忍者と新人たち その5

 リプトルは開拓初期から、一般的な開拓者が住居を構える区画と、冒険者が住まう区画とを分けてあり……。

 ギンが住んでいるのも、冒険者用区画に建てられた丸太小屋の一つであった。


「はあ……疲れた」


 そう言って背のうを放り出すと、板敷きの間へうつ伏せに倒れ込む。

 そうすると、頭頂部のキツネ耳がピトリと床に張り付いて、体温を吸われていくのが少しだけ心地良い。

 が、その程度で溶け去ってくれるほど、今のギンが負っている精神的疲労は軽くなかった。


「……失敗しましたね」


 つぶやきながら、ごろりと寝転がる。

 ギンの家は、他の者たちが住まうそれと異なり、囲炉裏や土間など、東方様式がヨウツーの工夫によって再現されていた。

 これは、ギンにとっては、ただ住み心地がいいだけの代物だったが……。

 見る者によっては、他者……異文化への拒否とも取れるかもしれない。

 丁度、あの三人娘へ取っていた態度のように……。


「どうしたものですかね……」


 本来なら、洗った弁当箱をギルドで返却し、そのままヨウツーの店で食事をしているはずだ。

 が、今日はそうする気にならない。

 迷宮を出て、そのままギルドに向かうというのは、あの三人娘と行動を共にし続けるということであり……。

 おそらく、彼女らはヨウツーの店で特製定食を食べている――ヨウツーは気前よくツケを受け入れている――頃のはずである。

 とてもではないが、顔を合わせられるはずがない。


「失敗、したな……」


 ポツリ、と。

 天井を見ながらつぶやく。

 今日は、あの新人たちとの間に、埋められない溝を作り出してしまった。

 ヨウツーの期待を、裏切ってしまったのだ。


「どうしたものか……」


 ギンがつぶやいた、その時である。


 ――ちゅ!


 ――どおおおおおんっ!


 ……という、凄まじい衝撃と爆発音が隣から響いてきたのだ。


「――何事ですかっ!?」


 がばりと立ち上がり、外へ出た。

 ギンの隣に住んでいるのは、聖騎士シグルーンと、そこへ転がり込んでいるエルフ魔術師のレフィであったが……。

 おお、なんということか。

 聖騎士たち――主にレフィ――が住んでいた丸太小屋は綺麗に消滅し、代わって、恐ろしく深い爆発痕がそこに生まれているではないか。


 地面に空いた大穴のそばへ立っているのは、シグルーンとレフィ……。

 ただ、二人共に髪の毛がちりっちりの状態で爆発するように広がっており、仮に物語のヒロインであるとしたら、到底許されるような格好ではない。

 この状況を見れば、導き出せる結論は――ただ一つ!


「……喧嘩したんですか?」


「「――こいつが!」」


 呆れながら尋ねると、バカ二人が相手の方を指差す。

 そして、すぐに力なくその指を下ろした。


「いや、いい……言い過ぎた」


「あたしもやり過ぎたわ……」


 ――本当にな。


 心底同意していると、周囲の家から、帰宅済みの冒険者たちが顔を出してくる。

 それから、「なんだまたあいつらか」と言わんばかりに納得顔でうなずくと、また戻っていった。


「はあ……。

 とりあえず、わたしの家に来ますか?」


「助かる」


「厄介になるわ!」


 Sランク冒険者の二人は、そう言って上がり込んできたのである。




--




「そうか、新人冒険者たちと、そんなことがあったのか」


 腰痛は治せなくとも、下らない理由でちりっちりになった髪の毛は治せるのが、神の奇跡というもの……。

 自分とレフィに治療を施しながらギンの話を聞いたシグルーンは、鎧を外してるのでダイナミックに稼働する胸を揺らしながらうなずいた。


「しょうもないことで悩んでるわね。

 あたしなんて、明日から宿無しよ」


 一方、どんな状態でも大平原な胸を張ってみせながら、レフィが元に戻った黒髪を払う。


「しょうもないって……。

 そっちのは、自業自得じゃないですか?」


「あら、自分で撒いた種なのは、ギンだって同じじゃない?」


 そう言われては、言葉もない。

 ギンは押し黙りながら、二人には出してあげない秘蔵のクッキーをつまんだ。


「まあ、そう言うな。

 ――ギン。

 お前は今、自分が失敗したと思っているだろう?」


 シグルーンが、たまに見せる聖職者のような顔をしながら、語り始める。


「ところで、私はこれまでの人生で失敗したことがない」


「ついさっき、失敗して家が吹き飛びませんでしたか?」


「そうよ。さっきのは言い過ぎよ」


「――シャラップ!

 ……つまりだ。

 あったのは失敗ではなく、経験だけだと言っている。

 あと吹っ飛ばした当人が言うな。さっきのはどっちもどっちで手打ちだ」


 ぐぬぬと歯ぎしりしながら睨み合うシグルーンとレフィ。

 ギンとしては、自分の家まで吹き飛ばされてしまっては困るため、とりあえず話の先を促すことにした。


「それで、失敗ではなく経験だけとは、どういうことですか?」


「うむ……」


 こほりと咳払いして、シグルーンが居住まいを正す。

 そして、静かに語ったのである。


「よいか?

 そもそも、この世に失敗しない人間がいるとしたら、それはどのような人物であると思う?」


 そういえば聖職者だったシグルーンによる、どこか哲学じみた問いかけ……。

 さっき、シグルーンは自身を指して「失敗したことがない」と言ったが、この場合、求めている答えはシグルーン自身というものではないだろう。

 ならば、ギンが出せる答えはこのようなものだった。


「完璧な人間、でしょうか?

 何をしても失敗することがなく、どのようなことでも必ず成功させてみせるような」


「答えとしては合っているな。

 しかし、正確な答えではない。

 神話によれば、神々でさえ時に間違いを犯している。

 神ですらそうなのだから、地上に生きる我ら人間に完璧な者などいようはずもない」


「なら、どんな人間だってのよ?」


「挑戦しない人間」


 横合いから野次を入れたレフィに、シグルーンがきっぱりと答える。


「そもそも、何も挑まないのだから無敵だろう?

 そのような人間に、失敗はない。

 無論、成功もないがな」


 シグルーンが、真っ直ぐな眼差しを自分に向けた。


「ギン。

 お前は、これまで後進の育成というものに興味を示さなかった。

 それを、先生が差配したからというのもあれど、今回、まがりなりにも挑んだのだ。

 確かに、新人たちとの間に軋轢が生まれ、お前は今そのことで悩んでいる。

 だが、挑戦がなければ、どのような態度で接すると後進からやる気を奪うのかという経験もなかったのだ。

 だから、お前は失敗していない。

 今しなければならないのは、戻れない過去を悔やむことではなく、これからどうやって仲直りするか考えることだ」


「どうやって、仲直りするか……」


「付け加えるなら、仲直りした上で、新人を育ててやれるといいな。

 先生も、それを期待していることだろう」


「わたしに、できるでしょうか??

 先生みたいに、後進を教え導くことが……」


「バカね。

 できるわけないじゃない」


 今度答えたのはシグルーンではなく、板の間へ寝転がっているレフィだ。


「ヨウツーはヨウツーでしょ?

 同じようにするなんて、他の誰にもできないわよ。

 あたしたち全員、別に腰は痛めてないし。

 せいぜい、自分なりのやり方を考えなさいな」


「腰を痛めてるかどうかは、一切関係ない気もするがな」


 半眼となってつっこむシグルーンをよそに……。


「わたしなりのやり方……」


 ギンの脳裏には、小さな火花のような……。

 しかして、確かなひらめきが生まれていた。

 それは、間違いなく天才忍者ギンにしかできないやり方だったのである。


 それにしても、だ。


(お尻好きの聖騎士が言うことは違うなあ……)


 彼女の中では、あれも失敗としてカウントされていないらしい。


 ――強過ぎる。

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