ヤノーケ・ラハ・ロシヒ 食事の流儀 その1

 全ての道は我が都に通じるとは、どこの王が残した言葉であったが……。

 その言葉で分かる通り、良い街というものには、良い道が続いている。

 そもそも、多くの場合、道とは人や馬車が往来して踏み固められていくものなので、人と物の行き来が盛んな土地に良い道が続いているというのは、ごく当たり前のことなのだ。


 その点でいくと、ザドント公国からドルン平原に築かれた開拓村――リプトルへ至る街道は、良い道への発展途上にあるといえるだろう。

 武勇に名高きSランク冒険者――戦士アラン・ノーキンが草を刈り、土を固めて作ったとはいうが、作業が雑だったのか、はたまた突貫工事の影響か……。

 それなりの広さを持つ街道は、剥き出しの地面となっている箇所に雑草の新芽が出てきてしまっているし、土そのものも、長い歴史を誇る他の街道に比べれば、まだまだやわさが残っているように感じられる。


 だが、それは現段階においてのこと……。

 街道は頻繁に馬車同士がすれ違っており、かの地へ様々な物が送り込まれ、また、持ち帰られていることは明白だ。

 特に目立つのが、冷凍した肉を保管する冷凍庫付きの馬車であった。


 これらの馬車は、車体に防錆加工が施された鉄製の冷凍庫を搭載しており……。

 冷凍庫内は、魔物の毛皮によって作られた断熱材が貼られ、さらに、上部や側面に氷を差し込むためのラックが設けられていて、冷凍された食材の状態を保つのである。


 これまで滅多に流通することのなかった小竜肉は、リプトルへ移住した冒険者の狩猟によって、強力に供給されつつあるのだ。

 それだけでも、十分に商機を感じる話であるが、何しろかの街には発見されたばかりの迷宮があった。


 まだ、第二階層へ続く通路が発見されたばかりだというが、遺跡の規模を考えれば、これから先、様々な宝物が発見されることは明白であり……。

 そういった古代の遺物によりもたらされる利益へありつくために、半ば先行投資のような形で物品を持ち込み、顔と恩を売ろうとする商人は数多い。


 しかも、噂では北方諸国と接触して交易を行おうともしているらしく、もし、そうなれば、ドルン平原はこれまで容易に辿り着けなかった北方地域への玄関口となる。

 ザドント公国至南と、北方諸国を結ぶ形で商売をするというのは、実に手堅く利益が見込めるやり方だ。

 そこへ早く飛びつき、食い込むためにも、初期段階から開拓村へ取り入っておくのは極めて重要……。


 と、いうわけで、現在でももたらされている小竜肉による利益と、迷宮と北方諸国が今後もたらすであろう未来の利益にありつくため、数多くの商人がこの道を踏み締め、良い道へ育てているのであった。


 男もまた、そんな一人……。


「いや、はや、すみませんな。

 この年で、あまり無理をするものではなかったか……。

 まさか、気分が悪くなって動けなくなってしまうとは」


 男と共に馬車の御者台へ座った老人が、そう言ってしきりに頭を下げる。


「なあに、行く場所が同じなんだから、馬車の積み荷が少し増えただけってもんさ。

 爺さんは、学者さんかい?」


 そう言って答えた男の年齢は、三十代半ばといったところだろうか……。

 着ている衣服は、多少の宝石や銀細工によって財力を見せつけているが、全体的には、実用性を重視した仕立てとなっていた。

 黒髪は短めで、自然な形に整えられており……。

 少々あごに青髭があるのと、分厚い眉毛が特徴的であるが、衣服と合せて、ごく一般的な商人といった印象を与える。


 また、それは男が乗っている馬車の積み荷にも表れており、ポーションや油といった品々は、明らかに迷宮探索の冒険者を当てにした商品類だ。


「ああ、開拓地で発見された迷宮内のレリーフなんかに興味があってね。

 そちらは、商人さんかい?」


「見ての通りさ。

 街から街へ、必要とされる品を運び込んでは、少しばかりの利益を得ている」


「その割に、腰に差している剣はなかなかの業物のようだのう」


「お、爺さん、目ざといね?」


 男はそう言うと、腰に差している曲刀をパチリと指で弾いた。

 老学者が言った通り……。

 曲刀は、柄も鞘も美術品めいたこしらえとなっており、これには、魔物の素材が使われている。

 となると、鞘に収まった刀身も、相応の品質であると推察するのは、ごく当然のことといえるだろう。


「まあ、物騒な世の中だからさ。

 自衛のためには、それなりの武器を持っとかないと。

 で、俺たち商人にしてみれば、身に着けている全てが、商談を円滑に進めるための道具だ。

 ただ武器として使えるだけでなく、見栄えも良くないといけない。

 いざという時には、売り払うこともできるしな」


「自衛に使う武器であり、商談相手に対するハッタリでもあり、持ち歩ける財産でもあるというわけか。

 商人というのも、大変だのう」


「いや、あんたら学者さんに比べれば、大したことじゃないさ。

 こっちは、基本的に物を運んでその手間賃で暮らしてるだけなんだから」


「どういった物を運ぶかも、商人の腕前が出る部分だろう。

 そういえば、まだ聞いていなかったが、お主の名前は?

 わしは、ネーアン・ケルグトル。

 魔術都市イーアンで、学者をやっておる」


「イーアンの学者となると、上澄みも上澄みじゃねえか。

 そんな相手に名乗るとなると、少しばかり気後れしちまうが……。

 ヤノーケ・ラハ・ロシヒだ。

 明日には到着するだろうが、それまでの道中、よろしく頼む」


 笑顔と共に差し出されたヤノーケの手を、ネーアンは快く握り返した。


「新天地での商売が上手くいくことを」


「そっちこそ、何か面白い発見が得られることを」


 商人と学者を乗せた馬車は、開拓村に続く真新しい街道をゆるりと歩んで行ったのである。




--




「ほお、上手いもんじゃないですか。

 料理は、公国の料理人に習ったのですか?」


 ギルドでの事務仕事も終わり、夕食時に向けて仕込みをする中……。

 ヨウツーは、厨房内で玉ねぎを刻むハイツの手際を見て、感心しきりな声を上げた。

 手際の迷いなさと手早さもさることながら、刻まれた玉ねぎは全てが均一な厚さとなっている。

 たかが野菜を刻むだけの作業であるが、だからこそ、技術の習熟度が露骨に表れるのだ。

 そこへいくと、ハイツの包丁使いは、ちょっとした趣味や息抜きの領域ではなく、きちんとした修行を経たものであると感じられた。


「武芸者が料理を習うというのは、そう珍しい話でもないさ。

 他にも、楽器なんかも習ったけど、これが一番しっくりくるかな」


 そう言いながら、玉ねぎの仕込みを終えたハイツが、今度は定食で出す小竜肉を切り出し始める。

 今夜の定食は揚げ物を出す予定なのだが、指示を出す必要もなく、分厚いもも肉は揚げ物に適切な食べ応えの大きさへ切り分けられていった。


「だからかな。

 たまに興が乗った時は、こうやって手伝わせてくれると助かるよ。

 机仕事ばかりしていると、気が滅入るから」


「ははあ、なるほどですなあ」


 何しろ、立ち上げたばかりの開拓村に関する様々な差配を、ほぼ一手に担っているのがハイツなのだ。

 加えて、今後は北方諸国との外交も行っていかなければならないことを考えると、気晴らしも必要ということだろう。


「まあ、俺としては、断る理由がありませんな。

 是非、よろしくお願いしますよ――」


 両手の小指にちくりとしたものを感じたのは、鍋を持ち上げた瞬間である。

 普段、こういった作業をする時は、十分に腰へ気をつけている――その上で痛む時は痛む――ヨウツーであり……。

 これは、まったくの不意打ちであった。


「ちっ……」


 気分よく料理する公子には聞こえないよう、口の中で舌打ちする。

 この、全く力が入らない小指……。

 不足する握力を、吸着の魔術でどうにか補っている戦闘者として致命的な欠陥……。

 これがうずき、痛みを発する時というのは、決まってろくでもないことが起こる時の前触れであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る