忍者と新人たち その3

 その後も、スカルコボルトや動く礫――グラべルイミテーターなど……。

 第一階層に出現する敵と一通り戦わせてみた――ギンの視点ではじゃれ合わせた――頃には、腹時計が昼時であることを告げていた。


「この玄室で食事にしましょう」


 そう言って、迷宮内にいくつも存在する玄室の内へ踏み入る。

 他方と比べても非常に広大な竜迷宮第一階層であるが、そこは熟練の冒険者たちであり、すでに、大部分は探索が終わってマッピングも進んでいた。

 冒険者たちはそれらを惜しむことなく共有しており、ギンもこれを記憶に叩き込んでいるのだ。


 だから、この玄室が何の罠もない空の空間であることは、最初から理解しており……。

 それでも、迷宮の自己構築能力により新たな罠が備わっていないかをざっと確認し、床に腰を下ろす。


 だが、そうしたのは、一行を先導するギンのみ……。


「この部屋は安全ですよ。

 そんな所で見ていないで、入ってきてはどうですか?」


 新米娘三人は、玄室の中へ足を踏み入れることなく、入り口に三人で固まっていたのである。


「いやー……。

 迷宮の部屋って、罠が付き物だと村に来た吟遊詩人が言ってたもので……」


 でへへと笑いながら告げるアイサの言葉に、ベニーとクレアがうなずく。


「ギンさん、何も調べずに入っていくものだから、大丈夫だろうかと思ってしまい……」


「熟練の冒険者だから、もっとこう、しらみ潰しに罠を調べてから入ると思ってたよねー」


 三人の言葉に、軽く嘆息した。

 見る者が見れば、ギンがきちんと罠の有無を確認していたと分かるはずなのだが……。

 この三人は、当然のように見る者ではないということだ。


「罠の有無は、きちんと確認しています。

 例えば、床や出入り口を構成する石材に可動する箇所はないか、動く物体に反応するような監視機構がないかなどですね。

 それらに加え、ギルドで閲覧できる迷宮地図の情報と照らし合わせて、安全であると判断しています」


「地図!? そんなのあるんですか!?」


「冒険者って、自分の探索結果は決して教えないものなんじゃ……」


「そうそう、成果も手柄も独り占めだって聞いてたよねー」


 どうやら、彼女らに冒険譚を語って聞かせたのは、三流もいいところの吟遊詩人であるらしい。

 情報が古い――古すぎる。


「それは、随分と前……。

 先生――酒場の主が、まだ若かった頃の話です。

 現在では、探索で得られた情報はギルド内で統合管理され、開示されています。

 その方が、冒険者の人的損耗が少ないですから」


 ギン自身、受け売りの言葉をすらすらと並べた。

 それから、三人娘の方をじとりと見る。


「それで、休憩にしないんですか?

 わたしは平気ですが、あなた方には必要だと思いますが??」


 そう言われ、真っ先に飛び込んできたのが、アイサだ。


「えっへへ!

 実は、お腹ぺこぺこでーす!」


「あ、ちょっとアイサ!

 もう……」


「そう言うクレアだって、お腹は減ってるでしょ?

 早く食べちゃおー」


 そう言いながら、ギンを中心に車座となり、女四人での昼食となる。

 全員が取り出したのは、ギルドで配布される弁当だ。


「地図は見てなくても、弁当はしっかり受け取ってるんですね?」


「えっへへー。

 正直、これが目当てで迷宮探索に来ていまーす」


 アイサが照れながら頭をかいていると、ベニーが弁当箱を取り出しながら、しみじみとつぶやく。


「それにしても、意外です。

 まさか、お弁当を配ってくれるなんて……」


「作ったのって、酒場のおっちゃんなんだっけ?

 体よく余り物を押し付けてきたんじゃないのー?」


 クレアの言葉は、軽くギンの怒りを買ったが……。

 弁当箱を開いた三人娘の姿を見て、すぐそれも収まる。

 これが、単なる余り物の詰め合わせでないことは、中身を見れば一目瞭然だからだ。


「すごい……。

 何というか、かわいい!」


 目をキラキラさせたアイサがつぶやくと、ベニーとクレアもうなずいた。


「ふかふかのパン……。

 それでキトラの燻製肉だけじゃなく、玉ねぎまで挟んでる……」


「おかずもすごいよねー。

 これ、小竜の卵?

 キノコと炒めたんだ」


 少女たちが感心したようように……。

 ヨウツーが手作りしてくれた弁当は、迷宮内での軽食に収まる次元のものではない。


 メインとなるのは、燻製肉とオニオンのサンド……。

 さらに、キノコの卵炒めがおかずとして入っており、彩りとして、最近リプトルで採れるようになったレタスも添えられているのだ。

 ただ美味く、滋養が得られるだけでなく、卵の黄とレタスの緑が目にも嬉しい弁当であるといえるだろう。


「すっごいご馳走。

 冒険者って、こんなにいい物食べてるんだ……」


「先生がすごいだけです。

 それに、当然ながら長持ちするわけではないので、何日も迷宮に潜るなら、干し肉や乾パンで食べつなぐことになります」


「やっぱり、そうなりますよね。

 でも、村に居たままなら、薄いお粥とかでごまかすしかなかったでしょうから、それに比べればマシか……」


「そうそう、それも、ほとんどお湯って感じのお粥になってただろうねー。

 あたしは、残してきた弟たちが心配だよ。

 麦に病気が流行ったせいで、今年は収穫が一気に減るだろうし」


 何気なく交わされる新人たちの会話……。

 それを聞いて、ある可能性に思い至り、尋ねる。


「もしかして、三人は同郷の出身なのですか?

 ただ、年齢が近いというだけじゃなくて」


「ふん! あひゃひはひは……」


「あ、いえ、口の中のものは食べ終えてからで大丈夫です」


 ギンに促され、アイサがもごもごと口を大きく動かす。

 そうしていると、自分のような獣人でもないのに、リスめいた印象を覚えた。


「――んんっ!

 わたしたちは、全員が同じ村の出身なんです!」


「村の畑に、病気が流行ってしまって……。

 このままでは食べていけないので、口減らしのために三人で冒険者となりました」


「ほんっと、うちの領主はむのーだよねー。

 収穫が減ってるっていうのに、絶対、年貢は変えないっていうんだから」


「道理で、仲がいいわけですね」


 思えば、仮宿で共同生活をしているとはいえ、この三人は妙に仲が良かったと思う。

 それは錯覚ではなく、実際に――おそらくは生まれた時からの――幼馴染であるからなのだ。


「ギンちゃんさんは、仲の良い冒険者っているんですか?」


「ギンちゃんさんって……。

 いえ、特別に仲が良い人間がいるわけでは……」


 ギンが脳裏へ思い浮かべたのは、ヨウツーの顔だったが……。

 これはハッキリとした恋愛感情であり、仲が良いという分類にすることは、はばかられた。

 では、他に付き合いが多い冒険者はといえば、シグルーン、アラン、レフィといったSランク冒険者たちになるだろう。


 だが、これも、そこまで深い付き合いではない。

 事実、第二階層への隠し通路探索時にも、ギンは安定した実力と経験を誇るBランク冒険者たちに頼み、パーティーとなってもらっている。


 必要とあらば、どのような冒険者たちとも組む。

 だが、それはあくまで仕事上の付き合いであり……。

 シグルーンたちと組むことが多いのは、互いに不足しているものを極めて高い次元で補い合えるからであった。


「……わたしは、必要なら誰とでも組みますし、そうでない相手とは組みません」


 だから、そのような答えを返す。

 すると、そんな自分に、アイサが満面の笑みを浮かべてこう言ったのだ。


「でも、わたしはギンちゃんさんと仲良くしたいです!」


「ちょっと、アイサ。

 失礼でしょ」


「そーそー、いくら何でも、一気に距離を詰めようとし過ぎだって」


 ベニーとクレアが、それぞれなりにたしなめの言葉を口にする。


「……何でまた、そんなことを思ったんですか?」


 自分もまた、尋ねた。


「えっへへ。

 あんなに強くてかっこよくて、しかも可愛くて……なのに、お弁当の野菜をお残ししてるのが、何だか面白いなーと思ったら、つい」


 頭をかきながらの言葉に、ぴくりと食事の手を止める。

 確かに……。

 サンドイッチからはオニオンを抜いていたし、苦手なレタスやキノコは弁当箱の隅に寄せていた。


「きゃ、却下です!

 人の好き嫌いを指摘するような人とは、仲良くできません!」


 思わず、そんな言葉を口にする。

 だが、アイサはますます笑みを浮かべみせた。


「えー、でも、仲良くしてくれたら、そのお野菜食べますよー。

 作ってくれた人、美味しく食べずに残したり捨てたりしたら、悲しむと思うなー?」


「――うぐっ」


 脳裏に浮かんだのは、冒険者の体調を考えて調理するヨウツーの姿……。

 確かに、あれを裏切るのは忍びない……。


「もう……アイサは、食い意地が張ってるだけでしょ?」


「もっともらしいこと言って、残した分をもらいたいだけなんだ?」


 ベニーとクレアが呆れる中、ギンは大いに葛藤した。

 葛藤して、それで……。


「……仲良くするかどうかはともかく、これはお願いします」


 ギンは自分の弁当箱を、差し出したのである。

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