忍者と新人たち その2

 田舎から出て、冒険者を志す……。

 そうなる理由は様々であるが、自発的なものでない場合は、これはもう口減らしという理由が圧倒的多数を占める。

 多くの場合、農村での暮らしというものは厳しく、食うや食わずやといった生活を維持するのが精一杯だ。


 例えば、新しい赤子が生まれた。

 例えば、悪天候により昨年より少しだけ収穫が減った。

 生活を維持するための均衡は、その程度の理由により容易く崩壊するものであり、崩壊した後の受け皿など、そうそうあるはずもない。

 結果、弟や妹を食わせるため……。

 あるいは、自分自身の食い扶持を稼ぐために、若者は冒険者として発つのである。


 そんな出自であるから、田舎出身の冒険者というのは、大抵が何の技術も特技もない……まさしく、真っさらな新人であった。


「よろしくお願いします!」


「Sランク冒険者の方に同行できるなんて、光栄です!」


「精一杯頑張りますねー」


 ギンの眼前に立つ少女たち……アイサ、ベニー、クレアの三人は、まさにそういった典型的田舎出身の新人冒険者であり……。

 齢十三にして数々の忍術を扱う天才少女にとっては、最も苦手とする……というより、嫌いな人種だったのである。


(はあ……。

 先生は、どうしてこんな采配を)


 冒険者ギルドのホール……。

 自分たちと同じく、ヨウツーが作成した予定表に従い合流する冒険者たちが行き交う中、頭頂のキツネじみた耳を動かしながら考えた。

 考えた、が、結論は出ない。

 ただ、ヨウツーの采配なのだから、そこには深い思慮が隠れているはずである。

 まさか、うっかりミスで組ませてしまった、などということは決してあり得ないのだ。


(見るからに……何の技術もなし。

 貧弱とはいえ、武装しているだけ、いくらかマシといったところですか)


 溜め息を吐き出しながら、新人少女三人の値踏みを行う。

 年齢は、三人共が十五を迎えたばかりくらいだろう。

 いかにも田舎育ちといった朴訥とした娘たちで、三人共が粗末な皮鎧と小剣を身に着けていた。


(せめて、初歩的な魔術や神の奇跡を行使できるならば、まだ使い道もあったのですが……。

 これは、純粋に足手まといですね)


 ギンがそう結論を下した、その時だ。


「それにしても……可愛い!」


 アイサがそう言いながら、自分に抱きついてこようとしたのである。

 もちろん、素人からの不意打ちを受けるようなギンではない。


「……一体、何のつもりですか?」


 独自の歩法により三人娘の背後へ回り込み、じとりとした視線を向けながらそう問いかけたのであった。

 おそらく、彼女らからすれば、瞬間移動でもしたように思えていることだろう。


「ええ!? いつの間に後ろへ!?」


「じゃなくて、どうしていきなり抱きつこうとしたの?」


「うん、まあー、気持ちは分かるけどね。

 先輩、すっごく可愛いし!」


 驚くアイサに、ベニーとクレアが話しかける。


「えっへへ……。

 だって、ギンさんがあんまりにも可愛いもんだから、つい」


 つい、ではない。

 自分は愛玩動物ではないのだ。


「でも、今のはすごかったです。

 全然、動きが見えなかった」


 そう言うベニーは、きゅっと唇を結びながら小剣の柄を握り締めていた。

 真面目なところは、まだしも見込みがあるか……。


「でもでも、先輩はSランク冒険者なんだから、あたしたちが動きを見切れないなんて当然っしょ。

 一杯経験を積んで、頑張らないとねー」


 お気楽な調子で言ったのがクレアで、ひょうひょうとしたその様子からは、危機感も向上心もあまり感じられない。


(これは……先が思いやられますね)


 ギンはそう思いながら、ヨウツーの腰がごとく痛くなってきた頭をさすったのである。




--




 先日、隠し階段を発見し、第二階層への一番槍を果たしたギンであったが、本日の予定はそちらではない。

 第一階層をゆるりと巡回するような、そういった探索にするようヨウツーの予定表には指示が記されていた。

 ギンとしては、リビングメイルなど金になる魔物が生息していた上、未探索の玄室が数多く存在した第二階層へ行きたいのだが……。

 ヨウツーの命とあれば仕方ないし、そもそも、初心者が生き残れるような階層ではないだろう。

 それにしても、だ。


「ベニー、そっちに行ったよ!」


「分かって……るっ!」


「ちょっと、ちょっと、二人共やみくもに武器を振り回しすぎ!

 あたしに当たっちゃうってば!」


 ここ竜迷宮の固有種である魔物――ドルゴブリン。

 通常のゴブリンに竜の因子をかけ合わせたのだろう魔物と戦う様を見て、あらためて思う。


(よ……弱すぎる!)


 一行は入り口にあたる広大な回廊を抜け、枝分かれした迷宮部に足を踏み入れており……。

 本日、最初に遭遇したのが五匹ばかりのドルゴブリンだった。

 ギンからすれば、大根を切るよりも容易い相手である。

 事実、遭遇したその瞬間に相手の中へ踊り込み、四匹は即座に忍者刀で斬り捨てた。


 そして、最後の一匹のみは新米三人に経験を積ませるべく、あえて殺さず捨て置いたのだ。


「この竜迷宮においては、最も弱い魔物です。

 見た目はドラゴンの特質を備えていますが、本当に見た目だけで、火を吐くこともなければ、力が強いわけでもありません。

 その大きさをした獣が襲いかかってきていると思えば、間違いはないでしょう。

 では、三人で戦ってみてください」


 と言い、自分は飼いのごとく静観に徹したのだが……。

 まあ、時間のかかること、かかること。

 たっぷり五百は数えられるくらいの時間を戦っているというのに、一向に仕留められる気配がない。


(そもそも、どうして三対一だというのに、全員で正面から戦おうとするのか……)


 ギンからすれば論外なのが、それぞれの立ち位置である。

 この迷宮を構成する通路は、三メートルほどの横幅があり……。

 敵と戦いながら立ち位置を入れ替える余地は、十分に存在した。

 にも関わらず、それぞれ横並びとなりながら、腰の入っていない斬撃を繰り返しているのだから、ギンにはこれが、冒険者の戦いではなく、幼児の遊戯めいて感じられてしまう。


(せめて、横に並んだ時は斬撃ではなく、刺突を心がけて欲しいですね……)


 ただ、一応は牽制としての効果を発揮しているのか、ドルゴブリン側も攻めあぐねているようであり……。

 何とも言えぬ泥仕合いが、その後も続いたのである。


 だが、いかなる膠着状態も、いずれは崩れさるもの……。

 今回の場合、それは、アイサが振った一撃で起こった。


「――ギイッ!?」


 甲高い悲鳴を上げながら、ドルゴブリンが後ずさる。

 切り裂かれた左腕からは血が流れており、それなりの痛痒を与えているのは明らかだ。


「当たった!?」


 自分でやったというのに、アイサが驚いて動きを止めた中……。


「今よ!」


 続く攻め手を放とうとしたのが、ベニーであった。


「――ガアッ!」


「――うっ!?」


 しかし、頂けないのは、いよいよ必死さを増したドルゴブリンの雄叫びに怯んでしまったことだろう。

 この程度の威嚇に怯えて、どうするというのか……。


「――もらいっ!」


 そんな友人たちを尻目に、果敢にドルゴブリンへ突っ込んだのがクレアである。

 腰だめに小剣を構えての、突進……。

 技術も何も無いが、避けづらい攻撃であり、事実、それはドルゴブリンの胸に深々と突き刺さった。


「――ガッ!?」


 小剣を突き立てられると共へ押し倒されたドルゴブリンが、短い断末魔を上げる。


「やったー! 倒した!

 ね? 先輩! やりましたよ!」


 そんな魔物の死体へ馬乗りとなりながら、クレアがこちらを見やった。

 確かに、倒したが……。


(もし、噛みつかれたり爪を立てられたりしたら、どうするつもりだったんでしょうか。

 冒険者の戦いは、その時に勝利さえすればいいというものでは、ないのですが……)


 つまるところ、この三人は、それぞれ戦い方に難点を抱えており……。

 課題だらけというか、課題しか存在しない有様なのである。


「……これは、今までで一番大変な仕事かもしれません」


 三人に聞こえないよう、ギンは小さくつぶやくのであった。

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