プトルマイフレンド その2
いよいよ機能し始めた冒険者ギルドのホールと繋がっている酒場は、円形のテーブルがいくつも並んでおり……。
壁際にはビールの入った樽がいくつも並べられていて、腰の弱い店主に代わり、客たちがいつでも空になった樽と入れ替えられるよう配慮されている。
カウンターは、店主であるヨウツーが調理しながら店内を伺える構造となっており、背面の棚には、いかなる伝手を用いたのか、各地から集められた名酒がずらりと並べられていた。
カウンターの上には、ヨウツー自身がこしらえたホルダーへ、ワイングラスが逆さ吊りとなっており、これは、実用性よりも装飾性を重視したお遊びだ。
「はあ……落ち着く」
酒場が忙しくなる時間帯――昼以降に向けた仕込みを終えたヨウツーは、グラスを磨きながらそんなことをつぶやく。
彼に目線を注がれているのは、ザドント公国式のメイド服に身を包んだ冒険者ギルドの女子職員たちである。
酔漢と化した冒険者たちをあしらい、場合によっては、次なる冒険に向けて尻を蹴ってやるのも、ギルド職員に求められる資質……。
そのため、各地の冒険者ギルドにおいては、受け付け嬢に併設する酒場で接客をさせるというのが、半ば不文律と化しているのであった。
もっとも、男性職員に関しては、よほどのことがなければお呼びがかからないというのだから、ギルド側と冒険者側の本音が見え隠れしているといえるだろう。
(迷宮探索は、まあ……ぼちぼちってところだが、迷宮の規模を考えれば当然の話だ。
サイが歩むようにじっくりと、攻略が進められていくだろう。
そうすれば、迷宮から得られる収入も増えていく。
あれだけの規模を持つ墳墓だ。金に繋がらないわけがない)
気を抜いているとそんなことが脳裏をよぎってしまうのは、悲しい性か。
だが、半生を冒険者として過ごしてきて、思わず、引退したこの地でも冒険者たちを相手にしているのだ。
それもまた、当然のことであった。
(畑の方も順調だし、採集や釣りで得られる食料も豊富。
古代人が何か仕掛けをしたのか、ここドルン平原は冬場になっても気候が暖かだ。
料理屋を開くには、やはり好立地だったな)
だが、これは本来、公子に取り入って開拓団を鍛えてやりながら、数年がかりで辿り着くはずだった状況だ。
自分を慕い、急激に開拓を進めてくれた後輩たちには、やはり感謝しかない。
(肉の方も、狩猟で十分な成果が得られているな。
プトルの肉も十分に美味いが、やはり草食竜の味は上をいく。
ふふ……これは、俺の生み出していくレシピが新たな食文化の祖となるかもしれんぞ)
騒がしい乱入者がやって来たのは、引退冒険者らしく穏やかな時間を過ごしつつも、今後の展望へ心躍らせていた、その時のことである。
「ちょっとヨウツー!
どういうことよ!?」
(チッ……気が付いたか。
意外と早かったな)
そんなことは考えつつも、乱入者――レフィをすっとぼけた顔で迎えた。
「どういうこととは、何だ?
今日の仕事は終わりか?」
「ええ、そうよ!
今日のというか、今週の仕事はこれで終わりよ!
冷凍庫の中で氷雪魔術ぶっ放して、お肉が美味しい状態のまま冷凍できるようにしてね!
それがどういうことかって聞いてるの!」
――バン! バン!
……と、両手でカウンターをぶっ叩きながら問い詰めてくるレフィだ。
エルフである彼女の実年齢は聞いたことがないが、精神年齢は間違いなく幼児のそれであるに違いない。
「いいことじゃないか。
生活していくだけの給金は出ているだろう?
高度な技術を持つ人間が、正しく評価されて悠々自適な生活を送る。
世の中ってのは、そうじゃないといけねえよ」
「全然よくないわよ!
あたし冒険者よ! 冒・険・者!
こんな生活のどこに、冒険者要素があるっていうのよ!?
答えて! ねえ答えて!」
(あるわけねえだろ、んなもん)
心中では明白な答えを返しつつも、さて、この迷惑娘をどう誘導したものかと考える。
だが、レフィはヨウツーの思考がまとまるよりも前に、早口でまくし立ててきたのだ。
「大体、迷宮へ出入り禁止になったのは……少しは、あたしにも非があるとして」
「いや、非はお前にしかねえよ。
何か知らんが、竜迷宮の魔物たち、炎系の術を見ただけで必要以上に怯えるようになっちまったらしいじゃねえか」
「いいことじゃない! 弱点が増えていいことじゃない!
――じゃなかった。
迷宮へ出入り禁止になって、それで、何で酒場の仕事からまで締め出されてるのよ!?
言ったじゃない! 二人で繁盛させていこうって、誓ったじゃない!」
その時、ヨウツーの脳裏に溢れ出さない……。
「いや、言ってねえし誓ってねえよ。
君たちも『キャー! そうなの!?』という顔でこっち見ないように」
床磨きの手を止めて、『キャー! そうなの!?』という顔をしていたギルド職員の娘たちに告げておく。
それから、大きな溜め息と共に理由を告げた。
「……130枚だ」
「は? 何が?」
きょとんととぼけてみせる……いや、こいつの場合は、完全に忘れているだけだろう。
脳筋戦士アランとはまた別ベクトルのアホに、あらためて説明する。
「お前が割った皿の枚数だ。
この俺が、こだわりを込めて仕入れた白磁器の皿な」
白磁の皿は、高級品だ。
仕入れるに当たっては、ここリプトルへ出入りしてくれるようになった商会へ無理を頼んでいるし、ヨウツーが蓄えてきた財産のかなりを放出していた。
それを押しても採用したのは、やはり、料理を盛り付けた際の見栄えが異なるからだ。
先日、パテントの姫君が料理の見栄えへ感心していた時には、そういう状況じゃないが心中で喝采を上げていたものである。
「ヨウツー、あたし思うの」
自慢の黒髪をさらりとかき上げながら、レフィが物憂げな表情となった。
美形揃いと言われるエルフなだけはあり、とっておきの美少女であるレフィがそうするのだから、何も知らない男ならばドキリとさせられるだろう。
もちろん、ヨウツーは何も知らない男じゃないので、一切ときめかなかった。
「きっと、長命のエルフだからこそね。
形あるものは、必ず壊れる。
むしろ、壊れた姿こそが真の完成形。
あたしはきっと、あの皿たちを真にあるべき形へ導いたんだわ」
「俺としては、お前が真にあるべき形へ導いた皿の代金を請求してもいいんだぞ?」
「やめて! それだけはやめて!
あたしはシグルーンたちと違って、宵越しの金は持ってないの! 瞬間瞬間を必死に生きてるの!」
実に見苦しい命乞いだ。
ヨウツーは腰ばかりか頭まで痛くなってるのを感じながら、バカエルフに宣告する。
「まあ、そういうわけで、これ以上皿を割られたらかなわんので、お前を酒場で使うことはできん。
いいじゃないか、冷凍魔術師。
新鮮な肉の輸送に役立つ尊い仕事だぞ」
「尊いとか関係ないの!
あたしは冒険したくて森を出てきたの!
やだやだやだ! 冒険させてくれなきゃやだ!」
とうとう、背面に五体投地して足をバタつかせ始めた。
ミニスカートを履いているレフィなのでパンツが丸見えだが、ちっとも嬉しくない。
果たして、このアホをどう扱うべきか……。
というか、迷宮都市でどうやって冒険させて、Sランクにまで上り詰めさせたんだっけ?
存在するはずなのに思い出せない記憶へ苦悩するヨウツーに、助け舟を出す者が一人……。
「そういうことなら、あんたに仕事を任せようじゃないか」
あまりに騒がしかったから、様子を見に来たのだろう。
ギルドマスターのアンネであった。
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