いざロウクー家へ 下

「――ウボワアアアアアッ!?」


 首ももげよとばかりの勢いで放った蹴撃を受け……。

 けったいな格好をした愚弟が、ズザザザザザッ! と舞台の上を滑る。

 一方、しっかりと準備運動をしたヨウツーは、腰の痛みもなく華麗な着地を決めていた。


「な、何だ!?」


「ヨミさんがいきなり蹴り飛ばされたぞ!?」


「あのおっさんは一体!?」


 こうなると、当然ながら騒然とし出すのはこのらんちきパーティーへと集まった人々だ。


「ちょっとヨウツー!

 ヨミ様を蹴り飛ばすなんて、何考えてるのよ!?」


 ……何か聞き覚えのある声も混ざっている気もするが、それは聞き流すことにした。

 ヨミ様て……どれだけあっさりと順応しているというのだろうか。


「て、テメエ! 何者だ!?

 オレ様に潰された飲食店の刺客か!?」


「お前、そんなことしてるのか……。

 そして、この俺が顔を見忘れたか?」


 正直、加減を間違えてツッコミ用ではなく仕留める用の蹴りになっていたのだが……。

 それを受けてピンピンしているのは、流石にロウクー家の男ということだろう。

 どうにか上体を上げた弟に対し、腰に手をやりながらねめつける。


「ああ?

 あんたの顔なんて……ああ!?」


 こちらの顔をみたヨミが、驚きの声を上げながら漆黒の色眼鏡を持ち上げた。

 ようやく、思い出したか……。


「風俗街の客引き!?」


「テメーの兄貴だよクソ弟が!

 ……まあ、二十年以上も家を空けてはいたわけだが、まさか、本当に見忘れられるとはな」


「え? え?

 ヨウツー兄さん?」


 はあ……とクソデカイ溜め息を吐き出し、周囲を見回す。

 そして、パン! と大きく両手を叩いて、宣言した。


「悪いが、この妙ちきりんな騒ぎはここでおしまいだ!

 俺は、ここにいる弟と話をせねばならん!

 ザ・エンドってね! お疲れ様でしたってね!」


 こういう時は、多少強引にでも話をまとめるに限る。

 ヨウツーが宣言すると、ヨミが雇ったと思わしきスタッフが撤収準備を始め、客たちも解散し始めた。

 ……何故かレフィまでどこかに散ろうとしていたが、それは先回りしたギンが押さえる。


「あ……あ……」


 ようやく、兄のことを思い出したか……。

 相変わらず尻餅をついたままの弟へ、一歩……また一歩と、にじり寄った。

 そして、ニコリとした笑顔で宣言したのである。


「さあ、楽しい兄弟会議の時間だ。愚弟よ」


 否と言える胆力が備わっていないのは、昔と変わりないところであった。




--




「で、あれは何だ?

 つーか、伝統あるロウクー家の屋敷が、どうしてこんなガッデムって感じの建物になってる?

 お前、俺が旅立ってから今までの間、何をしていた?

 ジンからは、それなりに稼いでそれなりに食っていると聞いていたが……。

 明らかに、そんな領域では収まるまい。

 しかも、さっき潰した店がどうのこうのと言っていたな?

 飲食店街の店がえらく様変わりしていたのにも、お前が関わっているのか?」


 スタッフも客も帰り、静寂と星明かりが支配する中……。

 舞台の上にあぐらをかいた弟に対し、そう問いかけた。

 周囲は仲間たちが固めていて、自分と弟のやり取りを興味深そうに眺めている。


「え、えーと……何から話せばいいのか……」


「とりあえず、その被り物を外せ。

 何だそれは」


 そのボンバーヘアがカツラであることくらい、初見で見抜いているヨウツーだ。


「はい……」


 観念し、カツラと色眼鏡を外すと、服はともかくとして、よく知っている弟を順当に老けさせた姿となった。

 自分より二つ下なので、今は36歳か。

 お互い、年を食ったものである。


「そうだな……。

 何をしていたか、から話してもらおうか。

 お前に開かせたハンバーガー屋、随分と様変わりしていたようだが?」


「……ふっふっふ」


 尋ねると、ヨミが途端に自信ありげな笑みを浮かべてみせた。

 そして、説明し始めたのである。


「そう。

 あのハンバーガー屋から、我がロウクーグループの躍進は始まったのです」


 弟が、夜空を見上げた。

 その目に映っているのは、兄が旅立ち、わずか13歳でとりあえず店を任されたあの頃の光景か……。


「手短に話せ」


「……うす。

 なんやかんやあって、このままじゃ弱肉強食の飲食業界で生き残れないと判断したオレは、徹底した業務の効率化とコストカットを推し進めました。

 従業員は格安で雇える学生中心にして、そんな店員でもやってけるようにマニュアルも整備して……。

 後は、セントラルキッチンを用意して、ほとんどの下ごしらえがそこで完結するうにもしましたね。

 今、あのハンバーガー屋――Yバーガーは、魔術都市内に十店舗を構えています」


「なんつーか、どっかで聞いた話だな」


 アランが腕組みすると、シグルーンもまたうなずく。


「ああ、先生が冒険者ギルドでやったようなことを、飲食店に応用したような……。

 そういう印象を受ける」


「兄弟って、似るものなんですね」


 ギンまでもがしみじみとつぶやく中、ポケーッとした顔をしているのが、レフィだ。


「ごめん。

 話が難しくってついてけないんだけど、つまりどういうこと?」


「……すっげえ繁盛する店にして、支店も沢山出したということだ。

 だが、お前がやったのはそれだけじゃあるまい?

 飲食店街にある店も、お前の息がかかっているな?

 というか、お前、この街の飲食店という飲食店を、支配しにかかってないか?」


「ふっふっふ……」


 またも、不敵な笑みを浮かべてみせるヨミだ。


「例えば、ある店の料理で卵黄を使うとしましょう。

 そうすると、卵白が余る。

 それを、別の店で活用したらどうなるか……?

 経営を多角化すればするほど、より効率化が進み、少ない経費で大きな利益が生み出せるようになっていきました。

 兄さん。

 もはや、個人経営の料理屋でやっていく時代ではありません。

 大きな資本をもって、最大限の利益を追求する時代なのです」


 両手を広げながら、力説するヨミである。

 この弟……しばらく見ない間に、すっかり金の亡者ヘと成り下がっていた。


「はあ……」


 大きな……実に大きな溜め息を吐き出す。

 これは、呆れが半分……。

 残る半分が、感心と安堵というところか。


 正直、残していった弟が上手くやっているかは、気になっていた。

 気になっていたくせに、あえてロウクー家に関する情報を集めていなかったのは、ヨウツーの弱い部分であるといえるだろう。

 金を稼ぐための道は作った。

 ならば、後は自己責任であるとして、逃げていたのである。


 ひょっとしたならば……。

 店を開いたものの、どうにもならず生活が立ちいかなくなっているのではないか?

 そういった可能性を考えながら、目を逸らしていたのだ。


 だが、実際のところは、どうか。

 弟は、兄が思いもよらぬ才覚を発揮し、魔術都市でも有数の富豪へと成り上がっていたようである。

 これだけの年月を重ねながら、結局、小指の呪いへ特に突破口すら見つけられなかった兄などよりも、よほど優れているといえよう。


「で、最後に……。

 このお祭り騒ぎは、何だ?」


「い、いやあ……。

 独り身だし、金ばっかり余ってるしで、何か発散したいかなーと」


「……身を固めろなどとは、言わんがな。

 やるにしても、方向性というものがあるだろう。

 屋敷もこんなにしちまいやがって」


 そんなことを言っていると、我知らず、苦い笑みが漏れた。

 そして、言うべき言葉を思い出したのである。


「今、戻ったぞ。弟よ」


「ああ、お帰り。兄さん」


 あぐらをかいた弟に、手を差し伸べた。

 二十数年ぶりに握った手は、お互い、しわが増えたと感じたに違いない。

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