰られていて、その本人がそちらの家にいると!?

 是非会ってみたい!」

「そ、そうですか。本人も喜ぶでしょう。」

 聞いたところによると、アファルの冤罪はすぐに白日の下に晒されたらしく、糾弾した貴族は取り潰しに、ソフィア様とその側近が後を追ったものの、どこに収監されたのか分からず、捜索を諦めたらしい。

 当初王国では、有望な剣術使いを自分達の手で潰してしまったことに深く嘆き、ソフィア様もより一層剣に力を入れた分、婚期を逃がしたとか。

 ……最初はキグナミス様への剣術指導が終わったらクビにする予定でしたが…こんなにお釣りが来るなら、野に放たなくて正解でしたね。





 その後、ジェームス様が口利きしたのかは知らないが、バーンロー家は領地持ち、しかもフリック王国が持つブレン山と隣接している領地全てかつ、マット家とは隣となった。


 まぁ、キグナミス様が喜んでいるので良いでしょう。

 フロア全体に聞こえる声で、コーデル当主がマット家の後ろ、つまりマット家を支える存在だと自慢していたが、個人的には一番裏切りそうだから、国一番の武勇に秀でたマット家と信頼の出来る家臣で固めたメイヤー様が挟み撃ちに出来る構図となっているが、本人は気付いていないだろうな。

 あからさまにあれを避けてる貴族とすり寄る貴族がいるし、メイヤー様はあれを当て馬にして、色々誘き寄せたのだろう。

 やはり、油断のならない方だ。

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