魔術公からの依頼 下

 リム・ガオシ・ギーツ嬢による、挨拶とは名ばかりの不敵な宣言……。

 これを受けて、黙ってはいられない女がこの場に一人いた。

 そう、他でもない……。


「あら、感謝しろとは、ご挨拶ね!

 そちらこそ、このあたし……。

 Sランク冒険者にして最強の魔術師たるレフィ様に手助けしてもらえるのだから、感謝し、跪き、土下座し、五体投地しなさい!

 オーホッホッホ!」


 ――お前、高笑いキャラだったっけ?


 ヨウツーを含む身内たちの心が一つとなる。

 それにしても、直前まで湯当たりしていたというのに、元気なことだ。

 元気過ぎて、浴衣がはだけそうになっていた。


「さあ、早く! 早く謝って! ひれ伏して!」


 しかし、そんなことを気にしないバカエルフは、都市の支配者とその娘たちを前にして尊大な態度で言い続けたのである。

 ちらり……と。

 ジンと目が合う。


 ――お前、こんなの仲間にしてるの?


 ――大変だな。


 ……その目は、こう物語っていた。

 ちなみに、シグルーンたちは「またやりやがった……」という具合に額へ手を当てている。


 何とも言えぬやらかした空気が溢れる空間……。

 それをぶち壊したのは、ジンの次女であるリムだった。


「な、何よ何よ何よ!

 Sランク冒険者だか何だか知らないけど、偉そうにして!

 魔術だったら、絶対アタシの方が凄いんだから!

 謝って! そっちこそ謝って! ほら早くして!」


 リムはそう言うと、レフィの方に向けてびしりと指を突き出したのだ。


「ふふん! 根拠のない自信ほど見苦しいものはないわ!

 何度でも言うけど、あたしはS・ラ・ン・ク・冒・険・者!

 このギルドカードが、全ての実力を物語って……あ、着替えと一緒にしてたわ」


「何よ! 何も無い胸元なんか触って!

 根拠も自信もあるもん! 議員の人たちもパパも、魔術公の候補に選んでくれたもん!

 そっちこそ、胸も脳味噌もなさ過ぎるんじゃないの!?」


 カードを取り出そうとし、乳も何も無い空間を探るに留まったレフィへ、ますますヒートアップしたリムが突っかかる。


「はあ、胸は関係ないでしょ! 胸は!

 そういうあんただって、見た感じ大してあたしと変わらないじゃない!」


「こっちはまだ成長の余地があるもん!

 未来を失った絶望エルフとは違うもん!」


「何よこのバカ! アホ!」


「ウ◯チ!」


 ちらり、と……ジンの方に視線を向ける。


 ――自分の娘である分、お前の方が大変じゃね?


 この視線には、そのような思惟を乗せていた。あ、目を逸らした。


「あー……二人共、いいだろうか。

 話が前に進まん」


「そうだレフィ、落ち着け」


「胸の大きさで張り合ったら、レフィさんじゃあらゆる生物に対し不利ですよ」


「ちょっと! それってどういう意味よ!?」


 ヨウツーが割って入ると、シグルーンとギンがバカエルフを押さえつけて着席させる。


「リムの方も、お姉ちゃんを見習って落ち着きなさい」


 一方で、完全に子育てを失敗した幼馴染みも、自分の娘に向かってそう言い放つ。


「――っ!?」


 リムはそれに対し、一瞬だけ何らかの感情が膨れ上がる様を見せたが……。


「うん……分かった」


 すぐにそう言うと、エリスの隣へと戻ったのである。


「えーと……それで、何の話だったか。

 ああ、そうそう。魔術公選定の儀についてだ」


 気を取り直したジンが、自分たち――正確には、Sランク冒険者たちの方へ視線を向けた。


「不肖の娘たちだが、どうかその力を貸してはくれないだろうか?」


「えー……。

 すごいイヤ――モガ!」


 レフィの口を、シグルーンが笑顔のままで塞ぐ。


「モガガガガガ……!」


 ニッコニコ顔の聖騎士であるが、その手に万力のごとき力を加えているのは明らかだ。


「まあ、おれは構わないぜ。

 報酬として、水虫に効く薬とかをくれるんならな」


「薬学においても、この魔術都市は最高峰を極めている。

 まだ市場には出回っていない最上の品を約束しよう」


「よし、なら請け負った!

 お前らはどうする?」


 アランが見回すと、ギンが頭頂部のキツネ耳をピコピコと揺らした。


「先生が関わり合いになる以上、わたしも異存はありません」


「私も、非力な身ながらお手伝いしよう。

 レフィも構わないと言っています」


「モガガガガガ……!」


 絶対に言っていないと思うが、そもそも、レフィはシグルーンに借金している身だ。

 貸主がこう言っている以上、否も応もないだろう。


「なら、決まりだ!」


 ぽん、とジンが両手を合わせる。


「今夜は、この屋敷で歓待してもいいが……。

 ヨウツー。

 お前は、実家に顔を出すつもりなのだったか?」


「ああ、あまり行きたくはないし、もう日も暮れそうだけどな」


 肩をすくめてみせると、仲間たちが機敏に反応した。


「おお! それな!

 ヨウツーさんの実家がどんななのか、気になってはいたんだ」


「ああ、問題がなければ、私も是非一度挨拶がしたい。

 是非! 一度! 挨拶がしたいです! 先生!」


「いや、そう言われてもな。

 あえて情報も仕入れてなかったし、実家がどんな風になっているか、俺の方も知らねえんだ。

 いきなり大勢で押しかけて、大丈夫なものか……」


 何でそう、全力で挨拶しに行きたいのか……。

 シグルーンに問われ、ジンに視線を向ける。

 ロウクー家がどうなっているかについては、こいつの方が間違いなく詳しい。


「それなりに稼いで、それなりに食っていると言ったぞ。

 魔術公であるこの俺が、だ。

 まあ、いきなり押しかけたところで、大した問題はあるまい。

 屋敷も、昔の場所にある」


「――モガ!

 へえ! ヨウツーの実家って、屋敷住まいしているようなところなの!?」


 シグルーンの拘束から逃れたレフィが目を輝かせると、ギンの方も興味深げな視線を向けてきた。


「ずっと前から、先生の過去については、聞くたびにはぐらかされてきました。

 道中でも教えてくれなかったですし、そろそろ、知りたいです」


「そんなに、面白いものでもないんだけどな……」


 頭をかきながら、観念する。

 どの道、本来なら先にそこへ連れて行くつもりだったのだ。


「……分かった。

 俺の家に行こう。

 今さら、招待するなどとは口が裂けても言える身分ではないがな」


 仲間たちに対し、ヨウツーはそう宣言したのであった。

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