ヤノーケ・ラハ・ロシヒ 食事の流儀 その3

「はい、どうぞー。

 鉄板イタめし定食です。鉄板の上で混ぜ合わせて下さい。

 すっごく熱いから、気を付けて下さいねー」


 そう言いながら、ヤノーケの眼前に供されたもの……。

 それは、琥珀色のスープであり、小皿に盛られたサラダであり、小鉢に入れられた酢漬けの玉ねぎであり……。

 そして、じゅうじゅうと音を立てる円形の鉄板であった。


 では、鉄板の上で、何が熱されているのか?

 その答えは、卵の海に浮かんだ米である。


 味付けされ、炒められた米が、散らされたネギと共に鉄板の中央部へ盛り付けられ……。

 その上に乗せられたバターが、何とも蠱惑的に溶け始めていた。

 その周囲へ溶き卵が落とされているので、一見して卵の海へ浮かんでいるように見えるのだ。


(こりゃ、興奮が止まらねえぜ。最高だ)


 心中でつぶやきながら、スプーンを手に取る。

 そして、これをかき混ぜた。


 ――じゅ!


 ――わーっ……!


 そうすることで巻き起こる、実に心地良いハーモニー……!


(指揮者はこの俺、ヤノーケ様だ!

 今日の音楽祭全部門を総ナメだぜ!)


 スプーンというよりは、指揮棒を操るような気持ちで、鉄板の中をかき混ぜ続ける。

 そうすることで、米、ネギ、卵が混然となり……。

 溢れ出すのは、淡雪のごとく溶け消えたバターの香りと……そして……!


「すううううう……」


 鼻腔から、一杯に空気を吸い取った。

 この、香り高さは――にんにく!

 つまりこれは、ガーリックバター味にされた飯なのだ。


 こうして、五感の限りを使って楽しんでいると、ついつい、凶暴な笑みが浮かびそうになってしまう。

 最上級の獲物を前に笑みが出るのは、ヤノーケの生業からすれば当然であったが……。


(落ち着け……!

 俺はただの商人だ……!

 誰が何と言おうと、ただの商人なんだ……!)


 Sランク戦士を前にしても出なかった本性は、鋼の意思で抑え込んだ。

 幾重ものベールで包んだ正体を、暴きそうになるほどの料理……早く食べねばならないだろう。


「頂くぜ……!」


 スプーンですくい取り、口の中へと運ぶ。

 まず、最初に伝わってくるのは鉄板で極限まで高められた熱だが、しかし、この熱がいい。

 真実、たった今完成した出来立てというものを、自分は味わっているのだ。


 そして、口中に広がるガーリックバターの香り高さ……!

 人という生き物は、乳製品の香りにどうしようもなく惹かれるものであるが……。

 ただでさえ魅惑的なそれに、にんにくの力強さも付与され、恐ろしく食欲をかき立てるのだ。


 その上で味わうのは、一体になったイタめし……。

 米という穀物に備わった淡い甘さ……。

 ネギの刺激的な香味……。

 そして、小竜のものを使ったのだろう卵の、何とも滋味溢れる甘さ……。

 それらが一つになったばかりか、鉄板の上で熱されたことにより、香ばしさも加わっているのだ。


(たまらねえ……!

 こいつは、たまらねえ……!)


 ほふほふと空気を吐き出しながら食べるこの料理は、実に味わい深い。

 しかも、こうして第一打を味わっている最中にも、鉄板の上で刻々と焼き具合が変化しているのである。


(へへ……。

 このまま、めしだけをがっつくのも悪くはねえが……)


 ここでヤノーケが目を向けたのは、付け合わせのサラダ等であった。

 千切りキャベツを主体としたサラダは、細切りの人参などが彩りとして加えられており……。

 これに、甘酸っぱいドレッシングがかけられていて、実に清涼感のある味わいである。

 酢漬けの玉ねぎは、合間、合間に挟めば、舌を優しく休ませてくれるだろう嬉しい付け合せであり……。

 小竜のガラを用いたと思われるスープは、ただの液体でしかないのに、どすんと胃の腑へ落ちてきた。


 定食を構成する品の、いずれか一つを取っても手抜きなし……。


(さて……頃合いか)


 そのことを確認した上で、再びイタめしへとスプーンを伸ばす。

 が、今度は直にすくい上げるのではなく、一旦、鉄板の上でイタめしをひっくり返したのである。


(へへ……狙い通りってな)


 果たして、ヤノーケの作戦は――当たっていた。

 あえて放置し、他の品を食べている間に、イタめしは鉄板の上でさらに焼き上がっており……。

 実に魅惑的なおこげを、底面へ宿していたのだ。


(いいねえ。

 能ある者は化ける。

 この俺にピッタリな料理じゃねえか)


 おこげが出来上がったイタめしを、再び口の中へと運ぶ。

 今度のはもはや、食事というよりも、衝撃という言葉が相応しいだろう。


 イタめしのおこげは、先までよりもさらに香ばしさを増しており……。

 しかも、カリリとした食感が加わることで、舌だけではなく、歯とあごにさえも幸福感を与えてくれる。


(ああ……美味えなあ。

 それだけじゃない。

 ひどく、楽しい料理だ)


 考えてもみれば、鉄板の上にイタめしが乗せられ、提供されたまでの段階では、まだこの料理が完成していない。

 その後、客が自分の手でかき混ぜることにより、初めて調理が完結するのだ。

 最終工程を委ねられることで、料理作りの楽しみ……その上澄みまでも味わえるというのは、なかなかない特徴だろう。


「はいよ、ビールお待ち!」


 そんな風に味わっているところへ、お待ちかねのビールが運ばれてきた。

 木製のジョッキに注がれたビールは、魔術により冷やされているのか、見るからに冷気を感じさせられる。


「へへ、待っていたぜ!」


 これを、一気に煽った。

 すると、おお……何という爽快感か。

 喉の奥を切られたかのようなキレある苦みが、イタめしの熱と余韻とを洗い流し……。

 ばかりか、自身に含まれた酒精の旨味を何倍にも高め、体も舌も陶酔させていくのだ。


「くうっ……染みるぜ」


「あんた、いい飲みっぷりだなあ」


 ビールの美味さを堪能していたところへ話しかけてきたのは、対面で同じくジョッキを傾けていた戦士アラン・ノーキンである。


「ああ、ここの料理は実に美味い。

 そこに、冷えたビールが合わさってるんだ。

 地上の幸せってやつが、凝縮されているぜ」


 そう言ってやると、パテントの竜騒動で決定打を放ったという英雄は、我がことのように笑みを浮かべてみせた。


「おお、同感だ。

 今のところ、ここで発見された迷宮は浅い階層しか探索が進んでねえし、それでちょっと気が沈むこともあるが……。

 ヨウツーさんの作った料理を食うと、そういう何もかもが吹っ飛んじまうぜ」


「ヨウツーっていうのは、店主さんか?

 あそこで調理している」


 豪快にジョッキを掲げた戦士に対し、ちらりとカウンターの方へ目線を向けながら尋ねる。

 店主らしき男は、情報通り……燕尾服に身を包んだなかなかの美中年だ。

 今は、接客をギルドの受け付け嬢たちに任せ、自らは調理に専念しながら店の様子を見守っていた。

 主に提供するのは定食のみとはいえ、たった一人で、これだけ多くの客たちに料理を提供しているのだから、大した腕前である。


「ああ、あの人だ。

 現役を引退するって聞いた時は少し寂しかったし、こうして付いてきたのもそれが理由の一つだが……。

 おかげで、こうしてあの人の料理がいつでも食えるっていうのは、嬉しいことだぜ」


「ああ、そいつは、確かにそうだな……」


 答えながら、視線を戻す。

 見るべきものは見たし、確認すべきことは確認した。

 後は、この美味い食事と酒を存分に楽しむべきだろう。


「あんた、行商人か?

 もし、店を構えるなら、このリプトルがオススメだぜ」


「ああ、そいつはそそる案だ」


 その後も……。

 何となく意気投合した戦士アランと、互いに名乗らないまま酒杯を重ねる。

 そういう酒もまた、美味なるものであり……。

 事前に飲んでおいた薬の作用により、一切酔えなかったのは、少しばかり残念であった。

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