ヤノーケ・ラハ・ロシヒ 食事の流儀 その2

 開拓村に辿り着いた旅人をまず出迎えるのは、村の前面にこしらえられた畑であり、放牧地である。

 噂によれば、このドルン平原は他の地方と異なり四季の影響を受けづらく、一年を通じて温暖な気候なのだそうだが……。

 その恩恵を強く受けているのが畑であり、ここには、米や麦の他、各種の野菜が実に力強く実っていた。

 まだまだ灌漑かんがい整備は必要であるし、連作障害を避けるために適切な管理は必須であろうが、将来的に豊かな穀倉地帯となる未来を思わせるには、十分な光景である。


 放牧地には、牛、豚、鶏、ヤギ、羊など、一般的な家畜が一通り放たれており……。

 彼らは、道すがらにも生えていたドルン平原の豊かな草花を大いに食べ、伸び伸びと暮らしているようであった。


 かように牧歌的な光景を抜けていくと、いよいよ、開拓村の姿が見えてくる。


 ――リプトル。


 村名が彫られた木製のアーチを抜ければ、出来てから一年にも満たない入植地とは思えぬ光景が広がっていた。


 立ち並ぶのは、丸太小屋と称すべき簡素にして頑丈な建物……。

 それらには、商人ならば誰もが名を知っている商会の屋号が掲げられており、一流商会がいかに時流を読めるものなのかが、まざまざと知らしめられている。

 早くもこの地に支店を作り、得られる利益を吸い上げているのだ。

 そのために、開拓者や冒険者が必要とする品々も強力に運び込んだのだから、これはまさに、双方利のある商売だったのだろう。


 まだ、宿の類は整備が遅れているようで、旅人は共用の建物で夜を明かすしかないようだが……。

 その発展性すらも、見る者によっては魅力的に感じられた。


「下手な歓楽街より、魅力的じゃねえか。

 気分が上がるなあ」


「ふ、ほほ。

 儲けの匂いがしますか?」


 御者台から村の入り口部を見回した商人ヤノーケがそう言うと、相乗りする老学者ネーアンが、白いあご髭をさすりながら尋ねる。


「それもあるけどよ。

 こう、伸び盛りな場所にしかない活気ってのがある。

 そいつが、たまらなないね」


 答えたヤノーケの目に映るのは、自分と同じように物品を運び込んで来た個人の行商人や、それに応対する商会の店員たちだ。

 行商人の場合、ろくな商店もない小さな村などなら、辻売りで荷を売りさばくことが多いが……。

 このように、しっかりとした商店が複数存在する場所なら、根を張っている店に品を卸すのが普通となる。

 その方が多量の品々を一括で売り捌けるし、また、帰りの仕入れにしても、一度に多くの商品を買い取ることができるからだ。

 一日、滞在すれば、それだけ時間と路銀を消費してしまう。

 このような体制が整っているのは、個人の行商人にとって非常に都合が良かった。


「それじゃあ、爺さん。

 ここまででいいかな?

 俺は馬房に馬と荷物を預けた後、商談の予約を入れて来なきゃいけねえ」


 他の馬車に続いて、これだけは整備されている馬房に向かいながら、老学者に尋ねる。


「ああ、ここまで一緒に連れてきてくれて、本当に助かったよ。

 何か、わしで力になれることがあったら、遠慮せずに訪ねてくれ」


「ああ、そん時はよろしく頼むわ」


 道の端に馬車を停車し、にこやかな笑顔で別れを交わす。


「さて……商売しなきゃな」


 商人としてやる仕事は、数多い。

 まずは、馬房に入り、ここまで重い馬車を引き続けた馬に休息を与えねばならないだろう。

 その後は、宿泊場所の手続きをして、各商会の品定めだ。

 できるだけ、持ってきた荷を高く買い取ってくれることも重要だが……。

 それと同様に、魅力的な品が仕入れられる商会であることも大切だ。

 極端な話、金ではなく、商品同士の物々交換でも構わないのである。


 勘と経験と収集済みの情報に従い、でここぞと見定めた商会に商談の予約をした後も、仕事は続く。

 馬房に戻り、馬の手入れをしなければならなかった。


 馬と人との関係性は、主にブラッシングによって培われる。

 十分に清潔さを保ち、筋肉の疲れも癒すこの行為は、馬自身では決して不可能なそれであり……。

 時間をいとわず自分にブラッシングしてくれる者へ、馬という生き物は最上級の愛情を抱くのだ。

 本当ならば、何よりも先にやってやりたいくらいであるし、事実、取り引きなどが存在しない場合はそうしてやっているから、商談の予約取りを優先せねばならないのは心苦しかった。


 そういった一連の作業を終えると、夕方前に到着したはずだというのに、時刻はすっかり夜となってしまっている。

 この後、せねばならないことはただ一つ……。


「飯にしねえとなあ。

 ビールも、たっぷりと飲みてえ」


 このことだ。

 すでに、調べは付いていた。

 ここリプトルにおいては、今のところ、ギルドと一体の形で開かれている酒場が唯一の食事処である。

 これを営んでいるのは、迷宮都市ロンダルではそれなりに名の通った――Cランク冒険者なのだという。


 ここへ来てから調べたのではない。

 来る前から、情報は調べ上げていた。

 何故なら、それがヤノーケの商売であるからだ。


「ふんふふーん」


 商人の姿をした男は、上機嫌な鼻歌交じりで、件の店へと向かったのである。




--




 広々とした店内は、上も下も木材によって構成されており……。

 それが、ランプのみならず、冒険者が点した魔術の光によって照らし出されている様は、どこか幻想的ですらあった。

 ……もっとも、中央部に浮かぶ魔術の光球のみはやたらとでかいというか、光量が大きすぎるというか、真下の客たちが眩しそうにしているが。


 店内で食事を取っているのは、三分の一が冒険者であり、もう三分の一が、開拓者として招集された者たちだろう。

 残る割合を占めているのは、ヤノーケと同様に商人姿の者たちや、ここを居場所と定めた各種の職人たちで、なるほど、ここはリプトルという開拓村の胃袋を一手に担っているのだ。


 客たちの顔は――明るい。

 皆が皆、美味い食事や酒を大いに楽しみ、明日への活力を養っているのが見て取れた。

 大人数へ、美味い料理を提供するためだろう。

 ほとんどの人間が、同じ定食を食べているように見える。

 が、少数はその範疇に収まらない品を食しており、どうやら、本格的に飲みたい人間や、定食だけでは物足りなかった大食漢が、そういった一品料理を頼んでいるようだ。


「こいつは、たまんねえじゃねえか……」


 ヤノーケを大いに魅了したのは、大多数が食べている定食の方であった。

 何となれば……。

 これは、視覚、嗅覚、聴覚の三つに訴え、おそらくは味覚も満足させるに違いないご馳走だったからである。


「はいはい、旅の商人さんですねー。

 こちらに相席でよろしいですか?」


「もちろん」


 おそらく、ギルドの受け付け嬢辺りが兼任しているのだろう。

 少しばかり馴れ馴れしいが、それがかえって気持ちの良いメイド服女に案内され、席につく。


「ご一緒させてもらうぜ」


「おう、ここの飯は美味いぜ。

 堪能していきな!」


 相席となった男は――でかい。

 筋骨隆々の、見るからに強さが匂い立つ戦士だ。

 風貌から見て、戦士アラン・ノーキンであるに違いない。


 豪快にビールジョッキを煽る英雄に対し、いささかの警戒も抱かず、メイド服女に顔を向ける。

 それから、料理の名前を尋ねた。


「皆が食ってるのと同じ定食がいいんだけど、あれは何て料理だ?」


 すると、女は愛嬌のある笑みで答えたのである。


「あれはですねえ……。

 鉄板イタめし定食です」


「そそるねえ。

 じゃあ、それとビールを」


 ヤノーケもまた笑みを浮かべ、注文したのであった。

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