プトルマイフレンド その7

 何か知らんが、小竜の幼体が急に喋り出す……。

 あまりといえば、あまりにトンチキな展開を前にして、この場に集った全員が唖然としていたが……。


「あー……その……アルフリード・フォン・アンベルクだっけ?

 何で喋れるんだ? あと、どう考えても意思の疎通が出来てるよな? これ」


 いち早く硬直から抜け出し、アルフリード・フォン・アンベルクに話しかけたのが、ヨウツーであった。


「はい、僕の名前はアルフリード・フォン・アンベルクです。

 レフィママが付けてくれた大事な名前ですが、いちいちフルで呼ぶと話しづらくて仕方ないと思いますので、どうか気さくにアルフと呼んでください」


 大きな瞳を深い知性で輝かせながら、アルフリード・フォン・アンベルク――もとい、アルフが告げる。

 この聡明さといい、他者への気遣いといい、明らかに飼い主であるレフィよりも頭が良い。


「そうか、ならアルフと呼ばせてもらうが……。

 それで、どうしてお前は喋れてるんだ? 明らかに種の限界を超えていると思うんだが……」


 ヨウツーの問いかけに答えたのは、アルフ本竜ではない。

 その傍らで、絶叫したまま固まっていたレフィであった。


「そんなの、決まってるじゃない!

 やっぱり、プトルと人類は分かり合える存在なのよ!

 これからは、エルフ、ヒューム、ドワーフ、獣人に続く新たな種として共に手を携えていくべきなんだわ!」


「ややこしくなるので、ママは黙っていて下さい」


「あ、はい」


 アルフに一喝されて、レフィが黙り込む。

 口を開けば事態をややこしくしかしない相手に対する、この塩対応……。

 やはり、この小竜――賢い!


「それで、話せるようになった理由なのですが……。

 実のところ、ボクにもよく分かりません。

 ただ、あの時……。

 ママが放った恐るべき魔術を、ぎりぎりの安全圏で見たその時から、脳が開けたというか、視界が広がったというか……。

 そのような感じがしたのを覚えています。

 言葉そのものは、ママが色々と話してくれるので、それで覚えました」


 スラスラと語る小竜を前に、一同はどう反応したものかと迷っていたが……。


「先生。

 一体、この子に何が起こったのか、予想できますか?」


 とりあえず、分からないことは年配者に聞いてみようとばかりに、ギンが尋ねてくる。


「いや、そんなこと言われても、俺にだって人生初の事態だからな……。

 というか、人類史初の事態という気がする。

 だが、多少の推測はすることができる」


 全力で頭を回転させたヨウツーが導き出したのは、ある一つの仮説であった。


「そもそも、アルフたちドルン平原の竜種は、おそらく古代人がドラゴンから採取した肉片などを基に生み出した人工の魔物……。

 錬金術でいうところの、ホムンクルスに近い存在だと考えられる。

 それはつまり、竜の因子をわずかながら受け継いでいるということ……。

 種類によるし、中にはパテント王国を襲ったバカな個体もいるが、ドラゴンというのは人間以上の知性を備えた存在も多く、それによる逸話も数多く残されている。

 その知性が、表出したんじゃないかな……と……頑張ってひねり出せるのが、こんなところだ」


「知性が表出したって、何が原因でだよ?」


 アランの言葉で、さらに脳を回転させる。

 何かこう、脳という部位に秘められた機能の内、今まで引き出したことがないものを使っているのが感じられた。


「そりゃ、まあ……あれだよ。

 死の恐怖とか。

 俺たち冒険者だって、九死に一生を乗り越えて人生観変わる奴は多いだろ?」


「おそらく、それで間違いないと思います」


 心なしかキリリとした表情になったアルフが、自分の説を肯定してくれる。

 ……何だろう。トカゲの表情とかが分かり始めてきた自分に、軽いめまいを覚えた。


「ママが使っていた魔術は、目の前で起きた現象以上にボクの世界を破壊し尽くしました。

 変わらなければ死ぬだけだと、今になって思えば、そんな感覚を抱いた気がします」


「言ってしまえば、第二形態みたいなものかもしれないな。

 ほら、ロンダルの迷宮にもいただろ? 追い詰められると姿を変える階層守護者。

 前にも言った通り、ここドルンは平原そのものが迷宮の第一階層みたいな存在だ。

 そこの番犬として、最初からある程度の拡張性を持って生み出されたのが、プトルという種族なのかもしれない。

 もちろん、通常はそこに鍵をかけられているわけだが、間近で見たレフィの魔術が凄すぎて、それも弾け飛んだんだろう」


 自分で言ってて、何だかすごく説得力がある説のように思えてくる。

 うん、都合が悪いことは全て、古代人の仕業ということにすればいいのだ。古代人は偉大だ。


「とにかく!

 これで、プトルには素晴らしい潜在力があると証明されたわ!

 やっぱり、根絶なんてするべきじゃないのよ!」


「う、うむ!

 何か話が飛んでいたが、そう思えるな!」


「そうですね。

 少なくとも、この子を殺すことは今更ありえないと思います」


 気を取り直した女性陣がそう言えば、確かに、アルフの扱いだけはうなずかざるを得ない。


「まあ、確かに会話までしちゃった相手を殺すとかは言えないが……。

 普通のプトルに関しちゃ、話は別だろう」


「別じゃないわ! 同じ可愛い生き物なの!」


 ムキーッとなりながら、尚も言い張るレフィ……。

 そんな彼女に、穏やかな眼差しを向けたのが他でもない……。

 アルフリード・フォン・アンベルクことアルフだ。


「いいえ、ボクと通常のプトルとは、もはや全く異なる生き物です。

 そして、先にも言いましたが、プトルと人間が共生していくことは、不可能です」


「何でそんなこと言うの!

 アルフリード・フォン・アンベルクは可愛いんだから、もっと自信を持っていいの!」


「そもそも、可愛いという尺度を持ち出すこと自体が、間違いなのです。

 いいですか? ボクも含めて、相手は肉食の獣であり、人を襲う存在です。

 まず、第一義として考えるべきは、そのことなんです」


「そんなこと……」


「あります。

 そして、そういった相手を保護しようと活動することは、それによって生じる被害を許容しろと、実際に害される人間へ言っているに等しい。

 それは、ママたちはいいでしょう。

 自衛の能力がありますし、いわば安全圏から好きに言っているだけです。

 ですが、そういった力を持たない人間が襲われ、食われた時、死んだ人間に対して『相手は可愛いんだから受け入れろ』と、そう言えますか?」


 ――な。


 ――何て説得力のある言葉なんだ。


 瞠目するヨウツーたちに対し、アルフが淡々と告げる。


「所詮、プトルと人間とは分かり合える存在ではありません。

 向こうは食う気で襲いかかってくるのですから、ママたちも全力でこれを滅ぼすしかないのです。

 妥協点としては、どこか保護区でも設けることですが、それさえも、よほど厳重に管理しない限り、増えすぎた個体が外に溢れ出て、定期的な被害をもたらすことでしょう」


 それにしても、保護区とかそういう発想をどこから得ているのだろうか……?

 ヨウツーの疑問はさておいて、アルフが結論に移った。


「ボクはこれから、森の奥深くで、どうにかやっていこうと思います。

 この村にあまり近い所で暮らすと、怯える人も多いでしょうから」


 ――うん、具体的に言うと俺が怖がっている。違う意味で。


 ヨウツーの意を汲んでか汲まずか、アルフが森の方へと顔を向ける。


「そんな! 行っちゃうの!?

 あなたは、ここで一緒に暮らせばいいじゃない!」


「母離れの時期、子離れの時期がきたのです。

 レフィママへの恩は忘れません。

 それはそれとして、一族郎党皆殺しにされた件も忘れません」


 ――あ、ですよね。


 納得するヨウツーたちに対し、アルフが天を仰ぎながら宣言した。


「ですから、ここでボクが離れることで、憎しみの連鎖を断ち切ろうと思います。

 どうか、お達者で」


 どこか悟りを開いたような顔付きで、アルフがのっしのっしと歩き始める。


「元気でね! アルフリード・フォン・アンベルク!」


「何か困ったことが起こったら、必ず相談に来るのだぞ!」


「変なものを食べないように、気を付けて下さいね!」


 プトル保護を謳っていた女性冒険者たちが、そんな彼の背に次々と声を投げかけた。

 感動の別れだ。

 そんな光景を見ながら、ヨウツーは一人、ある決断をしていたのである。


(うん……。

 今日は、記憶飛ぶまで酒を飲もう!)


 その後、彼はアランやハイツと共に、これを実行へ移した。

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