忍者と新人たち その4
「迷宮探索で最も重要なのは、何はなくとも生きて帰ることであり、そのために必要となるのが、マッピングの技術です。
三人共、まずは渡した羊皮紙に、自分が思うここまでの道順を書いてみて下さい」
昼食を終えた後……。
それぞれに紙と羽ペンを渡したギンは、そう切り出した。
「ええ!? ここまでの道順ですか!?」
真っ先にそう切り出したのがアイサで、彼女は紙に道順を記すどころか、まず、道順を意識することにすら頭がいっていなかったようである。
「もう、吟遊詩人の歌にもあったでしょ?
ここまでの、曲がった回数は……」
「ベニー、がんばって。
あたしは先輩が案内してくれると思って、最初から諦めていたよ」
脱落者二名。
新米娘たちにとって、残された希望はベニーだけだ。
彼女は、自分の記憶と照らし合わせながら、どうにか地図を自作したが……。
「どう……でしょうか?」
渡されたそれは、ギンからすれば、到底合格点に達していない。
「何回曲がったかの道順に関しては、合っています。
これなら、帰還そのものは何とかなるでしょう。
ですが、道の長さに関しては、全く合っていません。
これでは、例えば隠し通路などがあった際……。
地図を頼りにあぶり出すということは、できませんね」
軽く嘆息しながら、採点する。
「道の長さって、どうやって調べるんですか?」
「基本は、歩数です。
自分の歩数を記憶し、そこから逆算して記していきます。
最初は定規を使ってみるといいでしょう。
また、この竜迷宮に関しては、建造した古代人の美意識なのか、同じ大きさの床石が敷き詰められています。
たまに、アランさんが大振りで壊してしまい、迷宮の再生が追いついていない箇所もありますが……。
それは例外中の例外ですので、やはり歩数を基にするのが、やりやすいでしょうね」
「ふあー。
冒険者って、もっと豪快に進むものだと思ってましたよ。
罠はざっくりチェックでも、そこはきちんとやってるんですね」
「周囲は石に囲まれた世界で、よほどの訓練を受けていなければ、方向感覚など簡単に狂いますから。
迷宮探索の八割は、マッピングの作業であると言っても、過言ではありません」
クレアの言葉に答えて、立ち上がる。
「ここからは、前衛がわたしの他に一人、間でマッパーが一人、後衛が一人の布陣で進み、わたし以外のポジションは、ローテーションで交代していきましょう。
ただし、前衛と後衛の時も、どれだけ進んだかに関しては、常に意識して下さい。
では、最初は前衛がベニーさん、マッパーがアイサさん、後衛がクレアさんで行きます」
「ええーっ!?
頭がこんがらがりそうだよ……」
「また、戦闘になった際、危なくないと判断できる状況にまでは整えますが……。
その後は、今まで通り手を出しません。
自分たちの力で戦い抜いて下さい」
頭を抱えるアイサは無視して、淡々と方針を告げた。
「では、続きをいきますよ」
かくして、新米冒険者三人を連れた迷宮探索昼の部が始まったのである。
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「最初に前衛が減ると、こんなに戦うのが大変だなんて……」
「もう、頭の中が訳わかんなくなっちゃったよー。
さっき紙に書いてからここまでの分、全部吹っ飛んじゃった!」
「よくよく考えたら、あたしら、三人共が小剣使ってるの、効率よくない気もするよねー」
迷宮探索昼の部は、最初に三匹ばかりのドルゴブリンと戦った時点で、早くも頓挫しつつあった。
戦闘において最も負担のかかったベニーは、壁に背を預けて荒い息であり……。
アイサはその場にしゃがみ込み、投げ出した紙と羽ペンにグルグルとした眼差しを向けている。
最も負担の少なかったクレアは、両手を頭の後ろで組んで、気のない言葉を吐いていた。
「こんな所でへばっていては、冒険者は務まりませんよ。
そもそも、今のところ、お金を稼げていません。
ドルゴブリンにせよ、スカルコボルトにせよ、グラベルイミテーターにせよ……。
価値のある素材は剥ぎ取れませんから」
「あう……そういえばそうだ……」
「せめて、自分たちの食い扶持だけでも、稼がなければいけないのに……」
「結局、ここへ来てからあたしらの収入、畑仕事のお手伝いとかでもらった食べ物くらいだもんねー」
嘆く三人娘であるが、低階層探索が金に繋がらないのは、迷宮というものの通例だ。
「ロンダルの地下迷宮も、第一階層は似たようなものです。
こちらはより広大で、行こうと思えば未探索のエリアがあり、かすかとはいえ宝が保管されてる可能性がある分、まだマシですね」
「えー?
それじゃあ、迷宮都市では低階層しか探索できない初心者冒険者は、どうしてたんですか?」
「わたし自身は経験がありませんが……」
あくまで、聞いた話であるということを前置きし、クレアに答える。
「日雇いの仕事……。
煙突掃除や下水道掃除で金を稼いだりしながら、余裕のある時に迷宮へ潜り、腕を磨くのが普通だそうです。
あるいは、ゴブリン退治の依頼などで稼いだりですね」
「結局、世知辛いのはどこもおんなじだあ」
自分の言葉に、アイサがしゃがんだまま天井を仰ぎ見た。
「早く深い所に潜れるよう、腕を上げないと」
最も疲れているベニーが、それでも顔を引き締めてみせる。
「……この分だと、先は長そうですけどね」
ポロリ、と。
ギンがそうこぼしてしまったのは、ここまで、溜まっているものがあったからだろうか。
戦い方にせよ、探索の仕方にせよ、あまりに――稚拙。
センスというものが、全く感じられない。
そもそも、基礎的な体力自体がまるで足りておらず、ギンの目からみれば、迷宮探索よりも婚活に励み、開拓者の誰ぞへ嫁いだ方が、よほど幸せになれるだろうと思えていたのだ。
だが、世の中には、思っていても口に出すべきでない言葉というものが存在する。
今のがまさにそれであり、途端、一行の間へピリリとしたものが走った。
「あ、はは……。
ギンちゃんさんは厳しいな」
顔は笑っている。
笑っている、が、さっきまでの屈託さが消え失せた様子で、アイサが頬をかいた。
「確かに、私たちは未熟……。
ううん、そんな域にも達していないでしょうけど」
きゅっと唇を噛み締めながら、ベニーが吐き出す。
「でも、それにしたって先輩の言い方はないよねー。
何というか、最初から見込みがないって、切り捨てられてる感じがするし……」
あけすけなクレアの言葉……。
これはおそらく、彼女ら三人にとって共通の見解であるに違いない。
そして、それは事実として、ギンが抱いている感情そのものなのだ。
「二人共、しょうがないよ。
わたしたち、ギンちゃんさんからすれば、足手まといなんだし……」
「そんなのは分かってるよ?
でも、その上で、ギルドの偉い人が組んでいるわけじゃん?
もちろん、面倒はかけてるわけだけど、あたしらがそれを過剰に気にする必要はないっていうか。
正直、やる気をなくさせるような言い方は違うかなーって」
「それは……そうかも」
一行の中で、最も責任感が強いだろうベニーまで、これには同意をしてみせた。
ギンはといえば、何を言ったらいいものか分からず……。
ただ、黙って彼女らの言葉を受け止める。
「予定表だと、明日も先輩と一緒なんですよねー。
まあ、あんまり不快にさせないよう、気をつけまーす」
クレアがそう言って、締めくくりとなってしまう。
その後も、予定通りローテーションを組みながらの探索となったが、どうにもぎくしゃくとしてしまったことは、語るまでもない。
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