魔術都市への誘い 下

「先生! 今すぐ魔術都市に行きましょう!

 ええ! 行くべきです! 天におわす戦女神もそう言っています!」


「ヨウツーさん! 俺の上腕二頭筋が唸っているぜ! 魔術都市に行くべきだとな!

 さあ、準備をしようぜ!」


「ヨウツー! ヨウツー! ヨウツー!

 魔術都市に行くわよ!

 あたしたちの未来のために!」


「先生! 魔術都市へ参りましょう!

 ええ、そうです! そうするべきです!」


 夕刻……。

 店が開くなり飛び込んできたSランク四人組が、口々にそう言ってきたのを受けて、ヨウツーは眉間を揉みほぐしていた。


(馬鹿野郎共が……あっさりと取り込まれやがって)


 一方、顔を見合わせたのがシグルーンたちだ。


「お前たちも、魔術都市へ行くことにしたのか?」


「ああ、実はある占い師と出会ってな……。

 これが、ぴたりとおれに悩みがあることを言い当てたんだ。

 そして、その悩み――水虫を治すためには、ヨウツーさんと共に魔術都市へ向かうのがいいってな」


「何と、そうだったのか?

 実は、私も占い師と出会ってな。

 内容は明かせないが、ともかく、先生と共に魔術都市へ向かうのがいいらしい」


「あたしは、一緒に行けばヨウツーの過去が分かるって聞いたわ!

 地味に気になってたし、これはいい機会よ!」


「わたしの内容は、シグルーンさんと一緒で秘密です。

 ですが、是が非でも先生に同行してほしいですね」


 やいのやいのと言い合うおバカさんたち……。

 その会話内容を鑑みれば、あの老人がどういった手口で誘導したかは明らかだ。


(占い師の常套手段に引っかかりやがって……。

 厄介なのは、こいつら一度決めたことは、必ずやり抜こうとしやがる点だ。

 そして、こいつらから攻めてきたってことは、当然――)


「――失礼。

 ヨウツー、頼みがある」


 ヨウツーの推測を裏付けるように現れたのが、リプトルの指導者である第二公子ハイツであった。


「実は――」


「――魔術都市イーアンに行って欲しいってんでしょう?

 あの爺さんに頼まれましたか?」


「爺さんとは失礼だのう。

 師に対する口の利き方が、なってないのではないかえ?」


 ハイツの影へ隠れるようにしていた老人が、そう言いながら顔を出す。

 何者かなど、語るまでもない。

 老学者ネーアンである。


「ああ、あなたはあの時の預言者!」


「百発百中のスゴ腕占い師じゃねえか!」


「あたしの時はいまいち当たってなかったけど、でも、気になることを言っていた占い師さんだったわ!」


「一体、占い師さんがどうしてハイツ様と一緒に!?」


 いや、こいつらにとっては、学者ではなく占い師だったか……。


「こほん。

 占い師とは、世を忍ぶ仮の姿。

 我が正体は、魔術都市イーアン五賢人が一人、ネーアン・ケルグトル。

 そして、そこにいるヨウツーめに、かつて教えを授けた者よ」


 ともかく、ネーアンは単純な四人組に対し咳払いすると、こう名乗ったのであった。


「先生の先生……。

 つまり、大先生ということでしょうか?」


「ははあ……。

 ヨウツーさんがたまに学者じみたことを口にするのは、学者さんの弟子だったからなのか」


「人に歴史ありねー」


「先生の先生は、わたしの先生も同然!

 どうかよろしくお願いします!」


 Sランク四人組が口々に言いながら、改めてネーアンの姿を見つめる。


「先生の先生の先生……。

 なら、我々はどうお呼びすれば?」


「大大先生ということで、いいのでは?」


「何となく、バカにしているような響きに聞こえてしまいますね」


 一方、さっきから天井に張り付いているモブ忍者ABCも、そんなことを言い合っていた。

 すっかり忍者と化してしまったかつての新米冒険者たちである。


「大先生ということであれば、あれほど見事な占いの腕を見せたのも、納得がいきます。

 それで、どうしてハイツ殿下と一緒に?」


「その件に関しては、僕から……」


「いえ、俺が言い当ててみせましょう。

 俺に魔術都市行きを推薦することと引き換えに、この開拓村か母国のザドント公国……いや、どうせなら両方だな。

 魔術都市からの支援を約束されたのでしょう?

 こすっからい手だ」


「ほっほっほ……。

 四方に利のある提案と言ってほしいのう」


 長く白いあご髭をさすりながら、ネーアンがカウンター前の椅子に座る。

 そして、一同を前に――ああ、こうしている姿は昔をよく思い出す――講義する教師のような身振りで語り始めたのであった。


「まず、一方。

 わしであり、魔術都市じゃな。

 これに関しては、そもそも、ヨウツーに来てもらう必要があるのだから、当然、利がある」


 続いて彼は、シグルーンたちの方に視線を向ける。


「続いて二方。

 お主たちにとっては、占った通りの結果が待っていることを、我が名において誓おう。

 無論、そこにいる我が弟子をお誘い合わせ頂ければ、じゃがな」


「で、三方目は?」


 カウンターへ頬杖を突きながら聞いた自分に対し、かつての師は肩をすくめてみせた。


「お主が自分で言ったではないか?

 三方目……ハイツ公子にとっては、魔術都市からの得難い支援を約束している。

 それは、母国とこの開拓村を、ますます繁栄させることじゃろう」


「まあ、魅力的であることは否定できない」


 ややバツの悪そうにハイツが言ったところで、ヨウツーはハアと息を吐き出す。


「それで、残る四方目は?

 話の流れからすると俺のようですが、今さら魔術都市に戻ったところで、何か利があるとは思えませんな」


「お主のは、そうさな……。

 まあ、確かに利という言葉とは少し異なる。

 強いて言うならば、宿命といったところか。

 ヨウツーよ。お主自身、分かっているはずだ。

 昨夜の一件、しかり。

 精算せねばならない過去というものは、存在するのだ」


 言われて、脳裏によぎるのは、幼少期から青春時代にかけての思い出……。

 今となっては、遠い昔のことのような……。

 まるで、他人の記憶を間借りしているような感覚である。

 だが、これらは間違いなくヨウツー・ズツ・ロウクーという男の記憶であり……。

 それらが積み重なった上で、今の自分はいるのだ。


 ただ、今の自分という意味では、譲れぬものが一つ。


「師よ。

 残念ながら、今の俺はこの店を切り盛りしている身……。

 魔術都市まで行って帰ってで三ヶ月はかかります。

 しかも、魔術公選定の儀に関わってこいって言うのでしょう?

 なら、尚のことだ。

 それだけの長期間、店を空けることはできませんね」


「そこは、僕が何とかするよ。

 それに、料理屋をやってみたいという人間も何人かいる。

 彼らに経験を積ませる場として、この店を借用させてくれないか?」


「むう……」


 そう言われてしまえば、帰す言葉がないヨウツーだ。

 ハイツが料理上手であることは、先刻承知。

 また、他の料理屋が必要であるということは、ヨウツー自身も思っていたことである。

 唯一、懸念があるとすればハイツの負担であるが、そこは、人に頼ることでどうにかするだろう。


「どうかな?

 これで、四方の利が出揃ったと思うが?」


「はあ……。

 腰が重いのは、痛めてるからじゃないと思いますがね」


 冒険者というのは、決断を繰り返す生き方であり……。

 ヨウツーは、今またその決断を下したのだと実感した。

 これはおそらく、ひどく面倒で、複雑で……。

 そして、大きな冒険となるだろう。


「……承知しました。

 行きますよ、魔術都市」


 自分の言葉に……。

 Sランク四人組と、ついでに天井のモブ忍者三人娘たちまで快哉を上げる。


「ほっほっほ……。

 それでよい。

 わしはこの地で迷宮のレリーフでも研究しながら、吉報を待つぞい」


 師は、実に気軽そうな顔でそう言ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る