いざロウクー家へ 中

 果たして、これを見て歴史ある一族の屋敷であると考える者が、どれだけいるだろうか……。

 いざ到着したヨウツーたちの目に飛び込んできたのは、そのような光景であった。


「な、なんだあ?

 ありゃあ……」


 Sランクの戦士――アラン・ノーキンほどの豪傑が、あんぐりと口を開けて硬直するのも無理はない。

 いつの間にか建て直したらしいロウクー家の屋敷は、全体的に刺々しいというか、鋭利な直線が複雑に交差し合うデザインとなっており……。

 もし、魔王の城などというものが存在したら、規模はともかく、外観に関してはこのようなものであろうと推察できる。


 かように不気味な建築物を照らし出すのは、魔術都市らしい魔術の光……。

 ただし、これは規模というものがまるで異なった。

 都市内を照らす光は、さながら地上に降り立った星の光であり、夜でありながら昼間のように明るいという言葉も、あくまで印象を語った大げさなものに過ぎないのだが……。


 こちらは、文字通り昼間のように明るい。

 いや……目を焼くようなまばゆさだった。

 下からは、光線と称すべき収束しきった無数の魔術光が、しかも様々に色合いを変えて撃ち放たれており……。

 上の方からは、これも複数の魔術師による合作と思われる魔術の光球が、やはり種々様々な地上に投げかけている。


 良い言い方をすれば、極彩色。

 悪い言い方をすれば、けばけばしい光に照らし出されているのが、門扉を開かれた屋敷に集まった人々であった。

 だが、その顔は正気ではない。

 まるで、熱に浮かされているかのような……。

 どこか湯だったような顔で、一心不乱に踊り狂っているのである。


 そんな彼らのグルーヴを高めているのが、屋敷の屋根に集められた生演奏者たちで、これは、どこから収集した楽器なのだろうか?

 弦楽器といい、太鼓といい、音楽を奏でるというよりは、騒音を放っているという表現が相応しい。

 ただ、一つだけ間違いないのはノリが良いということで、光と音の生み出す陶酔感により、集った人々はますます踊りへ夢中になっているのだ。


 これは……これは……。


「一体、どうなってやがる?

 これ、俺の実家なんだよな?」


「あ、先生からしても異常事態なんですね?

 よかった。これが平常運転だと言われたら、どうしたものかと」


 声を震わせるヨウツーに対し、シグルーンがどこかほっとしたような顔で言った。


「これは、何かのパーティーでしょうか?

 それにしても、光が目に眩しいというか、音がやかましいというか……。

 わたしには、少し苦手な場所です」


 言葉通り、頭頂部のキツネ耳を押さえながらギンがつぶやく。

 彼女の従えるモブ忍者ABCもおろおろとしていたが、これは、彼女らがそもそも、田舎の農村出身だからであろう。

 ここで、ふと気付いた。


「ん? そういえば、レフィはどうした?」


 そう……。

 結局、魔術師のローブを着ることは諦めていつも通りの身軽なミニスカート姿となっていたはずのエルフ魔術師が、影も形もなくなっていたのだ。


「あいつなら、あっちにいるぜ」


 アランが、呆れ顔となりながら指差した方を見ると……。


「フゥー! フワッ! フワッ! フワッ! フワッ!」


 そこには、早くも若者たちの輪へと加わって踊り狂うバカエルフの姿が!


「ハエか……あいつは……。

 明るい所を見ると、フラフラと吸い寄せられおって……」


 目を押さえながらうつむいてしまうヨウツーである。

 人々が大騒ぎしていれば、加わらずにはいられない。

 生粋の祭り好きにして、脊髄以外の何物も経由せずに生きている女が見せる当然の反応だった。


「なんだあ、あんたたち?

 ノリが悪いなあ」


 そんな自分たちに声をかけてきたのが、おそらくは、この祭り? へ参加すべく馳せ参じて来た若者たちの一人である。


「ああ、君。ちょっと教えてくれるか?

 このバカ騒ぎは、一体……?」


 この魔術都市においては、標準的なローブ姿……。

 しかし、髪は派手に尖らせて固めた若者が、呆れたようにこちらを見た。


「おいおい、あんたたち。

 ヨミさんのパーリナイへ参加しに来たわけじゃないのか?」


「先生、ヨミって誰ですか?」


「ああ、うん……弟」


 こっそり近づき小声で尋ねてきたギンに、脱力しながら答える。

 道中でみた飲食店街の光景……。

 そして、なんか眼前で繰り広げられているパーリナイ……。

 それらが、ヨウツーの脳内で結び付き、大変下らないオチを予想させつつあったのだ。


「おっさんたち! とにかく踊りまくれよ!

 飲み物だって、飲み放題だぜ!

 ここじゃあ、ハジけないのが最大の罪だ!」


 そう言いながら、若者たちが門の内側に向けて駆け出して行く。


「……とりあえず、俺たちも入ろう」


「入って、踊るのか?」


「バカを言え」


 アランに答えながら、懐かしさが一ミリたりとも感じられない生家の門を潜った。

 かつて道場が存在したはずの中庭には、どこかの劇場から持ち出したような舞台が設置されており……。

 その上では、音楽と光に酔いしれた人々が踊り狂っている。


 舞台の下には、そこかしこにスタンドテーブルが設置されていて、さらには、飲み放題らしい酒が置かれたテーブルも存在した。


「先生のご実家は、どうも随分と儲けてらっしゃるようですね」


 吸い寄せられているのは、彼女の美貌か、はたまた、踊ったらゆっさゆっさとすごいことになりそうなその乳房か……。

 四方八方から「お姉ちゃんオレと踊らない?」「いやいや、オレとオレと」などと声をかけられ、大変うっとうしそうにしているシグルーンが、眉をしかめながら吐き出す。


「いや、こんな派手なことができるような稼ぎはなかった……はずなんだけどな」


 彼女に答えた、その時だ。

 突然、光も音も消え失せ……。

 あれほど騒がしかった屋敷の庭が、静寂に包まれる。

 だが、次の瞬間……舞台の中央に、いくつもの光条が上方から注がれた。

 すると、それは舞台の中央に立った一人の男を照らし出したのであった。


 彼が着ている衣服を、どう表現したものか……。

 全体的なシルエットは貴族が着る正装を思わせるが、脛や袖になぞのヒダヒダが付いており、しかも、生地の色合いが派手なことこの上ない。


 ヨウツーと同じ色合いの黒髪は、至近距離で爆発系の魔術をブッパした後のレフィがごとくブロッコリー化しており……。

 さらに、漆黒の色眼鏡を装着していた。


 あまりに派手な装いをしたこの人物……。

 直感で誰だか分かってしまったのは、血の繋がりが成せる業であるに違いない。

 光に照らし出された男が、天に向かって右手の指を突き出す。


「みんな! ノッてるかい! アアアアアイエアアァァァッ!」


 ――イエアアアアアッ!


 男の言葉に、どっかへ混ざっているレフィも含む人々が歓声と共に答える。


「今夜は、このオレ様ことロウクーグループの総帥……。

 ヨミ・ズツ・ロウクー主催のパーリナイへ参加してくれてありがとおうっ!」


 ――ワアアアアアッ!


 人々が再び歓声を上げる中、ヨウツーはぐっと腰を捻ったり、屈指運動をこなしたりしていた。


「先生、何をしてるんですか?」


「ツッコミで腰を傷めないための準備運動」


 ギンに答えていると、舞台上の不肖にも程がある弟が、ますます調子に乗った風で叫びを上げる。


「おいおい、声が小せえなあ?

 もっとノリよくいこうぜえっ!

 ――イエエエエエィ!」


「――イエエエエエィッ!」


 お望み通り、ノリよく渾身の飛び蹴りを顔面へ見舞った。

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