第5話 大きな一歩

 キグミナス様の所で働いて数週間。

 職場はアットホームだし、皆良い人(一人を除く)だし、給金もそれなりに多い。

 ……だが、ここで一つ問題がある。

 キグミナス様の心の問題だ。

 これまで、ジジイの盾、カズィンとセルヤの槍、アクライヤの弓、端的に言うとどれも凡人以下で戦場ではかえって危ないということになったそうだ。

 だからって俺に貧乏くじ引かせるのは違くないか?


 俺の剣は自己流だが、しっかりと型はある。とりあえずそれを教えると、ものの数分でそれをマスターしてしまった。では、何がだめかって?呼吸、動作、力の入れ方、どれをとっても高水準、だがそれを何か、巻藁のような対象に相対すると、途端に全身の力の入れ方がバラバラになってしまう。

 アクライヤに聞いたところ、それだけでも十分な進歩です、と喜んでいた。

 俺もそう思いたかった。そりゃ貴族であれば型を使うだけで褒められるだろう。俺の型は気に入られたからこそ、姫様に教えていたのだから。

 おっと、脱線したな。

 問題はキグミナス様の境遇だ。今のまま行くと半人前のまま戦場に立つことになってしまう。剣の道を進む俺にとって、自ら編み出した型を使った上で、負けられるとムカつく…もとい、キグミナス様の身の危険をさらに増やしてしまうからだ。体が出来ていても、心が備わっていないのならそれは永遠に一人前にはなれない。

 そこで、キグミナス様には走り込みをさせている。心を強くさせるために。荒療治も考えたが、それで何かあったら俺が死ぬからな。

 ……姫様って才能あったんだなぁ…………



「ハァッ…ハァッ……もう…だめぇ………」

「まだまだ行けます!キグミナス様!これでバテるようじゃ、剣は握れませんよ!」

「う!………がんばるぅ!!」

「はい!その意気です!」

 キグミナス様は確か今年で十二才だったはず。それでここまで動けるならかなり有望だ。俺も一緒に走りながらキグミナス様に水分を渡しているが、俺も体力が落ちてきていると実感する。

 俺は年という抗えない絶望を笑って誤魔化すのであった。




「………人選間違……いえ、まだ良いでしょう。」

 物陰からこっそりと、辛そうだが楽しそうに笑っている主人を見て、優しく微笑む従者であった。








 

ーキグミナスー


「…そろそろかな。」

 僕が走り込みでバテていると、アファルが顎に手を当てて、考えるように呟いた。

「え?………それって!」

「はい、本格的に剣を教えます。」

「やった!」

 最初は走るだけだったのが、途中からアファルに追いかけられるようになって、捕まるとその日のおやつが抜きになるようになってから……えーと、と、とにかくいっぱい!

 やっと教えてくれるんだ!それに、もうおやつ無くなることは無いね!

「まずは……うーん、キグミナス様はあのジジイの指導で剣の使い方は完璧です。ですから……」

 二人はまだ喧嘩してるのかな?もっと仲良くしてほしいんだけどなぁ。

「ねぇねぇ、だったらアファルが言ってた型を見せてよ!」

「あぁー……そうですね。見ないと分かりませんよね。」

 アファルはそう言うと、腰に携えていた剣を抜く。

「それでは、一つ簡単なものをお見せします。これからはその型を覚えることに集中しましょう。」

 アファルが僕に離れるように言って、剣を巻藁に構える。

 一体どんな技なんだろぉ……楽しみだなぁ。

 アファルは剣を横にして、腰に沿うように持って、剣先に左手の指を置いている。

 これがアファルの剣術の基本の構えらしいんだけど、皆が言うには珍しいんだって。

「フゥー………弧鋭。」

 アファルが呟くと同時に、剣の向きを動かしながら、隠すように身体を前傾姿勢にして、顔は下を向いたまま、下からの青い一閃で巻藁が支柱として使っていた太い木の枝ごと真っ二つになった。

「すごい…………」

 僕にはそんな言葉しか出てこなかった。

「キグミナス様にはこれを覚えてもらいます。その度にまた別の型を見せますので。」

「分かった!」


 モスコもカズィンもセルヤもアクライヤにも、申し訳ないという気持ちがあったからか、自分もやれば出来ると意気込むキグミナスだった。











ーアファルー


 キグミナス様を指導して三年が経過した。

 その間に小競り合いが何度かあり、我々バーンロー家は補給部隊として従軍した。この過程でキグミナス様は目を見張るほどの成長をされ、勉学にも意欲的に取り組んでいた。

 しかも、その理由が、"アクライヤとカズィンとセルヤとモスコとアファルの為にも、僕が偉くなって美味しいもの食べさせてあげる!"って、最高かよ。

 アクライヤとジジイは感極まって泣いていた。

 そしてキグミナス様の十五歳、つまり成人を迎えた今、我々も前線に出撃するだろう。

 着々とアクライヤが兵士を増やし、ジジイとカズィン&セルヤが新兵の面倒を見ていた。

 新兵の中に弓の適性のある者がなかなかおらず、アクライヤは従者ではなく執事となっていた。

 俺もキグミナス様に大体の技は叩き込んだ。付け焼き刃ではないくらいにはキグミナス様の剣の腕も成長した。今では三年前の面影はどこへやら、立派な青年へと成長した。



 そして、陸暦八三三年。

 バーンロー家当主含めて四十六名が初陣を飾る。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る