衣替え騒動

 さて、ここで一度、パーティー構成について整理しよう。

 まず、リーダーを務めるのは、当然のように――ヨウツー。

 そもそも、今回の魔術都市行きはヨウツーの帰郷がメインであり、他の面子はこれを駆り立てるためのオマケであるのだから、当然のことといえる。


 老学者ネーアンにそそのかされ、そのお供を務めることになったのが、Sランク四人組とオマケのモブ忍者三人組……。

 すなわち、戦士アランと聖騎士シグルーン、魔術師レフィに忍者ギンとその部下三名であった。

 これを男女の比率に直すと、実に二対六となる。

 この事実が、何を意味するかというと……。


「うむ! やはり、郷に入れば郷に従えだな!

 というか、金属鎧など暑っ苦しくて着ていられん!」


 普段の上半身鎧姿でさえ、胸のボリュームが隠し切れていないのだ。

 それが、半袖のシャツに薄手のベストという格好になったのだから、胸部のダイナミックな躍動感ときたら……。

 半面、下はミニスカート姿からややダボリとしたズボンに変わっているが、これはこれで、普段にない魅力が備わっているといえる。

 また、普段は下ろしている髪をポニーテールに結い上げているのも、女の子らしいこだわりであろう。

 砂漠の暑さに対応するべく新たな装いとなった聖騎士シグルーンが、これだけは今までと共通している腰の聖剣を確かめながら、服飾店から出てきた。


「どうですか、先生!? 似合っていますか!?」


「おー……。

 いいんじゃないか? 実際、鎧着て過ごすのは、ここだとただの苦行だし」


 アランと共に自分たちの買い物はさっさと終え、噴水広場でボケーッと待ちぼうけを食らわされていたヨウツーが、苦笑いしながらその姿を褒めてやる。

 ちなみに、ヨウツー自身は適当に買ったローブを羽織って冷却魔術で涼を得ており……。

 魔術の心得がないアランは、巨漢でなかなかサイズの合う服がなかったのもあって、下こそシグルーン同様のズボンを履いているものの、上半身は裸に薄手のベストのみという有様であった。


「しっかし、結局はおれと似たり寄ったりの格好じゃねえか?

 だから言っただろ? シンプルに直感で選ぶのがいいってよ」


「貴様は分かっておらん!

 確かに、いざという時の動きやすさなどを考慮すれば、服の選択肢などあってなきがごときものだ。

 しかし、それはそれとして、選ぶ楽しみは味わいたいものなのだよ」


「それで、おれもヨウツーさんも長々と待たされてるんだけどな……」


 露店で買ったヤシの実を指先で回転させながら、アランが文句の言葉を告げる。

 これは、よく冷やした実に道具で穴を開け、果汁を吸い出して楽しむわけだが……。

 ヨウツーもアランも、とっくに飲み干してしまっており、実の中は空であった。


「まあ、女の子がオシャレに関心を持つのは、当然なんだから……」


「――その通りよ!」


 なだめるヨウツーへ応えるうに店内から姿を現わしたのが、レフィである。

 その身へまとっているのは――新品のローブ。

 端々に金糸の装飾が施されたそれは、この魔術都市でも富裕層しか買わないような一級品であり、宵越しの銭を持たないエルフでは、到底、買えるような品ではない。

 ……ギンが貸すとは思えないので、シグルーンが立て替えたのだろうが、ここまでの旅費も含め、ガンガン借金を増やしているバカエルフであった。


 しかも、その顔は……。


「……大汗かいてるじゃねえか?

 それは大人しく店に返して、いつもの涼しそうな格好に戻っとけ」


 そう……。

 暑い中で特に工夫もなくローブなんぞ羽織っているせいで、顔面には大粒の汗が浮かんでいたのである。

 多分、ローブの下はもっとえらいことになっているに違いない。


「いーやーよ!

 あたし! Sランクの魔術師! 魔術の大天才!

 それが魔術都市に来たんだから、魔術都市らしい恰好しないのはあり得ないわ!」


 おそらく、決めポーズのつもりなのだろう。

 びしりと謎のポージングを決めたレフィが、だらだらと汗を流しながらそうのたまった。


「この格好はな。

 俺も含め、内部を冷却の魔術で冷やしているから、涼しいんだ。

 それできない奴が真似すると、冗談じゃなく命の危険があるから、やめときなさい」


「そうですよ。

 近くで汗をダラダラ流されていても、見苦しいですし」


 いつの間にか店を出ていたらしいギンが、横合いからにゅっと顔を出しながらジト目で告げる。

 そういう彼女の格好は……。


「お前は、いつもと同じなんだな?」


「まあ、試着は色々と試しましたが、これがわたしの正装ですし」


「まあ、お前は元から涼しそうな格好ではあるんだけど……」


 やたらと露出の多い忍者装束姿でふんすと貧相な胸を張るギンは尻目に、その後ろを見やった。

 そこに立っているのは、ギンと異なりがっつり黒装束を着込み、顔も髪も覆面で隠したモブ忍者三人の姿である。


「お気遣いなく。

 これも、忍びの修行でありますゆえ」


「いかにも。

 心頭滅却すれば、火もまた涼し」


「そもそも、わたくしたちは旅費も借りてる状態なので買うお金がありません」


「うん……水分補給だけは、かかさないようにな。

 前の街で俺が作ってやった塩飴も、必要に応じて舐めろ」


「ちょっと! 無視しないで!

 魔術都市のローブを着た最強魔術師のあたしを、無視しないで!」


 ガチ目に心配しながら染められやすい三人へ告げていると、レフィが両手を上げながら抗議し始めた。


「お前はさっさと返品して来い。

 体を鍛えてるわけでもないんだし」


「おう、俺やシグルーンでさえ、鎧を預り所に置いてるくらいだからな」


「すでに顔が真っ赤だぞ?

 無理はしない方がいい。

 暑さで倒れた場合にも、神の奇跡は無力だ」


「わたしたちのは修行ですが、あなたのは単なる痩せ我慢です」


「「「然り」」」


 全員に考え直すことをうながされ……。

 しかし、かえってバカエルフはムキになる。


「きいいいいいっ! バカにして!

 だったらやってやるわ! ええ! やってやるわ!

 冷却魔術で冷やせばいいんでしょ!? やってやろうじゃない!」


 そう言うと、いつも手にしているねじくれだった杖の先っちょを、ローブの中へとねじ込んだのだ。


「ちょ、やめろバ――」


「ふんがあああああっ!」


 ヨウツーの制止は、間に合わず……。

 年頃の娘――エルフだからよく分からんが――にあるまじき声で、レフィが冷却の魔術を放つ。


 ところで、このレフィというエルフは、とにかく魔力の制御が苦手だ。

 開拓村立ち上げ時に木材を乾燥させていた時もそうであるが、魔力制御が必要な術を使わせると、結構な確率で失敗する。

 また、普段から全力全開で魔術をブッパしているため、それが身に沁みついた癖と化していた。


 それが、暑さに茹で上がった頭で、冷静さを欠きながら冷却魔術なんぞ自分に向けて使ったら、どうなるか……。


「アバババババ……」


 たちまち、ローブの中は氷雪地獄と化したのである。

 ローブの下側から、白い蒸気が一気に噴き出している辺り、どれほどの威力で放ったかはうかがい知れた。


「おい! しっかりしろ!」


「脱がせ脱がせ脱がせ!」


「神よ! 今すぐこの者に癒しを与えたまえ!」


「あーあ」


 カッチンコッチンになりつつあるレフィを救うべく、あわててアランと共にローブを脱がし、シグルーンが神へ癒しの奇跡を祈る。

 ギンはそんな様子を呆れた様子で眺め、モブ忍者たちはおろおろとしていた。


「あの、大丈夫ですか?」


 一向に声がかけられたのは、そんな風に大騒ぎしていた時のことだったのである。

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