力の試練 その1

 それから、一週間……。

 聖騎士として教会に請われての活動や、筋トレ、借金を重ねての食べ歩きに、モブ忍者を引き連れた秘密の修行など……。

 一同は、思い思いにリラックスする時間を過ごした。


 ……まあ、その過程で魔術都市に新たな宗派――マッスル教が爆誕したり、バカがネズミ講に引っかかったり、賢人たちの醜聞が毎日のごとく暴かれて民に知らしめられたりしたが、それは些末な問題だろう。

 ああ、きっとささいな問題であるに違いない。


 そのような日々を過ごし……。

 今、開拓村から訪れた冒険者たちは、魔術都市が誇る闘技場の上へと立っていた。


 場内を包み込むのは、観客として訪れた民たちの熱気であり……。

 そんな人々の間を縫うようにして、ヨミが派遣したやたら短いスカートの売り子たちが、食べ物や飲み物を売り歩いている。


 砂漠のきめ細やかな砂を敷かれた闘技場に立つのは、九人の闘士たち……。

 すなわち、三人の魔術公候補とその助っ人たちだ。

 いずれもが――完全武装。

 砂漠に合わせて軽装となっていたシグルーンやアランもいつもの格好へ戻っており、暑さに汗をかきながらも、十分な余力を宿していることが伺えた。


「民たちよ!

 よくぞこの場へ馳せ参じた!」


 闘技場最上部の貴賓席……。

 ヨウツーを含む賢人たちの中央へ座していたジンが、立ち上がり、観客たちに向かって呼びかける。

 特に魔術などを用いずとも闘技場全体に声が響き渡っているのは、魔術公として過ごしてきた日々の成果であるに違いない。

 朗々とした声というものもまた、指導者に必要な素質であり、技術なのだ。


「諸君らも知っての通り、魔術公選定の儀というものは、三つの試練に分けられる。

 すなわち、力の試練、知恵の試練、祝福の試練である!」


 ジンが元気に声を張り上げる一方……。

 貴賓席に座る賢人たちは、いずれも覇気がない。

 きっと、どこかの獣人娘が忍びなれどもパーリナイした結果、生涯隠し通したかった醜聞の数々を暴かれたからであろう。


 例えば、右端の賢人は男色趣味があり、男娼を囲っていることが、証拠のラブレター付きで明かされている。

 他には、裏金を民にばら撒かれた者もいるし、過去に何人もの女を孕ませ、挙げ句、捨てたことが明らかになった者もいた。


 ヨウツーの隣に座っている男などは――最悪。

 何と、こやつは屋敷で飼っている猫に赤ちゃん語で話しかけては、その腹へ顔を埋め、獣臭を嗅ぎ続けるという奇怪な趣味を持っているらしいのだ。

 しかも、それを繰り返そうとして当の猫にウザがられ、猫パンチをされては、むしろご褒美とばかりに恍惚とした笑みを浮かべているらしい。


 もはや、人間性というものを喪失しているに等しい。

 その上、パンチされて喜んでいるというのだから、これはもうドマゾだ。

 おののくべき大変態猫愛好者……。

 それが、ヨウツーの隣に座っている男なのである。


 ちなみに、裏金とか不正とかは特にやっていなかったそうだが……。

 他に暴かれたところによると、犬や猫の去勢手術について多額の投資をしていたらしい。

 動物とはいえ、切ってしまおうとは何たる――外道。

 何か寿命を延ばしたり、性疾患を予防したりする効果があるらしいが、とにかく、信じられない非道であった。


 他の連中は、何だかんだでふてぶてしく賢人の座に居座り続けるかもしれないが……。

 隣りにいるこの男だけは、必ずや民たちとワンちゃんニャンちゃんの怒りを買い、その地位から追われることになるであろう。


 閑話休題。


「さて、本日行われる試練は言うまでもない……。

 ――力の試練である!」


 ジンの言葉を受けて……。

 民たちが、ワッと湧き上がった。

 何となれば、今日行われる力の試練は唯一、その内容を民たちに公開されており……。

 魔術公選定の儀においては、最大の見世物として知られているからである。


 そう、見世物だ。

 何故なら、力の試練とは、率直にいえば……。


「諸君らも知っての通り、力の試練においては候補者たちの戦闘能力を問う!

 ルールは、あってなきがごとく!

 いかなる魔術も武具も、その使用を認める!

 当然、助っ人として参加した者たちも、あらゆる手段を使って構わない!

 ただ一つ、禁止となっているのは、命を奪うことのみ!

 最後の最後……立っていた候補者が、試練通過の第一位となる!」


 ……三陣営が、同時にぶつかり合うバトルロイヤルだからであった。

 分かりやすいといえば、これほど分かりやすい試練もなく……。

 また、観客たちからすれば、これほどに盛り上がる興行もない。


 何しろ、勝った者が、魔術公という都市の代表に片手をかけるのだ。

 自然、見る側にも熱が入るというものである。

 また、観客席の盛り上がりようをみれば、イーアンという魔術と学問が支配する都市においても、為政者へ求められるのは第一に力であるということが伺えた。


「すでに、各参加者はこのルールについて承知しており、これ以上の前置きは不要であると判断する!

 各々方は、己の全てをかけて勝ち残られよ!

 それでは……始めい!」


 ジンが宣言し、腕を振り下ろすと共に……。

 闘技場内の空中に、いくつもの光球が浮かんだ。

 これらは、魔術の中でも幻影を操る術に属するそれである。

 光球の表面に映し出されるのは、拡大された闘士たちの姿……。

 観客たちは、これによって、遠方の席からでもはっきりと闘士たちの姿を確認することができるのだ。

 しかも、音を操る魔術により、参加者たちの声や、戦闘によって発生する音までもが、闘技場内に響き渡っていた。

 それでいて、観客席と闘技場内は強固な結界によって遮られているため、大音響が戦闘に影響を与える心配はない。


 よその闘技場では、こうはいかぬ。

 まさに、魔術都市の闘技場ならではといった光景である。

 かような工夫の中……。


『ふん……。

 全ての参加者は、俺がぶっ潰す』


 大規模な音声魔術が最初に拾ったのは、タイクン陣営に属している戦士の声であった。

 果たして、いかなる民族の出身であるのか……。

 頭には、猛牛を思わせる角飾りが付いた兜を被っており、上半身には、紫色に染められた鎧を装着している。

 特徴的なのは、左の手甲に装着された爪で、これは、ドルン平原に生息する肉食性の小竜――プトルのそれよりも凶悪で、鋭そうであった。


 だが、右手で握った得物の迫力に比べれば、これも霞む。

 戦士が片手で持ち上げた武器……。

 それは、剣であった。

 ただし、切っ先はない。

 ならば、断頭に用いる刀剣――エクセキューショナーズなのかと問われれば、それも違う。


 そもそも、この剣……通常の刃は、付いていない。

 では、どうなっているのかといえば……サメの牙を思わせる小さな刃が、刀身を高速で回転し、切れ味を生み出しているのだ。


 これは――魔剣。

 おそらくは、どこかの迷宮で発見された極めて珍しく、それでいて強力なそれであろう。


『ああっと! 戦士オルトー・ビゾン!

 自信満々に、他の選手を潰すと宣言したあ!』


 これも、魔術都市の闘技場における名物……。

 実況を務める若いお姉ちゃんの声が、闘技場内に木霊する。

 そんな中、観戦用の魔術は、また別の人物が発した言葉も拾っていた。


「ノアーク殿は、私が守る!」


 決然と言い放ったのは、オルトーと同じくタイクン陣営に属する壮年の魔術師だ。

 その所作は一つ一つが洗練されており、長きに渡り、実戦的な魔術を磨き上げてきたことが、それだけで伺い知れる。

 武具は……鎧のみ。

 しかし、黒を基調としたこの鎧は、金細工により各部へ魔法陣やルーン文字があしらわれており、一級品の呪具であることが傍目にも明らかだった。

 秘められた能力は、魔術の増幅や強化であるに違いなく……。

 他の武器など、持つ必要もないのだろう。


『ギャゴ・タジーファも格好良く決めたあ!

 渋い! 渋すぎるぞ!

 これが一流の魔術師というものか!』


 実況のお姉ちゃんが白熱する中……。

 ノアークを守るようにして前へ出た戦士と魔術師が、それぞれなりの構えを取る。


 戦いは、まさに今、始まろうとしていた……。

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