ヤノーケ・ラハ・ロシヒ 食事の流儀 その4

 もし、迷宮都市の盛り場にでも店を出していたなら、こうはいかなかっただろうが……。

 ヨウツーの店は、店仕舞いがそれなりに早い。

 それは、夜間の娯楽というものに乏しい開拓村の店だからであり、冒険者を除く客たちが、翌日も朝早くから仕事をする人々だからであった。


 自由業の究極系といえる冒険者たちにしても、たっぷり飲みたいなら早めに帰って来いと伝えてあるし、求めるなら、家で飲めるように料理も包んでやっている。

 店の掃除や帳簿付けなどに関しても、翌朝の弁当作りを終えた後に、ギルド職員の手を借りてゆっくりと行えばいい。


 そのようなわけで……。

 店を閉め終えたヨウツーは、明日の弁当作りを踏まえても、十分な睡眠が取れる時間に帰路へついたのであった。


 ヨウツーの家は、他の冒険者たちも家を構えている区画にあり、リプトルの中心地である酒場からは、少々の距離が空いている。

 このように、商店などが立ち並ぶ中心地と居住地で距離を空けてあるのは、先々の拡張性を重視したハイツの方針によるところだ。


 実際、村の入り口であるアーチから酒場の方までは、いくつもの商会が支店を構えており、いずれこの地に定着したいと考えている行商人も多かった。

 そろそろ、このリプトルは村から町への脱皮を果たしつつあるのかもしれない。


(そうなると、他に料理屋も出てきてほしいもんだ。

 俺一人で増え続ける住民の腹を満たすのは、ちと無理があるからな)


 明かりを持たず、星の光だけを頼りに歩きながら、そのようなことを考えるヨウツーだ。

 そもそも、自分が夢想していたのはこぢんまりとした店なのであって、ギルドと一体化した大きな店をやっている時点で、少々目論見からから外れているのである。


 ただ、他の料理屋や宿がなかなか出てこないのは、自分が本気を出して料理してしまっている結果、これではなかなか対抗できないと萎縮してしまっているからなのは、理解していた。

 物事を俯瞰的な視点から客観視するのは、ヨウツーの特技なのである。

 それは、今、この瞬間も同じ……。


「堂々としてるな。

 顔も隠さないとは。

 よほど、腕に自信があるとみえる」


 ヨウツーの呼びかけに応じ、暗闇から姿を現した者……。

 それは、アランと酒を酌み交わしていた商人であった。

 まあ、まず間違いなく暗殺者であると思っていたし、それは、この凶暴な笑みと抜き放たれた曲刀によって証明されていたが。


「送ってきたのは、誰だ?

 すまんが、心当たりが複数あるので、教えてもらわないと分からん」


 引退し、酒場の主へ収まったヨウツーが、店の外では必ず小剣を腰に差しているのは、このような時に備えてである。

 一線を退こうが、何をしようが、清算すべき過去というのは、必ず追いかけてくるものなのだ。


「……ザネハだ。

 あんた、相当に怒りを買っているぜ」


「なるほど。

 そんな金があるなら、真面目にこつこつとやればいいんだがな。

 今までがお大尽政策に過ぎたわけだし」


 聞いた話では、各種政策の縮小ぶりが苛烈に過ぎるようであり……。

 極端から極端に走るザネハ十三世という男の性格は、目の前に立っている暗殺者の存在からも明らかであった。


「違いねえ。

 まあ、俺は与えられた仕事を果たすだけだ」


「あ、そう。

 なら、お相手しよう」


 村の中央部から居住区へ至るここは、いわば狭間……。

 邪魔者など、入ってこようはずもない。

 ギン辺りがいれば代わって戦ってくれただろうが、彼女は新しく出来ちまった部下と一緒に迷宮探索中である。

 つまりは、自分で戦うしかないということ……。


 チャキリ、と……。

 腰の小剣を引き抜く。

 刺客が踏み込んできたのは、それと同時のことであった。


 ――キイイイイインッ!


 と、刃の交差する音が闇夜に響き渡る。

 刺客の曲刀を、ヨウツーは小剣で迎え撃つことに成功していた。

 成功していたが、これは、最も苦手とする力比べ――鍔迫り合いの形だ。


「む……う……」


 吸着の魔術により、ろくに言うことを聞かない小指を無理に従えているヨウツーであるが、その綻びはこういった局面で如実に現れる。

 この暗殺者は、それを見逃すほど未熟では――ない。


「小指が使えてねえじゃねえかあっ!」


 凶暴な笑みと共に、暗殺者が無理くりに刃を押し込んできた。

 それをどうにか受け流すヨウツーであるが、体勢の不利は免れない。


 二撃、三撃、と……鋭さよりも重さを重視した斬撃が振るわれ、それをヨウツーは、体勢不十分なまま、受け流し続ける。


 ――ガイイィィィンッ!


 が、小指が使えないことによる握力不足は否めず、とうとう、数打ちの小剣が弾き飛ばされてしまった。


「むう……」


「――ハアッ!」


 完全に無防備な状態となったヨウツーに、勝利を確信した暗殺者の刃が迫る。

 ヨウツーはそれに対し、あえて退くことをしない。

 むしろ、自分から踏み込んでいったのであった。


 暗殺者と元Cランク冒険者……両者が闇夜の中で交差し、決着の時が訪れる。


「くっ……」


 最初に膝を突いたのは、ヨウツーであり……。

 その左手は、腰をさすっていた。

 準備運動せずに戦った結果、例によって腰を痛めたのだ。

 そして、右手に持っているのは――剣。


 だが、この刃に実体はない。

 ただ、魔力と闘気が渾然一体となり、清らかな光を放っていた。


「てめ……それは……」


 続いて、膝を突いたのは暗殺者……。

 その上体は、同時に下半身からずり落ちつつあり……。

 手にしている曲刀は、半ばから両断されている。


「この小指で、戦士として致命的な不利を負っていることなど百も承知だ。

 ならば、補う工夫を考えるのも当然。

 もっとも、こいつはかなり絞って作らないと、たちまち俺の命を食い潰すがな」


 振り向かず立ち上がって、光の剣を振り払う。

 すると、生命そのものを凝縮した刃は、瞬時に霧散して消えた。

 同時に響くのは、胴体泣き別れとなった暗殺者が崩れ落ちる音……。


「ふん……。

 やはり、こいつごときに反応していたわけではないか」


 軽く鼻を鳴らし、両手の小指を見る。

 どこか痒いような……。

 それでいて、熱を帯びたような疼きは、先日のままだ。

 つまり、この程度の刺客を予見していたのではなく、もっと厄怪な事態が待ち受けているということ……。


「やーれやれ。

 まあ、検討はつくがね」


 夕方になるや否やという時間帯、さっさと食事をして帰った老人がいた。

 彼の顔と名を、忘れるわけがない。


 ――ネーアン・ケルグトル。


 ヨウツーにとっては、頭の上がらない相手である。


「運命を司る神よ……。

 願うならば、お手柔らかに」


 星々を見上げながら祈るも、答えるものはなく……。


「……とりあえず、死体を片付けるか」


 後に残ったのは、いまいち格好のつかない後始末なのであった。




--




 ここまでお読み頂いて、ありがとうございます。次回からは、ヨウツーの過去も語られる新章突入となります。

 で、一つの章が終わった区切りということで、あらためて……。


 「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価などでの支援をよろしくお願いします。

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