忍者と新人たち その1
「ふうむ……。
自分でやると言い出したことだが、何だ……。
なかなかどうして、大変な作業だな。こいつは」
ヨウツーの酒場は、リプトルの冒険者ギルドと一体化した造りとなっており……。
この朝、彼が座っていたのは、ギルド内に存在する事務所の椅子であった。
固い木の椅子には、自作した腰痛対策クッションが敷かれてあり、長時間の机仕事を見据えていることが伺える。
そんな彼が、腕組みしながら見据えているもの……。
それは、羊皮紙にずらりと書かれた日付けであり、その上へ並べられた小さな木の札であった。
札には、それぞれ名前が書かれており、これは、このギルドへ登録している冒険者の名前であることが分かる。
「やるって決めたことなんだろう?
なら、やり遂げなきゃさ」
そんな彼に、対面からほほ笑みかけたのが、赤髪を結い上げたスゴ味のある美女……。
かつては迷宮都市ロンダルの冒険者ギルドマスターであり、現在はここリプトルでやはり冒険者ギルドの長を務めるアンネだ。
「ちっ……。
良い案っていうのは、思い付く時は一瞬だが、実行に移すとなると、何かと面倒があっていけねえ」
「でも、苦労するだけの価値はあるだろう?
あんたから構想を聞かされた時は、あたしもこれはいいと思ったもんさ。
登録冒険者たちの、予定表を作るっていうのはさ」
アンネが言った通り……。
ヨウツーが新たな試みとして挑んでいるのは、冒険者たちをいかようなパーティーとして組ませ、また、何日から何日までの間、迷宮内のどの辺りを探索してくるかという予定が記された表作りである。
何故、こんなものを作ろうと思い立ったのか……。
それは……。
「もちろん、未知の遺跡を探索しようというんだ。
予定通りになんて、そうそういくわけがない。
だが、こうやって個々人の探索目標や取り組んでいる依頼を表にしておけば、明らかに帰還が遅れている時なんかは、捜索隊を出す余裕が生まれる。
迷宮都市の時は、大昔からの慣例で、それぞれが自分の意思で潜っていたからな。
最近見なかったと思ったら、迷宮内で骨になってたっていうのは、よくある死に様だ。
この取り組みを成功させれば、そういった人的損害は最小限に減らすことができる。
また、取り組むなら、ギルドとして始動し始めた今を置いて他にない。
間を置けば、どうせ連中は、申請出したりするのが億劫になるだろうからな。
初期からルールとして定着させるのが最上だ。
が、実際に組み上げるのは、なかなか骨が折れる」
「最初から固定のパーティーとして固まってる奴らはともかくとして、空いてる日を指定しておくから、こっちの方で探索範囲やパーティーを決めといてくれって奴らも多いからね。
とはいえ、それを委ねられるんだから、信頼されてるじゃないか?」
「ぬかせ。どうせ、考えるのが面倒だっただけだろうよ。
そして、とりわけ厄介なのが、こいつらだ」
ヨウツーは、名前が書かれた木札の内、何枚かにコツコツと指を打つ。
それらが特徴的なのは、ただ名前が書かれているだけではなく、ヒヨコを模した判が押されているということ……。
これは何も、茶目っ気でそのようにしているわけではない。
その意味するところは、ヒヨコという小動物から連想される通り……。
「……ここに登録したばかりの新米たちを、誰と組ませるか。
これは、迷宮都市時代にも散々頭を悩ませられた問題だが、やはり、この地でも難題だ」
「いよいよ竜迷宮の噂も広まって、食い詰めて冒険者を目指すなら、税の高い迷宮都市よりこの開拓村だってことになってるらしいからね。
あたしとしては、悪いことじゃない。
将来の戦力が増えるのは、いいことさ」
「戦力になるのは、きちんと生き残って、冒険者に必要な技術と経験を身に付けられた場合だがな。
下手なやつ……それこそアランなんかと組ませて、妙な突撃癖が付いたりしたら、目も当てられん」
「ああ……。
やっこさん、罠はハマって踏み潰すってタチだからね。
とてもじゃないけど、新人の教育は任せられないか」
「そういうことだ。
それぞれの希望する日程は尊重しつつ、相性の良いだろう面子で組ませていかなきゃならん」
「新人の人となりは、おおよそ分かっているのかい?
ここへ着いてからは、金もないから用意しといた仮宿に共同で寝泊まりしているようだけど」
アンネが口にした仮宿というのは、リプトルの端へ建設した小屋のことだ。
造りは、簡素の一言。
かろうじて煮炊きをすることが可能なかまどを備えられている以外は、五、六人が寝転がれる板敷きの間があるだけという構造である。
今、リプトルの端部には、こういった建物がいくつも連なっていた。
それというのも、絶賛開拓中である開拓村の都合上、宿屋が存在しないからだ。
通常、出立ての冒険者というものは安宿にでも泊まるものだが、そもそもここに宿はない。
そのため、寝泊まりはこの仮宿で行ってもらい、対価はわずかばかりの金銭か、あるいは労働奉仕で支払ってもらっているのである。
――木賃宿にちょっと似ていますね。
とは、獣人忍者ギンの言葉であり、世の中、似たようなことを考える者は多いということだろう。
「今のところ、入ってきた連中は穏やかなもんだ。
もちろん、多少の血気ってやつは持っている。
だが、知らない者同士で寝泊まりしてるっていうのに、大きな喧嘩をしている様子はないな。
せいぜい、誰々のいびきがうるさいとかで言い合いをするくらいか」
「じゃあ、いつものやつはやらないで済みそうってことかい?」
ここでアンネが言ったいつものやつというのは、第二公子ハイツに行ったのと同様の儀式だ。
ヨウツーは迷宮都市に在籍していた戦士時代、血気にばかりはやっている若者にあえて喧嘩を売ってくるよう誘導し、実力の足りなさを分からせていたのであった。
「まあ、今の俺は酒場の主で、前とは立場が違う。
やらないで済むなら、それに越したことはないさ――腰が痛いし。
どうも、連中は誰かに突っかかるよりも、早く身を立てて、先輩の冒険者がそうしているように、きちんとした自分の家を持ちたいって思ってるようだ」
「蓄えがあった連中は、ちゃんと自分の住まいを用意してもらってるからね。
そうでないのは、シグルーンの所で暮らしているレフィくらいか」
アンネが言った通り……。
初期段階でこそ、全員で野営をしていたような冒険者たちであるが、現在ではそれぞれ自分の住まいを手に入れている。
そうでないのは、宵越しの金を持たないレフィくらいで、彼女はシグルーンの所に転がり込んでいた。
シグルーンの方は迷宮探索で家を空けていることが多いため、今では、どちらが家の主か分からないくらい――レフィが散らかしているという。
「ま、そんなわけで、俺が前途ある若者にしてやれるのは、面倒見の良いやつに付けて、経験を積ませてやることくらいなわけだ」
言いながら、ヨウツーは冒険者の名前が書かれた札をそれぞれ組み合わせては、日付けの書かれた羊皮紙へ並べていく。
――前衛志願の奴らは、ハロルドとハーキンに任せよう。
――弓が得意という奴らは、オウカーに付いて行かせるか。
――問題は、少数の女の子たちだが……まずはジニーに面倒を見させよう。
――ギンは駄目だな。あいつは人を減点法で見る。
ところで、予定表作りというのは、恐ろしく難解なパズルのごとき作業だ。
例えば、今でない時……ここでない場所……。
アルバイトという身分の者たちに関する予定を組んでいる人間へ、急な日程変更を告げたら、顔は笑っていても心は憤怒というくらいにである。
そして、人間というものは完璧ではなく、それはヨウツーとて同様だ。
「よし、これで……完成だ!」
そう言って、彼が満足げにうなずいた時……。
自身は気づいていないが、ギンの名札へヒヨコ印の押された名札が三つばかりくっ付いていた。
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