第8話 屈辱の強制

ーキグミナス・バーンローー


 用意された自陣の外から数十人の足音が響いてきた。

「アクライヤ、兵の状況の把握を頼むよ。」

「はっ。」

 アクライヤが一礼すると、一瞬で消えてしまった。

 ……そういえば、アクライヤって僕の従者になる前はお母さんの護衛だったんだよなぁ。てことは、お母さんが、死んだ後はお母さんの実家に帰らなくて良かったのかな?


「御前に。」

「うわ!?」

 ビックリしたぁ……いっつもこうやって驚かせるんだもんなぁ。

「………」

「うっうん!アクライヤ、どうだった?」

「はっ!馬三頭が潰れ、騎兵隊の内二名が重傷、近接部隊の一名が戦死となっています。」

 目を伏せ、淡々と伝えるアクライヤ。

「そっ…か………」

 覚悟はしてたけど……これも乗り越えないと……


「重傷二名は自陣で遠見をさせる。騎兵隊の余り一名は槍の得意な者を近接部隊として配属だ。戦死した一名には後日、親族の者に会う。片手間でも良いから、情報を集めておいてくれ。」

「はっ!………それと、キグミナス様。」

 珍しく良い淀むアクライヤ。

「何?」

「コーデル家当主が話があると。」

「ハァー……分かった、今向かう。」

 どうせ、あれだろうな……

 一つ、策を考えておこうかな。









ーデュッタル・コーデルー


「キグミナス・バーンロー。お呼びと聞き参上しました。」

 来たか……

「まずは座れ。」

「………は。」

 なんだ………?……ははぁ、この女の裸を見て萎縮するとは、やはりただのクソガキよの。

 この女は家臣の……誰かの妻だったはずだ。

 俺のが優位だと思うと、怒りが多少は和らいだ。

「一先ず、奇襲により、アシュリネ家当主を討ち、我らを助けたこと感謝しよう。」

「恐れ多き………」

「だが!」

 く!思い出したらまたイライラしてきた!流石に目の前のガキに八つ当たりは出来んからな…

「な!?デュッタル殿、それは!」

「んぅ~?俺の所有物をどうしようが俺の自由だろ?」

「ん……ふッ!………」

「な!……は………そう…ですね。」

 ハッハッハ!愉快なものだ。少々、女の身体をまさぐった程度で目線を反らすとはな!

「一つ聞こう。なぜ俺の再三の要請を無視した?貴様らは我が軍の後詰めであろう?」

 なんだ?クソガキの雰囲気が変わったな。

「戦とは海のような物です。」

「は?」

「続けます。戦とは潮の満ち引きのように、人の感情のように移ろい、全てが絶え間なく変化するのです。そして、広い視野で戦場を俯瞰し、勇気を持って選択をする。それが戦で勝つための上策です。」

 む…む?……一体何を言ってるんだ?難しい事を言いおって、俺をバカにしているつもりか!

「言い訳はいらん!理由を聞いてるんだ!」

「きゃっ!?がぁ……!?」

 怒りで女の物を鷲掴む。女の苦しむ声が聞こえるが、そんなものはどうでも良い。

「っ!…………まだ…その時ではないと判断したからです。」

「貴様ァ!口答えをするのか!?この俺に!コーデル家当主であるこの俺に!?」

 俺は怒りのあまり、拳で女を殴り飛ばす。

「ぎゃ!?」

「…くぅ!」

「どうした?俺を見ろ!なぜ目を反らす!」

「……それは…違います。」

「ほぉー、なら聞かせてみろ!」

 少しでもふざけたことを言ったらその首跳ねてやるぞ!

「かの名高きコーデル家の当主ともあらせられる方が戦という些事に手を煩わせて欲しくないのです。」

「はっ!見え透いた世辞を!」

 このガキ…聞いていれば、ペラペラと……!

「いいえ、デュッタル様にはゴミのように穢れた血でその御身を汚して欲しくありません。そこで、今回我らが討伐した青い血筋の者達の首を献上させていただきます。」

 恭しく、クソガキが頭を下げてきた。

 …チッ!ムカつく奴だ。まぁ、その態度は受け入れてやろうか。

「ほぅ、ならば見せてみろ。」

「……アクライヤ、ここに。」

「はっ!」

 !?……いつの間に来たんだ、この男………

「こちらでございます。」

「っ!?ふ、ふん!良いだろう。」

 グ、グロいな……ぐ、何かが逆流してくる!?

「もっと、よく確認しなくてよろしいので?」

 アクライヤと呼ばれた男がズイッ、と首の入った簡素な入れ物を近付けてくる。

「構わん!家臣にでも渡しておけ!」

 ふぅふぅ……なんだ、この匂いは……

「アクライヤ、渡しておいてくれ。」

「はっ。」

 あのヤロウ、気にくわない顔をしやがって。クソガキの家臣じゃなかったら真っ先に殺してやったものを!


「ま、まぁ!貴様の忠誠はよく分かった!不問にしてやる!これからも励め!」

 クソ!これ以上こいつの顔を見ていたら気分が悪くなる!

「………はっ」

 クソガキはそのまま俺の天幕を出ていった。


 クソッ!ムカムカする。だが、あの女にはもう飽きたな。傭兵でも雇って金の代わりに渡すか。

 そうなると俺の相手は……確か、今日捕縛したアシュリネ家の補給部隊に若い女がいたな。

 それでも良いだろう。たまには高貴なる俺が、平民で遊んでやるか。









ーキグミナス・バーンローー


「キグミナス様、大丈夫ですか?」

「あっはは………耐えられた自分を褒めたい気分だよ。」

 あの天幕での出来事は最悪だった。なんとか策通りに首を献上して、機嫌は取れたけど、あそこまであれな人だとは……てっきり噂が独り歩きしてるのかと思ってた………

「皆に悪いことをしちゃったな。」

 まあ、あんなのは早く忘れるのが吉だね。

 アファルの、本当に嫌いな奴ほど表情を変えずに話せるって言ってたのがよく分かったよ。

「いいえ、皆キグミナス様のためだと喜んでいたではないですか。それに、メイヤー様は首の数などという古い考えではなく、戦場での細かい動きで重用される方です。首なんて臭くて邪魔なゴミでしかありません。あれを上手く使えるのはもっと力のある家です。」

 アクライヤの言葉が僕の胸に突き刺さる。

「……そうだね。もっと力を蓄えないと。」

 バーンロー家に力があれば、あの首でお金を手に入れられたかもしれない。首を重く見てる家なら家臣として組み入れることが出来ることもあると聞く。

 結局は兵力と財力と名声とコネ……お父さんはどうやってこんな世界を生き抜いて来たんだろうか………モスコにでも聞いてみようかな?

「……出過ぎた真似をしました。」

 僕が押し黙ったことでアクライヤが不安になって謝ってきた。そういう意味じゃなかったんだけどな。

「うんん。いつもありがとう。明日も頑張ろうね。」

 僕は心配ないと告げるように、笑いながらアクライヤを励ました。

「っ!……はっ!!」

 フフ、アクライヤは元気だなぁ。

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