プトルマイフレンド その6

 一週間後……。

 ギンから「森の中で悲しい一人バーベキューをやってるだけでした」という報告を受けていたヨウツーだったが、どうにも不安を拭えない気持ちでいた。

 それというのも、だ。


「じゃあ、この後はあそこで」


「今日も楽しみね」


「ええ、たっぷり可愛がるとしましょう」


 などという会話が、一部の女性冒険者たちで交わされるようになっているのである。

 気になるのは、時折出てくる人名……。


 ――アルフリード・フォン・アンベルク。


 そのような名には、一切覚えのないヨウツーだ。

 名前の長ったらしさから考えれば、おそらく貴族か何かなのだと思うが……。

 新たに受け入れた開拓者や、出入りする商会の関係者など、徐々に人口を増やしつつあるリプトルにおいて、該当するような人物は存在しなかった。


 しかも、一連の話へ加わる冒険者たちは、ギンも含め、何故か日をまたいだ迷宮探索へ行かなくなっているのだから、これはもう気にしない方がおかしいといえるだろう。


「ギンのやつ……。

 ミイラ取りがミイラになったか」


 そんなことを考えるが、もはや、探りようというものがない。

 こういった任務に最も適切なのがギンであり、逆に言うなら、探りを警戒するのも得意なのが彼女だ。

 腰を庇いながらの尾行や潜入では、即座に気付かれることが予想された。


 ならば、もはや流れに任せる他はなく……。

 どうなるものかと戦々恐々としていたヨウツーだったが、ついにその時は訪れたのである。




--




 リプトル中央部の、井戸を備えた広場……。

 ヨウツーの店や講堂から見据えられる場所に集まっていたのは、多数の女性冒険者たちであった。

 先頭に立つのは、ギンとレフィ……。

 それから、いつの間にか加わっていたらしい聖騎士シグルーンである。

 目立ち過ぎるくらいに特徴的なのは、Sランク三人娘と並び、何故か幼体のプトルが立っているということだ。


「おいおい、こいつは何の騒ぎだ」


「何でプトルが……いや、いい。大体察した」


 昨晩たらふく酒を飲んだというのに、二日酔いの兆候すらないアランと共に、これを出迎える。

 広場には、第二公子ハイツなど、騒ぎを聞きつけた住人たちも続々と集結しつつあった。


 レフィたちに、言葉はない。

 ただ、十分に人が集まったのを見計らい、どこからともなく横断幕を取り出し、掲げたのである。

 そこに書かれている文字は……。


「プトルの駆除反対!」


「こんなに可愛い子たちを殺さないで下さい!」


「プトルだって生きているのだ! 人間と同じなのだ!」


 ……『プトルの狩猟断固反対!』だとか、『かわいいプトルを守る会』だとか、そういった文言なのであった。


「ピィー!」


「ほら! アルフリード・フォン・アンベルクもそう言っているわ!」


 最前列に立ったアホエルフ魔術師バカのレフィが、そう言って大平原な胸を張ってみせる。


「アルフ……お前ら、プトルの子供に名前付けて育ててやがったのか……」


 がっくりと肩を落とすヨウツーに代わって、あっけらかんと口を開いたのが戦士アランだ。


「駆除反対っつたってよお。

 そいつら、肉食だし人を襲うじゃねえか?」


「アランよ……。

 それは、人が彼らの生息圏に踏み入るからだ」


 厳かな声で答えたのは、シグルーンである。


「いわば、彼らが人を襲うのは正当防衛!

 自分たちの生息圏を守るため、過敏に反応しているに過ぎない。

 それに、この子を……アルフリード・フォン・アンベルクをよく見てみろ。

 ――かわいいではないか!

 こんなかわいい生き物の仲間を、お前は殺すべきだというのか?」


「いやあ、俺にはでかいトカゲとしか思えねえんだが……。

 というか、お前もその仲間を殺しまくってたじゃねえか?

 こう、スパスパと首を落として」


「心変わりした……。

 いや、改心したのだ!」


 ふんすと鼻息荒く、鎧越しでも分かる豊かな胸を張るシグルーンだ。


「あー……。

 そう……うん……。

 それで、ギンが向こうについた経緯は、何となく想像がつくが、どうしてお前まで……というか、何で他の連中まで加わってプトル保護に乗り出してるんだ?」


 そんな彼女に、ヨウツーは眉間を揉みほぐしながら尋ねた。


「布教したのよ!」


 聖騎士に代わって答えたのは、この厄介な状況を生み出したクソエルフである。


「見込みがありそうな子一人一人に、うちの子――アルフリード・フォン・アンベルクを会わせたの。

 餌やり体験、触れ合い体験とセットでね。

 皆、いちころだったわ!」


「ああ、俺もお前のこと、いちころにしたい気分だわ」


「やだ……それって告白?」


「いや、物理的な方向性だ」


 怒りを抑えながらも、アルフリード・フォン・アンベルクとやらへしゃがんで向かい合う。


「ピィー?」


 首を傾げながら、鳥のような声で鳴く様は……確かに、愛らしい。

 そもそも、人間というものは、よほど生態がかけ離れた相手でない限り、幼い生物には庇護欲を抱いてしまう生き物なのだ。

 そのことをよくよくわきまえているヨウツーは、無情な声で『かわいいプトルを守る会』に告げた。


「すぐに始末しなさい」


「何でよ!? 可愛いでしょ!?」


「あのなあ……可愛いとか可愛くないとかじゃないんだ。

 確かに、妙に大人しい個体だが、それでも肉食の魔物だ。

 しかも、人間と餌とを結び付けてしまっている。

 野生に帰ってくれるかは怪しいし、帰ったところで、受け入れる群れがあるとも思えん。

 なら、始末を付けてやるのがけじめであり、義務だ」


「待って下さい」


 正論という名の見えざる拳を打ち放つヨウツーに対し、待ったをかけたのがギンである。


「先生の仰ることはごもっともです。

 わたしも、最初はレフィさんに似たようなことを言いました。

 いいえ、この場にいる全員がそうです」


 彼女はしゃがみ込み、アルフリード・フォン・アンベルクの首を優しく撫でてやりながら、そう語った。

 そして、最後にこう結論付けたのだ。


「でも、可愛いじゃないですか?

 殺すなんて、可哀想ですよ」


「だから、可愛さの問題じゃないんだって……」


 完膚なきまでの感情論でゴリ押ししてくる相手に、どう説得したものかと心中頭を抱える。


「君たちの言い分は分かった。

 だが、僕たちが生存圏を広げていく上で、プトルの駆除は避けて通れない。

 そのアルフリード・フォン・アンベルクも含めて、プトルは根絶する以外にない」


 そんな中、勇気を出したのが第二公子ハイツだったが……。

 これは、火に油だった。


「どうしてそんな冷たいことを言うの!?」


「そうよ、同じ命だっていうのに!」


「こんなに可愛い生き物を、絶滅なんてさせちゃいけないわ!」


 黙っていたSランク以外の女性冒険者たちまで、やいのやいのと叫び始める。

 こうなると、もう手には負えず……。

 戸惑うヨウツーたちに向かって、レフィが勝ち誇るかのように宣言した。


「分かった!? 可愛いは正義!

 肉食だろうが何だろうが、可愛い生き物をみだりに殺しちゃいけないの!」


「いいえ、ボクはそう思いません」


 そんな彼女へ、アルフリード・フォン・アンベルクが、スラスラと反対意見を述べる。


「ほら! アルフリード・フォン・アンベルクだって『そうだ、そうだ』と言っているわ!」


「いいえ、言ってません。

 ボクたちと人間が近い距離で共生することは、不可能だと思います」


「ちょっと! アルフリード・フォン・アンベルク!

 今あなたのことを庇ってるのに、そんな言い方はないじゃない!」


 極めて理性的な眼差しを向ける幼小竜に対し、レフィが抗議した。

 抗議して、そして……。

 ようやく、沈黙するヨウツーたちと同様、事態の異常性に気付いたのである。

 そう……。


「キエアアアアアッ!? 喋ったあああああっ!?」


 ……このことであった。

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