忍者と新人たち その6

 ――ドルンの竜迷宮。


 その由来となったのは、入り口にあたる竜の頭部を思わせる巨岩だったが……。

 現在、それを外部から伺うことはできない。

 迷宮から、魔物が外へ出てくる事態を防ぐため……。

 あるいは、探索を終えた冒険者が、迂闊に危険な物品を外へ持ち出すことを防ぐため……。

 迷宮の入り口には、木造の関所が設けられており、竜のごとき巨岩もその中へすっぽりと収められてしまっているのだ。


 これを建造した古代人からすれば、呆れ果てる美意識のなさであろうが、安全性というものを第一にした結果であるので、こればかりは致し方がない。

 そんな要塞じみた造りの関所には、今朝も今朝とて、探索に挑む冒険者たちが集結しており……。


「皆さん、おはようございます。

 それから、今日は最初に言わなければならないことがあります」


 ここを集合場所としていたギンは、新人三人との開口一番、そう切り出していた。

 それから、寸分の間も置かず体を折り曲げ、こう言ったのである。


「昨日は、申し訳ありません。

 あなた方のことを見込みがないと切り捨て、最初から指導を放り出していました」


 慌てたのは、新人たちの方だ。


「そんな……。

 ギンちゃんさん、頭を上げて下さい」


「そうです。

 実際、私たちはSランク冒険者からすれば……ううん、他のどんな冒険者から見ても、お話にならなかったでしょうから」


「まー、あたしもあんな言い方すべきじゃなかったっていうか……」


 アイサたちは、バツが悪そうな様子で答える。

 だが、ギンの胸に去来していたのは、晴れ晴れとした思いだ。

 すっぱり謝るということをしたのは、いつ以来か……。

 それをできたというだけで、心が軽くなったのを感じた。

 人間というのは、謝るべき時に謝らずにいると、心へしこりと負債を溜め込んでいく生き物なのだ。


 だが、ギンはただ謝るためにここへ来たのではない。

 先達の冒険者として、彼女らを鍛えるために来たのである。

 そのための秘策は、すでに練ってあった。


「それで、よかったら機会をもらえませんか?

 皆さんを、一人前の冒険者として鍛えるための機会を……。

 そのために、工夫も考えてあります」


 アイサ、ベニー、クレア……。

 自分よりも背が高い三人の瞳を見上げながら、提案する。

 果たして、彼女らの答えは……。


「ギンちゃんさんに教えてもらえるなら、大歓迎だよ!

 ね? ベニー、クレア」


「そうね。

 昨日の至らなさを思えば、そう簡単に実力を身に着けられるとは思いません。

 ですが、可能な限り努力します」


「まあねー。

 冷静に考えて、Sランク冒険者に鍛えてもらう機会なんて、そうそうあるはずないし?

 ここは、本気出すとこかなーって」


 三人の提案を受けて、ギンはにっこりとほほ笑む。

 だが、新人たちと違い心得のある者であったならば、その笑みへ空恐ろしさを感じたことだろう。

 何故なら、瞳の方は笑っておらず……。

 むしろ、狂気すら宿していたからだ。


「安心して下さい。

 努力して頂く必要も、本気を出す必要もありません」


 ギンが薄く唇を緩めると、アイサたちの体がこわばった。

 緊張したからか?

 ……そうではない。

 ギンの繰り出した見えないほど細い鋼糸が、彼女たちを操り人形のごとく縛ったからである。

 あの見合い騒動で、アランに使ったのと同じ術だが、彼ほどの実力がない三人に解く術などありはしない。

 もはや、新人三人は、自分の意思で泣き言を漏らすことすらかなわないのだ。


「限界なんてものは、強制的に超えさせます」


 百パーセントの善意と狂気に満ち溢れた瞳で、獣人忍者が宣言した。




--




 数日後……。


「あ、やっべ。

 間違って、ギンに新人たちの教育係を任せちまってた」


 ギルドの事務室には、今さらながら凡ミスへ気付いたヨウツーの姿があった。


「アイサ、ベニー、クレア……。

 同郷同い年の、まあ……典型的な出立ての冒険者だな。

 ハッキリ言って、ギンとは一番相性が悪いタイプだ。

 大丈夫だったのかな? ここ数日、酒場に顔を見せてはいないけど……。

 関所の帰還記録には残っているから、直行直帰しているだけか?」


 腕組みしながら考え込むも、結論は出ない。

 ただ、帰還の記録はあるのだから、最悪の事態にはなっておらず……。


「まあ、いいか。

 もう夕方の稼ぎ時だし、店に戻らないとな」


 ヨウツーはあっさり思考放棄し、自分の店へと戻ったのである。

 それから、しばらくは接客に調理にと忙しくしていたが……。

 異変を感じたのは、カウンター席の客が途切れた瞬間だった。


(強い……。

 一つはギンだが、残りは知らない奴らだ)


 気配、というものとは、少しばかり違う。

 強いていうならば――匂い。

 感覚よりも勘が先走って、強者の存在を知覚したのである。

 S、ではない。

 だが、ギンと共に感じられる気配は、Aランク冒険者の域へ片足を突っ込んでいるように思えた。

 ギンたちがいるのは――上。


「さすがは先生、わたしたちが到着すると同時に、存在へ気付かれるなんて……」


「師には師が、上には上がいる……。

 忍びの道とは、まっこと奥深きもの」


「ですが、これはむしろ喜びというもの……。

 まだまだ、己を高める余地があるということゆえ……」


「げに。

 足りぬを知ることが、最初の一歩ということ……」


 厨房の天井に張り付いているのは、四人の人影……。

 一人は、ギンである。

 だが、残る三人は、ここリプトルで見られる姿ではない。

 全身は黒い……やたら肌面積が多いギンのそれとは異なり、隙間なく覆う形の忍び装束に包まれており……。

 更には、顔も髪も覆面で隠しているのだ。

 ただ、人の顔や声を覚えるのが得意なヨウツーは、彼女らの声に聞き覚えがあった。


「ギンと……。

 アイサ、ベニー、クレアといったか?

 え、何で? 忍者何で?」


 記憶に残る新人娘三人の姿は、いかにもな駆け出し剣士少女のそれである。

 それがいきなりガチの忍者姿となり、しかも、どういうわけか相応の実力まで身に付けているのだから、ヨウツーが混乱するのも無理はなかった。


「ふっふっふ……。

 我らは変わったのです」


 しゅたっと降り立った……多分アイサが、不敵な笑い声で答える。


「ギン先生は我らを傀儡の術で操り、強制的に限界を超えさせた。

 魔物との戦い方、野山の走り方、迷宮というものの歩き方……。

 それらを、文字通り体に覚え込ませたのです」


 やはりしゅたっと降り立った……おそらくベニーが、腕組みしながら続けた。


「潜在能力を無理矢理引き出されたことによる地獄の筋肉痛と、寝食を取らぬ修行に、我らの精神は破壊し尽くされたかと思えた。

 しかし、その先に新たな境地を開いたのです」


 やっぱりしゅたっと降り立った……きっとクレアが、悟りを開いたかのような口調で告げる。


「先生……。

 お望みの通り、彼女らを一人前に育て上げました」


 一人、天井に張り付いたままのギンが、誇らしげに報告した。


「「「フフフフフ……ボーフォッフォッフォ」」」


 新人冒険者……いや、新人忍者三人が、どこか不気味さを感じる声で笑いながら、分身と共に厨房内を歩き回る。

 ヨウツーからすれば、それは残像が追尾するだけの寝ぼけた分身であったが、問題はそこではない。


「いや、何でだあああっ!?

 一人前の冒険者じゃなくて、忍者になってるじゃねえか!?」


「ノー忍者、ノー冒険者」


「いかにも。忍びなれどもアドベンチャー」


「忍者……ゴー!」


 分身しながらわけの分からないことをのたまう三人娘に、頭を抱えた。


「でもって、人格まで変わってんじゃねえか!

 こいつら、もっとこう、赤、青、黄って感じの性格だっただろ!?

 いや、何がどう赤、青、黄なのかは、言ってる俺もよく分からんが……。

 完全にこいつら、モブ忍者ABCになっちまってんぞ!?」


「ですが、先生。

 三人共、非常に満足そうです」


「「「その通り。

 ギン先生により、我らを導かんとした大先生の采配には、感謝しかありません」」」


 とうとう、笑い声だけでなく台詞まで完全一致し始める。


「あああ、もう……。

 お前らが満足なら、もはや何も言えんが……。

 それは、洗脳と言うのだ……」


 こうして……。

 このリプトルに、新たな……そして、有望な忍者たちが生まれた。

 事情を知らぬ者たちは、田舎から出てきたばかりの新人を鍛え上げたギンの手腕と、彼女に新人を割り振ったヨウツーの采配へ大いに感心したものだが……。

 ヨウツーが同じ差配をすることが二度となかったことは、語るまでもない。

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