ロアークという青年
議事堂といえば、魔術都市イーアンにおける政治の中枢的建築物であり……。
これは、国家でいうならば、王城にあたる施設である。
となると、内部に存在する飲食店は、職員らを相手にするだけの庶民的な――近年台頭してきたロウクーグループによる――店だけでは、物足りない。
何しろ、時には他の都市や国家からの要人を招き、会食することもあるのだ。
相応の格を持った店というものが、どうしても必要であった。
魔術公候補たちによる宣誓の儀が終わった後、ヨウツーがジンたちに連れ込まれたのは、そのような役割を持つ議事堂内のレストランである。
名目は――会食。
偉大な賢人ネーアン・ケルグトルの名代として参じたヨウツーを、大いに労おうという食事会だ。
だが、その実態を端的に表すならば、これは……。
――嫌味大会。
……の、四文字を使うのが相応しいだろう。
とにかく、賢人たちのヨウツーに対する態度は、鼻につくことこの上ない。
例えば、ある賢人が言ったこの言葉……。
「守護剣の任を負うことあたわず、魔術都市から出て行った者が、二十数年の時を経て舞い戻り、次なる魔術公選定の儀へ関わらんとする。
何とも、忠義深い話ではないか?」
これは、直訳すると、
「血筋に課せられた任務を果たせず、故郷から出て行った分際で、よくもおめおめと戻って来れたな?」
という文章に変換される。
我ながらよく受け流し、大恩ある師ネーアンに報いるためだと答えられたものだ。
また、このようなことも言われた。
「ロウクー家といえば、最近はそう……。
この議事堂にも、いくつか店を開いているな?」
「いかにも。
私は食べたことがないが、庶民にはことのほか受けがいいようだ」
「何でも、価格の安さと接客が魅力だとか」
「はっはっは。
同じ金で、どれだけ優れた結果を出すかというのは、学術的な研究にも通じるもの。
それを踏まえれば、大したものよ」
「左様。
剣を振るうことはできずとも、包丁を振るうには十分なようだ」
「となると、我らが魔術都市の民は、呪いをかけたゴヒ民族に感謝せねばならないだろうな」
「そうとも。
その呪いがあったからこそ、安くて美味い店がいくつもできたのだからな」
「まったく、大したものだ」
「ああ、普通ならば守護剣という栄誉職を追われた身で、そのように商人として身を立てるなど考えられるはずもない」
「矜持などというものは、調味料にもならないとわきまえているのだろうさ」
――てめえらは!
――俺たち兄弟が、どんな気持ちで……!
喉元まで出かかった言葉は、どうにか飲み込んだものだ。
また、同席していたジンが、目線でこらえるよう促していたのも耐えられた理由だろう。
しかし、それをもっても我慢ならなかったのは、師ネーアンに対して言及された時であった。
「それにしても、ネーアン殿は魔術公選定の儀という一大事を放ったらかして、新たに発見された迷宮の研究とは……」
「いや、はや……。
気分はすっかり、楽隠居といったところですかな?」
「ならば、さっさと後任を指名して、思う存分に研究を楽しまれるのがよかろうなのだが……」
「はっはっは。
ほら、アレではないですかな?
かの偉大な賢者も、すでに大分年老いておられる。
正常な判断というのが、難しくなっているのでは?」
暗に、ネーアンがボケていると言ったその言葉……。
これを聞いたヨウツーの中で、ついに何かが切れた。
だから、ついこう言ってしまったのである。
「ネーアン殿こそは、賢者の中の賢者。
陰口のみを磨きしあなた方とは、格が違う」
言いながら、即座に席を立つ。
背後でジンが天を仰いでいると感じながらも、そのまま店を退出してしまった。
そして、今に至る……。
(やっちまったな……。
やっちまったよ……。
もう、十代の小僧というわけでもあるまいに、な)
そうして辿り着いたのは、議事堂の屋上庭園であった。
庭園内には、色とりどりの花が先溢れ……。
砂漠の風を受けながらも、みずみずしい花弁で訪れる人々の心を癒してくれる。
癒やしといえば、時の設計者が苦心して設置した中央部の噴水もまた、忘れてはならない。
設置されたベンチに腰かけ、噴水の水しぶきを軽く浴びながら、自然の美しさに心を馳せる……。
この行為は、荒れた心をほんのわずかにだが、なだめてくれた。
これまで巡ってきた国の王城にも、花々が咲き誇る庭園は付き物だったものだが……。
それは、このように心を癒す場所が必要であると、為政者たちが判断してきたからなのかもしれない。
(はあ……。
これで、ますます連中との折り合いは悪くなった、な。
まあ、前向きに考えよう。
元より良好な関係ではなかったのだ。
悪くなったというより、現状を維持しただけさ。
なら、溜め込んでいるよりも、吐き出した今の方が、幾分かスッキリしていい)
どの道、時空を遡る術など存在はしないのだ。
噴水の水しぶきによって、文字通り頭を冷やしたヨウツーは、そう前向きに考えることにした。
声をかけられたのは、その時である。
「あなたは……」
「む……。
君は……」
目の前に立っていたのは、緑色のローブを着込んだどこか頼りなさげな青年……。
タイクン家の跡取りであり、エリスたちの対立候補でもある人物――ノアークであった。
「多分、ロウクーグループの人ですよね?
家名から考えて……」
「ああ、いや、間違ってはいない。
間違ってはいないんだが……。
でも、そうか。若者の目線からすると、そりゃそうなるのか」
間違ってはいないものの、何か果てしなく微妙な肩書きを持ち出されてしまい、どう答えたものか迷う。
そんな自分を前に、ノアークは周囲の花々を見回していたのである。
「ここ、お好きなんですか?
僕もです。
花を見ていると、心が落ち着く」
「ははは、何だか年寄りめいたことをおっしゃるな。
ですが、気持ちは分からないでもない」
微笑を浮かべるノアークの姿は、議場で見た時よりもどこか堂々としていて、自然体に感じられた。
おそらく、これがこの青年にとって本来の姿なのだろう。
「確か、平和と友愛の治世を目指すのだったか……。
なるほど、花が似合うわけだ」
「小市民なだけですよ。
そのくらいしか、目指すものが思い浮かばない」
肩をすくめた姿に、思い起こされたのが賢人の放った言葉だ。
「だが、実際に慈善活動で功績を残しているのでしょう?
それで、次代の魔術公として推薦されるまでに至っている。
誰にでも出来ることではないし、やはり、大したものだと思いますがね」
「家の力を使っただけです。
僕自身は、大したことをしていない。
それが、たまたま皆の目に留まっただけのことですよ。
それに……」
ふと、ノアークが花の一つを見やる。
密やかな花弁を付けたそれは、乾いた風に揺られてそよいでいた。
「そういった活動を続けて思ったのは、結局、全部を救うことなど不可能ということです。
人間の出来ることには、限りがある」
「それでも、誰かがやらなきゃいけないことでしょう。
神の救いというものへ、すがってはならない。
天上におわす神々は、あくまで人間に助言を与え、導くだけだ」
「そう……でしょうね。
だから、僕は魔術公を目指すんだ」
言いながら、青年が笑う。
それは、とても爽やかな笑みで……。
今、語られた内容が嘘偽りのないものであると、ヨウツーに感じさせたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます