いざロウクー家へ 上

 世に、特殊な役割を課せられ、代々それを継承していった血筋などというものは、珍しくもなく……。

 ロウクー家もまた、この魔術都市において、先代までその役割を果たしてきた一族であった。

 これなるお役目とは、すなわち――守護剣。


 イーアンといえば魔術師が集う都市であり、要人もほぼ全てが魔術師である。

 そして、こと荒事において、魔術師最大の弱点となるのが、接近戦だ。

 いかに強大な魔術を行使できようと、魔力を練り上げる暇も、術式を編む暇もなければ、これはただの木偶の坊と何ら変わりないからであった。


 その弱点を補うことこそ、守護剣に課せられた役割である。

 通常は、要人の護衛として……。

 また、時には魔術都市のさらなる発展のため、口に出すこともはばかられる任を負わされるのがロウクーの男なのだ。


 あくまで、先代まではそうだった、という話であるが……。


「まあ、そういうわけで、だ。

 よその国や街でいくと、王家に代々仕えてきた近衛騎士の家系とか、そういうのが近い。

 それが、ロウクー家だ」


 ギーツ家の屋敷を退出し、魔術都市の街中を歩きながら、ヨウツーは仲間たちにざっくりとした説明を終えていた。

 無論、守護剣が担う暗部に関しては伏せた上でだ。


「代々、近衛を務めていた家系……!

 それで、納得がいきます。

 先生が礼儀作法などに関しても詳しいのは、そういった理由があったからなのですね!」


 再び軽装姿へと戻ったシグルーンが、感心しきりという風に両手を合わせる。


「他にも、料理が上手かったり色んな雑学を知ってたりもしたけど、それも家の役目があったからなのか?」


「魔術もよね。

 魔力が大してあるわけでもないのに、滅多に使わない特殊な術を、習得だけはしていたりするし」


「まあ、その辺は趣味が半分ってところだ。

 俺も弟も、守護剣としての任を負うには基礎的な力が足りなかったからな。

 補うために、色々と工夫を模索した」


 腕組みしながら、若かりし頃のことを思い出す。

 五賢人の一人、ネーアンに師事したのもそれが理由……。

 その時代に積んだ下地は、冒険者としての活動でも存外に役立ってくれたものだ。


「前から思ってました。

 先生の剣技は、どちらかというと魔物というより、対人戦を前提としたものであると。

 それは、要人警護の剣として、磨かれてきたものだったからなんですね」


 モブ忍者たちを引き連れながら、納得顔でギンがうなずく。

 そこで、はたと疑問点に気づいたらしい。


「ですが、どうして先生の代でお役目を解かれたのですか?」


「それは、まあ……才能が足りなかったからさ。主に腕力だな。

 あくまで、実力が伴ってこそのお役目だからな。

 役割を果たすだけの力がないなら、そりゃもう廃業するしかない」


 当然の疑問に対し、肩をすくめながら答える。

 これは、嘘ではない。

 ただ、全ての事情を語っていないだけだ。

 ヨウツーがいかなる鍛錬でも工夫でも補うことのできなかった、根本的な握力不足に関する理由を……。


「ふうん。

 まあ、おかげでおれたちも出会えたわけだし、そう悪いことばかりでもねえな。

 それで、お屋敷にはもうすぐなのか?」


「ああ、ここら辺を抜けて行ったら、お屋敷の集まる区画になっている」


「魔術公殿のお屋敷とは、それなりに離れているのですね?」


 シグルーンの考えとしては、要人警護を担わされている家系だったのだから、当然、屋敷も近くにあると思ったのだろう。

 だが、そこには魔術都市の歴史というものが関わっている。


「魔術公は血筋で継承する地位じゃないし、いちいち、それに合わせて屋敷を移転させられないさ。

 そして、歴史のある都市っていうのは、発展に合わせて区画が増えたりしていくもんだ。

 まあ、相当に周到な計画を練っていない限り、どこかしら雑然としちまうもんだよ」


「そういうもの、ってことね。

 それにしても、この街は迷宮都市ばりに夜も明るいわね。

 ここしばらく、リプトルの静かな夜に慣れていたから、ちょっと刺激的な感じがするわ」


 見回しながら言ったレフィの言葉通り……。

 巡回する衛兵の魔術により光が灯された街は、陽も落ちているというのに昼間のごとく明るい。

 魔術の光によって照らされているのは、夜の街へ繰り出してきた人々の営み……。


 ここいらは、ヨウツーが生まれた頃から、数多の飲食店が軒を連ねている区画であり……。

 人々は飢えを満たし、あるいは、酒精の力で活力を得るべく、ここに集うのである。


「……レフィさん、寄り道は駄目ですよ?

 そもそも、あなたは旅費から何からシグルーンさんに借金している身なんですから」


「何よ!

 シグルーンがいいって言ったら、大丈夫じゃない!」


「言うわけがないだろう。

 先生のお宅に行くのが先だ」


「そんなっ!?

 こんなに色んなお店があるのに!?」


 ごくごく当たり前のことで衝撃を受けているバカエルフは尻目に、周囲の様子を見回す。

 かつて暮らしていた時には、毎日のように通っていた通りであるが……。

 二十年以上の時を経て舞い戻ると、何やら、異郷の地に迷い込んだような気分となった。

 それだけ、連なっている店の顔ぶれが様変わりしているのだ。


「確かに、色んな店があるな。

 しかも、店の面構えがどこも小綺麗だ。

 俺がガキの頃ってのは、もっと『長年やってきました』って感じの小汚い店が多かったんだけどな」


 各店舗の様子を見て、最初に感じたのがこのことである。

 個人が立ち上げたというよりは、大規模な資金を投入して開店したかのような……。

 ひどく小綺麗というか、どこか画一さを感じるような店が立ち並んでいるのであった。


「扱っている料理も、店によって様々ですね。

 えっと、ハンバーガー、パスタ、カレー……。

 すごい! 寿司を扱ってる店は、この大陸で初めて見ました!

 他にも、らあめんですか?

 聞いたこともない料理がありますね」


「ああ。

 元々、この地で生産が盛んだったのは香辛料や染料だったんだが、そこは魔術師たちの暮らす街。

 農業にも魔術を存分に活かし、様々な食材と、それを扱った料理が食べられている。

 らあめんってのは俺も知らないから、近年になって誰かが創作したか、他の料理と同じく他国のものを再現したんだろう」


 寿司屋へ視線が吸い寄せられているギンに苦笑しながら、ふとある店を見やる。


「あら、ヨウツーどうしたの?

 おなか減っちゃった?」


「そうじゃない。

 故郷を出るにあたって、弟へ開かせた店がこのハンバーガー屋だったんだ。

 店も開いてるようだし、屋敷じゃなくてこちらにいるかもと思ったんだが、その様子はないな」


 レフィに答えながら、弟に任せた店を観察した。

 それにしても、だ。

 このハンバーガー屋……。


(えらく様変わりしたな)


 思うのは、このことである。

 ヨウツー自身が立ち上げに関わって開店した時は、もう少し素朴というか、味があるというか……。

 いかにも素人が頑張って開業しましたというような、可愛げがあったはずだ。

 翻って、今はどうか……。


 赤を基調とした店は、魔術による光で煌々と照らされており……。

 店内では、同じく赤を基調とした制服に身を包んだ店員たちが立ち働いていた。

 特徴的なのは、彼らの若さである。

 これは、魔術学院の学生を日雇いでもしているのか?

 およそ最低額で働かせられるだろう若者たちが、貼り付いたような笑顔で接客しているのだ。


(いや、よくよく見てみると、様変わりしているのはこの店だけじゃない)


 ここで、ようやく気付く。

 通りに並ぶ種々様々な飲食店……。

 これらは、同じように若者を中心とした低賃金で働かせられる者たちによって運営されているのであった。


「ふうん。

 何だかイメージと違うけど、でもいい店じゃない。

 店員も若いし、何だか清潔感があるし」


「うむ、さすがは先生のご実家がやっている店だ。

 このような店ならば、酔漢だけでなく、女子供にも受けがいいことだろう」


「まあ、そうかも、な……」


 何か、大きな歯車がズレているような……。

 そんな予感と共に、シグルーンとレフィの言葉へうなずく。


「何だか、腹が減ってきちまうな。

 目に毒だし、さっさと行こうぜ」


「そう……だな」


 魔術都市の気候に合わせ、上半身裸という格好で大剣を背負うアランにせかされ……。

 ヨウツーは、ひとまず思考を打ち切ったのである。

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