ゴヒ民族の呪い

 なるほど、飲食業界で成功し、これほどの富を築いただけのことはある。

 ヨミが配下の者へ命じ、すぐさま経営する飲食店から出前させてきた料理は、いずれもそう思わせられる品々であった。

 特にギンが大喜びしていたのは寿司で、ヨウツーを含む他の者がドン引きする中、彼女はパクパクとこれを食べていたものである。


 そのような形で、食事会というか、ロウクーグループが誇る料理の試食会は賑やかに終わり……。

 仲間たちが客室へ案内された後、ヨウツーはヨミと差し向かいで座っていた。


「建て直しても、この部屋はそのままなんだな?」


 言いながら、室内を見回す。

 そうすると、目に入ってくるのは、壁にかけられた種々様々な刀剣類だ。

 主となっているのは大陸で幅広く使われている直剣であるが、中には、先日の刺客が使っていたような曲刀や、東方で用いられる刀なども含まれている。

 また、聖別された聖剣や、魔力を秘めた魔剣も少数ながら含まれていた。


 おそらく、ヨミが自ら手入れをしているのだろう。

 いずれも、今すぐ実戦で使ったとて問題ない切れ味を維持していることが、鞘越しの気配で伝わってくる。

 これらは、ロウクー家の歴史を語る証人たち……。

 先代までの当主が収集してきた刀剣のコレクションであった。


「これらをないがしろにすると、父さんたちが祟ってきそうだから」


 苦笑いしながら、ヨミが酒瓶を向けてくる。

 そういえば、旅立つ前は、自分もこやつも酒が飲めなかった。

 だから、これが兄弟で交わす最初の盃となる。

 差し出したグラスに注がれる酒は、ジンが出してきたのと同じ銘柄の蒸留酒だが……。

 どこか神聖なもののように感じられたのは、それが理由であるに違いない。


「それで、兄さん……。

 ――どうだった?」


 自分のグラスにも酒を注ぎ、ずいと身を乗り出す弟の小指は――震えている。

 こやつもまた、兄と同じくゴヒ民族の呪いへ侵された身であり……。

 普段は、吸着の魔術によってそれが悟られぬよう、巧妙に立ち振る舞っているはずだ。

 そのため、世間においてロウクー家は、跡継ぎたちが健在でありながら、何故か守護剣という栄誉職を退いた家として知られているのだろう。


「ジンにも聞かれたが、な。

 駄目だった」


 背もたれに体重を預けながら、溜め息と共に吐き出す。

 呪いの解呪は、ヨウツーがこれまでの半生で追い求めてきた命題だ。

 それが、一切の空振りに終わったことを認めねばならないのだから、溜め息の一つも出よう。


「そう、か……」


 残念そうにしながら、ヨミがグラスの酒を舐める。


「一つ民族の長が死に物狂いで残した呪いの、何と強力なものよ……」


 ヨウツーも同じように酒を味わいながら、つぶやく。

 その瞳に思い描くのは、自分が母の腹にいた頃の出来事……。

 ゴヒ砂漠に住まう蛮族――ゴヒ民族との抗争である。


「父さんのみならず、オレたちにまで呪いを振りかけていったのだから、念入りというか、恨みが深いというか……。

 オレたちからすれば、迷惑でしかない話だけどね」


「まあ、向こうには向こうの言い分というものがある。

 魔術都市側からすれば、さらなる開墾地を求めて砂漠の河川地帯を手にするのは必須だが……。

 元よりその周囲へ根付き、細々と暮らしていた側からすれば、侵略行為以外の何物でもあるまいよ」


 ヨウツーが語ったのは、史学でも語られている表層的な内容に過ぎない。

 実際は、もっと様々なことがあったはずであり……。

 記憶に残る父ならば、色々とえげつない手段も使って民族殲滅へ乗り出したはずだ。

 ヨウツー自身でさえ、いざ、守護剣として陣頭指揮を執らされたのならば、いくつかそういう手は思いついてしまうのである。

 例えば、疫病を相手方に流行らせるなどというのは、序の口だろう。


「でも、それは都市の総意に基づいた行動だろう?

 うちの一族だけが呪われるっていうのは、理不尽に思えるけどね」


 ピクリと小指を震わせながら、弟が言う。

 それは、この兄も何度となく思ったことだ。


「向こうからすれば、先頭に立って剣を振るっていた俺たちの親父こそ、魔術公以上に都市の代表として感じられただろうさ。

 だから、最も苦しむ呪い……。

 剣才を奪う呪いの儀式に至った」


「何人もの同族を生け贄に捧げての呪い、か。

 兄さんでも解く方法を見つけ出せなかったのだから、大したものだと負け惜しみを言っておこうか」


 ヨミとて、ロウクー家の人間として、武芸百般を叩き込まれし男だ。

 その度に、必ず障害としてそびえる小指の呪いは、さぞ忌々しく感じられることだろう。

 自分が、そうであるように……。


 ふと、己の小指を見やる。

 吸着の魔術によってぴたりとグラスへ張り付いているが、それだけだ。

 自分の意思で、力を発揮できているわけではない。


「……小指というのは、およそあらゆる手の動きにおいて基点となる指だ。

 ここを奪われてしまうと、途端に握力がなくなってしまう。

 俺の仲間に、東方の忍者がいたことは気付いているか?」


「寿司屋すら開いているこのオレだぜ?

 こちら風にアレンジしたロール寿司で、それなりの固定客だって付いている。

 兄さんよりは、よっぽど向こうに詳しい。

 当然、気付いているさ。それに、あんなに忍ばない忍者も珍しい」


「ああ、あの野菜とか巻いてたロールな?

 俺には、まともな料理に思えたが、ギンは微妙そうな顔だったな……。

 さておき、その忍者――ギンから聞いたんだがな。

 東方のヤクザとかいう組織は、破門する時に小指を落とさせるらしい」


 兄の言葉を聞いて、弟がおかしそうに笑う。


「それは、その後の人生が大変だな。

 どう大変かは、オレたちがよーく知っている」


「違いない」


 その後……。

 兄弟でひとしきり笑い合った後、ヨミがおもむろに口を開いた。


「それで、ネーアン先生の要件については、どうするつもりだい?」


「どう、とは?

 俺はまあ、適当にやるだけだ。

 五賢人の名代なんだから、審査する側だろう?

 仲間たちは、ジンから助っ人を頼まれてたけどな……。

 俺の方は、誰か一人の候補に肩入れすべきではないし、する必要もなかろうよ」


「本当にそうかい?」


「こいつ……」


 今、浮かべたのは、心底からの苦笑いというものだ。

 その証拠に、眉間へしわが寄ってしまっている。

 が、自分とソニアの関係を知っていれば……。

 その上で、あのエリスという娘の容姿を知っていれば、その疑問はもっともなことであった。


「まあ、確かに……。

 あのエリスという娘を見れば、嫌でもソニアのことを思い浮かべるし、それで思うところがないわけではないがな……」


 そこで、飲み干したグラスをテーブルの上に置く。

 少しばかりの力を込めたので、コッという打楽器のごとき音が響いた。


「だが、俺も十代の小僧というわけでもない。

 今さら、どうということもないさ。

 ソニアの生まれ変わりというわけでも、ないのだからな」


「いやまあ、生まれ変わりも何も……いや」


 弟は、何かを言い淀んでいるようだが……。


「まあ、その内に分かるさ」


 最終的にそう言って、話をはぐらかしたのである。


「何だ? その思わせぶりな態度は?

 そういえば、ジンの奴が、お前と折り合いが悪いと言っていたが、何か関係があるのか?」


「そこも含め、だよ。

 兄さん、分からないことを楽しもうぜ。

 何でもすぐに答えが与えられたんじゃ、つまらないだろう?」


「こいつ、抜かしおって……」


 このような言い方をされると、ますます気になってしまうが……。

 しかし、ヨミが語ったように、分からないことを楽しめる程度には年輪を重ねた自負があった。

 だから、ヨウツーはその後、他愛ない世間話を肴に兄弟での酒を楽しんだのである。

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