賢人たち

 主役とも言える魔術公候補たちの宣誓が済んでしまえば、後は、それにまつわる補助的な役回りたちへの承認となる。

 すなわち、シグルーンたち助っ人の参戦許可であり……。

 ヨウツーを、ネーアンの名代として迎え入れることへの承認だ。


「では、エリスの助っ人に戦士アラン・ノーキンと忍者ギンが……。

 リムの助っ人に聖騎士シグルーンと魔術師レフィが……。

 ノアークの助っ人に、戦士オルトー・ビゾンと魔術師ギャゴ・タジーファが加わることを、魔術公と五賢人の名において、ここに承認する」


「五賢人といっても、今は一人欠いていますがな」


 賢人の一人が放った、からかうような言葉……。

 それに対し、たった今、助っ人たちの参戦を認めたジンは、咳払いで答えた。


「その空いた穴に関して、今から決めようと言うのだ。

 ヨウツー・ズツ・ロウクーよ。

 一歩前へ」


「はっ……」


 ――相変わらず、嫌な連中だ。


 ――出世して賢人の地位に就いたとして、そこは変わらんか。


 そのような感想を抱きながら、前へ進み出る。

 魔術都市を旅立つ前と今とでは、五賢人の顔ぶれも大きく変わっている。

 と、いうより、ネーアン以外の賢人は、全員が次代の人間へと移り変わっていた。

 だが、彼らが知らない顔かと問われれば、そうではない。


 賢人に推挙されるということは、それなりの前身を持つ人間たちであり……。

 今、こうして魔術都市最高の議席に座している者たちは、かつてヨウツーが在籍していた際、要職に就いていた一世代上の者たちである。

 彼らとの折り合いは――悪い。

 何となれば、ロウクー家に課せられていた守護剣の任を解くか否かを議論した秘密の会議で、嬉々として解任を主張した者たちであるのだ。


 彼らからすれば、血統によって魔術都市の上部へ食い込んでいるロウクー家は、さぞかし目障りな存在であったのだろう。

 地位の裏に、どれほど過酷な鍛錬があったかなどは、考えるところではないのであった。


「ここに、五賢人筆頭ネーアン殿からの信任状がある。

 貴公は、この要請に従い、魔術公選定の儀が終了するまでの間、我らが議席へ加わる意思があるか?」


「無論です」


「もっと、はっきりと分かりやすく意思を述べよ」


 指摘というよりは、野次の類である賢人の言葉……。

 それに対し、苛立ちを覚えながらも言葉を訂正した。


「……失礼。

 その任、お受けいたします」


「ならば、よし」


 取り出していた信任状を丸め直したジンが、満足そうにうなずく。


「すでに、我らが内での話し合いは付いている。

 賢人の地位は、現職の魔術公と五賢人によって定まるもの……。

 他の議員が口を挟む余地はなく、ここに、ヨウツーが暫定的に議席へ加わることを承認する。

 では、ヨウツーよ。

 ネーアン殿の名代として、彼の席へ」


「――はっ!」


 ヨウツーが羽織っているローブは、かつて父が使用していた逸品だ。

 背には、ロウクー家の紋章が描かれている。


(まさか、これを着て賢人の席へ座る時がくるとはな)


 そんなことを思いながら壇上へ上り、用意された席へ着席した。

 そうすることで見下ろせるのは、候補者たる三人の男女であり……。

 その背後へ控えた仲間たちであり、タイクン家の用意した助っ人たちである。


(はて、さて……。

 この選定の儀、どうなるか?)


 例えるなら、嵐の前の――凪。

 冒険者として培った勘が、荒れるであろうことを予期していた。




--




 魔術都市の議事堂というのは、ただ議員たちが言葉を交わして終わるだけの施設ではなく……。

 決定された様々な施策を実行するための役所までも、内包されているらしい。

 それはすなわち、数多くの人間がここに詰めているということであり……。

 人が多数集まる施設の常として、内部には、彼らの疲れを癒し、空腹を満たすための飲食店も存在していた。


 ……まあ、Yバーガーを始め、その全てが、昨夜提供している料理と共に説明されたロウクーグループの経営店なのだが。


「ふう……緊張しました」


 Yバーガーの看板メニューであるというチーズバーガーのセットが載せられたトレーを席に置いたエリスが、そう言って大きく息を吐く。

 そうすると、ローブ越しでも分かる豊かな胸がたわわに揺れて、身長の関係でそれを直視するギンには面白くなかった。


「立派なもんだったじゃねえか。

 あんな偉そうな連中に凄まれて、背筋を伸ばしていただけでも大したもんだ」


 巨体を維持するのには、それだけの食べ物が必要ということか……。

 ダブルバーガーを実に五個もトレーに載せたアランが、早速にも一つを手に取りながら答える。

 余談だが、彼はポテトを頼んでいない。

 筋肉を育むには、相応の食事というものが必要らしく、彼はそれなりに食へうるさい方だった。

 もっとも、食事を選ぶ余地がない冒険中などはその範疇でないので、あくまでも、選べる余裕がある時に限った話なのだが……。


「とは言っても、その内一人は、自分の父親ですけどね」


 我知らず、半眼となったギンが、てりやきバーガーセットのポテトをつまみながらつぶやく。


「ええ、そうですね……」


 エリスはそれに対し、どこか複雑そうな笑みで返す。

 生まれつき不自由だという小指は、ハンバーガーを掴む時でも震えていて、どこか頼りなかった。


「まあ、そう言うなよ。

 むしろ、親父が魔術公なんて大層な立場にいるからこそ、緊張するってもんだろ?

 何しろ、自分が失敗したら、その場で親父に恥をかかせちまうんだからな」


 一体、いつの間に一つ目を平らげたのか……。

 早くも二つ目のダブルバーガーに手を伸ばしていたアランが、いかにも知った風な口振りでたしなめてくる。


「まあ、そういうものかもしれませんが……」


 てりやきバーガーを食べる手は止めて、唇を尖らせた。


「お前、あれか?

 こちらのエリスさんがあんまり好きじゃないから、それで不機嫌なのか?」


 脳筋戦士は、そんな自分に対し、確信を突く言葉で問いかけてきたのだ。


「まあ、そうなの?」


 嫌われていると指摘された当の本人であるエリスが、両手にチーズバーガーを掴みながら、きょとんとした顔を向けてくる。


(この水虫男は……)


 レフィとは別ベクトルで阿呆なこの戦士だが、存外、こういう時の勘働きは鋭い。

 それでいて、腹に溜め込むことなく率直に聞いてくるというのが、どうにも始末に悪いところであった。


「別に、強いて嫌っているというわけでは、ありません。

 ただ、どうして先生がわたしとアランさんをエリスさんと組ませて、残る二人がリムさんと組むようにしたのか……。

 それが、ちょっと気になっただけです」


「そりゃあ、お前。

 レフィの奴が、リムちゃんに実力を見せ付けるっつって聞かなかったからだろ?

 そうなると、歯止め役にはシグルーンが最適だ。

 で、消去法で、おれたちがエリスさんの助っ人をやることになった」


 アランが見やったのは、リム一行が座っている席だ。

 実のところ、努めて意識しないようにしていたが……。

 リムとレフィはさっきから立ち上がり、バカだのアホだのウ◯コだのと、飲食店内で口にしてはならない言葉まで混ぜながら、互いを罵倒し合っている。

 抑え役であるシグルーンは、「すいません、すいません」と周囲に頭を下げまくっていて、早くも、この先に待ち受ける苦労が察せられた。


「ふふ、リムちゃん楽しそう……」


 そして、そんな光景を見た姉の言葉がこれであり、アランもギンも、これには目を剥く他になかったのである。


「あら、ごめんなさい」


 エリスは、自分たちの様子を見て、口に手を当てながら苦笑いした。


「いえ、あの子があんなにあけすけとした物言いをするのは、初めて見ましたから……。

 きっと、レフィさんと馬が合うのでしょうね」


「犬猿の仲にしか見えませんが……」


「そういや、妹さんと魔術公の地位を争うことに関しては、どうなんだ?

 やりづらくねえか?」


 アランに問われ、エリスが不意に真面目な顔となる。

 そして、こう言ったのだ。


「リムちゃんが優れた魔術師であり、魔術公としての素質を十分に備えていることは、疑っておりません。

 ですが、私も皆さんから選出して頂いた身です。

 勝てる勝てないではなく、全力を尽くすと決めています。

 どうかお二人は、そのためにお力をお貸しください。

 あまり気に入らないところがあるようなら、直すように努めますので……」


 軽く頭まで下げての殊勝な言葉……。

 これを受けては、返事など一つしかない。


「だってよ?

 仲良くできるか、ギン?」


「……そもそも、そんなに嫌っているというわけでありませんから。

 いえ、大丈夫です。

 こっちも、プロとして全力を尽くします」


 やはり、いつの間にかダブルバーガーを食べ終え、意地の悪い顔でこちらを見るアランに、そう返したのであった。

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