宣誓

 魔術公という代表こそ選出し、頂点に立たせているものの、魔術都市イーアンはあくまで合議制の都市であり、通常の王都や公都に見られるような王城は存在しない。

 ならば、都市としてのシンボル足り得る建築物が存在しないのかと問われれば、それは否であった。


 例えば――魔術学院。

 人口の大半が魔術師というこのイーアンにおいて、これはなくてはならぬ建築物である。

 広大な敷地内は、各学部ごとに独立した尖塔が建てられており、これらは、象牙の塔という通称で呼ばれていた。

 魔術都市の人間はここで基礎的な魔術や学問を学び、その後、本人が希望したならば、学術の徒として、ここで生涯を過ごすのである。


 例えば――闘技場。

 魔術都市という異名からすれば、どこかミスマッチさを感じさせる建築物であるが、その役割ははなはだ大きい。

 何しろ、魔術というものは、大規模な術式になればなるほど、この世界にただならぬ影響を及ぼす。

 特に、軍事行動で必要不可欠となる戦術級魔術などはその最たる例で、百人からなる敵兵を一網打尽と出来得る魔術の実験場所など、そうそうあるはずもない。


 まさか、そのようなことをする者がいようはずもないが……。

 例えば、戦術魔術の最高峰として知られる隕石召喚を、考えなしにそこら辺の草原などで行使したら、クレーターだらけの見るも無残な荒野に生まれ変わってしまうことだろう。


 実験や演習の度に領土内を大破壊してしまっていては、領内がたちまちの内に荒廃し尽くしてしまう。

 それを防ぐため……。

 また、時には見世物としてこれを披露し、魔術都市の実力を国内外へ知らしめるため……。

 多重の結界によって守られ、遠慮なく大規模な魔術を行使できる闘技場という施設は、必要不可欠であるのだ。


 その外観は、他の都市でも見られる円形闘技場と同様のものだが……。

 観客席最下部の縁には、結界を発生させるための魔力装置――加工した竜の牙が設置されており、それが、他の闘技場との大きな差異となっていた。


 そして、魔術都市において最も象徴的かつ、重要な役割を果たす建築物といえば、これは議事堂を除いて他にあるまい。

 都市の中央部へ堂々と佇んだその威容は、壮麗そのものであり……。

 白亜の壁は、過去の栄光を映し出す鏡のように輝き、訪れる者に無言の敬意を求める。

 屋根の各所には、やはり玉ねぎ型のドームが備わっており……。

 正門の屋根に取り付けられたそれは、都市内でも最大の大きさを誇り、時の流れというものを超越した番人じみた迫力をもって、出入りする人間を見守っていた。


 特筆すべきは、恐ろしく多くの人間が出入りする施設でありながら、内部は静謐さで満ち満ちていることだ。

 それは、繰り広げられる論戦の一言たりとも、聞き逃さぬためであり……。

 建物内部に立ち込めるピリリとした空気は、まるで戦場のそれがごときものである。


 そんな議事堂の心臓部ともいえる場所が、中央に存在するドーム状の空間……。

 すなわち、中央議場であった。

 議場内部は、実に五百人からの議員が論戦へ参加できるようになっており……。

 演壇を中心とし、放射状に議席が並ぶ様は、単に椅子と机が並んでいるだけであるというのに、どこか芸術品めいた美しさを感じさせる。


 そういった光景を睥睨できるように作られているのが、演壇の後方に存在する六つの席……。

 魔術公と五賢人のために用意された議席であった。

 一つ一つが玉座と呼ぶべき豪奢な造りをしている席には、今、一つの空席を残して五人の人物が着席している。


 一人は、他ならぬ魔術公――ジン・ガオシ・ギーツ。

 残りの四人が現職の五賢人で、空席となっているのは、リプトルへ発った老学者ネーアンの席であった。


 彼らに見下ろされるようにして、演壇の前へと立っているのが、三人の男女だ。

 その内、二人の娘は、魔術公ジンの娘であるエリスとリムである。

 そして、残る一人の青年こそ、ジンから聞いていたタイクン家の子息であるに違いない。


(何か……いまいちパッとしないというか、覇気の感じられねえ兄ちゃんだな。

 これなら、まだエリスたちの方がやる気を感じられるぜ)


(――シッ!

 聞かれるぞ)


 小声で仲間たちに話しかけ、聖騎士シグルーンからたしなめられる戦士アランであったが、これには、ヨウツーとしても同意であった。

 緑色のローブに身を包んだ姿は、やや背を曲げているせいか、どことなく貧相であり……。

 先ほど、ちらりと見た顔は、整ってこそいたものの、いかにも自信なさげで曖昧な笑みを浮かべていたものだ。

 こうなると、ちぢれた黒髪も、そういった印象に拍車をかけてしまう。


 数多くいる魔術師の中から、魔術公の候補として選出されているのだから、生半可な実力ではないに違いない。

 だが、実力ある者に付き物のあらゆる要素が、抜け落ちて感じられる青年なのである。

 まあ、覇気という点に関しては、エリスもおっとりとし過ぎているし、リムの方も、性格に大いなる問題を抱えていることが、昨日明らかになったばかりなのだが……。


「エリス・ガオシ・ギーツ……。。

 リム・ガオシ・ギーツ……。

 ノアーク・ケイワマ・タイクン……。

 三名共、ここに呼ばれた理由は分かっているな?」


 魔術公の立場にふさわしく、重々しい口調でジンが尋ねると、若き魔術師たちはそれぞれなりの仕草でうなずいてみせた。

 今、ここで行われているのは、次代の魔術公へ立候補することの意思確認である。

 参席しているのが、ジンとネーアン以外の五賢人のみであるのはそのためで、重大な儀式を執り行うにあたっての前準備的な側面が強い。

 組織というのが、巨大化すれば巨大化するほど硬直化し、手順を求めるということの証左といえるだろう。


 前からは、魔術都市の重役たち……。

 後ろからは、ヨウツー一行とタイクン家が用意したのだろう助っ人に見守られながら、魔術公候補たちへ選出理由が語られていく。


「まず、ここにいる三名は、それぞれが年齢にそぐわぬ卓越した魔術の使い手であり、魔術公という地位に相応しい実力を備えている」


「その上で、エリス・ガオシ・ギーツは、迷宮都市から産出された印刷機の構造解明を成し遂げた」


「リム・ガオシ・ギーツは、より高度な自己判断能力を持つゴーレムの生成に成功している」


「ノアーク・ケイワマ・タイクンは、若年ながら各種の慈善事業に貢献しており、民たちからの評価が極めて高い」


 賢人たちが順繰りに選出理由を語り……。

 最後に、ジンが威厳に満ちた眼差しを候補者たちに向ける。


「以上の理由により、当議会はお前たちを次なる魔術公の候補として選定した。

 三名共、この期待に応え、魔術公選定の儀に挑む覚悟はあるか?」


 しばしの間を置き……。

 最初に答えたのは、エリスであった。


「非才なるこの身で、故郷の更なる発展に貢献できるのなら……」


 姉に続いて、勝ち気な声を上げたのがリムである。


「当然です!」


 最後に残されたのは、ノアークなる青年魔術師であったが……。


「……平和と友愛のために、力を尽くします」


 口にした言葉の立派さと裏腹に、くしゃりと髪をかきながらの所作は、やはり頼りないものであった。

 ともかく、これで宣誓は果たされたことになる。


「では、魔術公と五賢人の名において、お前たちを次なる魔術公の候補として認定する」


 ジンが、高らかにそう宣言した。

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