エリスという娘 上
冷却魔術由来の白い蒸気が、周囲に立ち込め……。
自爆して全身氷漬けと化しつつあるバカエルフを救うべく、皆で奮闘する中……。
「あの、大丈夫ですか?」
そう声をかけられ、ヨウツーは背後を振り返った。
「ああ、うちの仲間が冷却魔術の調整を失敗して――」
言いながら、舌の根が……。
ばかりか、全身の肉という肉が硬直するのを感じる。
それほどまでに、この娘は……。
(――似ている)
……のであった。
黒い髪は、腰の辺りまで真っ直ぐに伸ばされており……。
紫色のフード付きローブで全身を包んでいながら、女性らしい曲線が感じられる体付きをしている。
年の頃は二十かそれを少し上回っているくらいと思えるが、顔付きがどこか幼気で、実際の年齢よりも若く感じさせた。
黒縁の大きな眼鏡かけているのも、そういった印象を加速させている。
総じて、ヨウツーの記憶に眠ったある女性とよく似ている娘なのだ。
「? どうされましたか?」
立ち尽くすヨウツーに対し、娘がこくりと首を傾げた。
それで、懐かしい記憶に呆然としている場合ではないことを思い出す。
「あ、ああ……失礼。
仲間が……」
言いながら、レフィの方を見やる。
買ったばかりのローブは、すでにアランの手で脱がされており……。
外気に晒したのが良かったか、あるいはシグルーンの祈った奇跡が良かったか、どうにか氷漬けは免れたようだった。
「アバババババ……」
が、パンツ丸出しでぶっ倒れたその姿は、あからさまに全身へ凍傷を負っており、なかなかの重体である。
「戦女神よ! どうかこの者へ、再度の癒やしを!」
シグルーンが祈りながら手をかざすと、癒やしの光が再びレフィを包みこんだ。
「シグルーンさんの奇跡でも、簡単には治らないなんて……。
やっぱり、火力だけはすごいですね。
この場合は、冷却力というべきかもしれませんが」
特に何をするでもなく、頭の後ろで手を組んでいたギンが、何故か不機嫌そうな顔でそう漏らす。
「まあ、大変ではありませんか!
まるで、肉の冷凍倉庫を一瞬で凍てつかせるほどの冷却魔術を自分に向かって打ち放ち、盛大に自爆したかのような状態です」
「……あまりに適切な解説を、どうもありがとう。
それで、あなたは?」
続く名前……。
そのミドルネームとファミリーネームに関しては、半ば予想しながらヨウツーが尋ねた。
果たして、その予想は当たっていたのである。
「私は、エリス・ガオシ・ギーツ。
この街で、魔術師をやっている者です。
あの……差し支えなければ、うちの家に来られませんか?
そのお連れ様は、神の奇跡に頼るよりも、暖かなサウナに入れてあげた方がよろしいかと存じます」
――ガオシ・ギーツ。
想像していた通りの名前が出て、ヨウツーは動揺を抑え込めなかった。
「……俺はヨウツー。
こいつらは、アランにシグルーンに、ギンにその手下。
倒れているエルフがレフィで、冒険者をやっている。
もっとも、俺は引退した身だがな」
だが、どうにか曖昧な表情でそう答えたのである。
「蒸し風呂に入れてくれるってなら、ありがたい。
ヨウツーさん。
ここは、そのお嬢さんの好意に甘えたらどうですか?」
「うむ。
さすがの魔力というか、アホっぷりというか、私の奇跡でもなかなか治療が追いつかない。
エリスさんが言う通り、体の芯から暖めてやった方がいいと思われます」
「まあ、待て」
勢い立つ戦士と聖騎士に待ったをかけて、エリス嬢に向き直った。
「見たところ、どこか由緒正しい家のご令嬢と見受けられる。
我々のごとき流れ者を家に入れたとあっては、ご家族が面白い顔をしないことでしょう」
「まあ、ご心配なさらず」
これに対し、エリス嬢はぽんと手を打ちながら答える。
そういった細かい所作まで、記憶に残る彼女と同じなのだから、ヨウツーは何やら時間逆行でも味わっているような気分になった。
「父は、そのような細かいことを気にする性分ではありません。
むしろ、ここで困っている方々を見捨ててしまっては、そのことこそを咎めることでしょう」
(ああ……よーく知ってるよ)
その父とやらの姿……。
間違いなく、今のものよりも遥かに若いだろうそれを思い浮かべて、半ば観念する。
それにしても、だ。
これから、実家に顔を出すのさえ憂鬱だというのに、それよりも会いたくない人物と先に顔合わせすることになるとは……。
運命というものの、性悪さであった。
「いいんじゃないですか? 甘えても」
やはり不機嫌そうな様子でギンが言い捨てると、モブ忍者三人もうんうんとうなずく。
「なら……ゴコウイニアマエマス」
ヨウツーは、どこかギクシャクとした言葉遣いで答えたのである。
--
エリスという娘は、どうやら、この魔術都市において相当裕福な家の娘であるらしい。
その証拠として、彼女が案内したのは、高級住宅街に存在する城のような大邸宅であり……。
門の前へ警備に立っていた兵たちも、人品共に確かな……それでいて、腕の立つ人物たちであることが、Sランク冒険者には理解できた。
しかも、ローブ姿で帯剣していることから、彼らは剣も魔術も両刀で使いこなせることが分かるのだ。
「はあ……生き返るわあ。
というか、マジで死ぬかと思ったわ」
そのような屋敷であるから、備わっているサウナも、何十人かが一度に入り切ることができそうな規模のものであり……。
屋敷へ仕える侍女たちの手も借りてすっぽんぽんにされ、ここへ放り込まれたレフィは、しばらくしてからそんなことをのたまった。
「……能天気なことを言ってくれる。
何か手違いがあれば、死んでいるところだったのだぞ」
今の彼女は、鎧姿でも魔術都市で買った軽装姿でもない。
一糸まとわぬ姿のため、胸部に備わったお山がダイナミックスペシャルをかましているシグルーンが、タオルで汗を拭いながらたしなめる。
「だって、だって、面白くなかったんだもの。
あたしだって、冷却魔術使えるんだもの……」
「お前のは、冷却というより冷凍……。
冷凍というより、凍結だろうが。
そんなもの、よく自分に使おうと思ったな?
魔力制御が苦手なことは、いい加減に自覚しているだろう?」
「あ゙だじば本゙番゙に゙強゙い゙ダイ゙プ゙な゙の゙!゙
……ところで、ギン。
さっきから黙ってるけど、どうしたの?」
「……確かに、どうした?
いつもなら、レフィに言葉の刃を向けていてもおかしくはないはずだが」
「ひょっとして、のぼせた?」
「……忍者は、このくらいでのぼせません」
ふと、こちらを見た二人に聞かれ……。
ギンは、思考の海から帰還を果たした。
サウナの湯気に熱され、汗だくとなった頭頂のキツネ耳をピコピコと動かす。
「その割に、彼女らは限界のようだが……?」
シグルーンが視線を向けたのは、すっかり手下となったアイサ、ベニー、クレアの方だ。
まだまだ、修行が足りないということだろう。
久しぶりに素顔を晒した彼女たちは、すっかり熱気で力尽きている。
「あなたたちは、あまり無理せず水風呂に入ってきて下さい。
で、わたしが気になっているのは――」
「――失礼します。
くつろいで頂けていますか?」
声と共に、サウナへ新しい入浴者が姿を現す。
彼女こそ、ギンが気にしていた人物……。
裸となった体を、大きなタオルで隠したエリス・ガオシ・ギーツであった。
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