プトルマイフレンド その1

 ドルン平原に築かれた開拓村――リプトル。

 この地において、先日、待望をもって迎えられたのがヨウツーの酒場開店であったが、本日より営業し始めた施設もまた、熱烈な歓迎をされていた。

 その施設とは、他でもない……。

 冒険者ギルドである。


「喜びな! カード発行用の魔道具はあたしの自腹で持ち込んどいたから、今までと同じ内容で書き込んであげるよ!

 それと、あんたらはザネハ王国の籍も残っているけど、ここの冒険者ギルドは、あくまであちらと無関係な独立した組織だ。

 今後、身分が必要になった局面では、よく考えて名乗るようにしなよ!」


 迷宮都市ロンダルからこの地へ移り来た女傑――ギルドマスターアンネの言葉に、冒険者たちが大人しくうなずく。

 海千山千の冒険者たちが、こうも大人しく従うというのは、やはり、彼女の才覚であるに違いない。


「それじゃ、列を作りな!

 どんどん新しい冒険者カードを発行していくからね!

 ヨウツー! あんたもまだ朝なんだから、暇してるだろ!?

 向こうから職員を引き抜いてきたといっても、全員じゃないんだから、足りない分の手はあんたが補いなよ!」


「やれやれ、新天地気分も、昨日まででおしまいかね。

 こっから先は、迷宮都市と似たような役回りになりそうだ」


 アンネの言葉へ文句は言いつつも、顔には薄い笑みを浮かべて、ヨウツーが事務方のカウンターへ加わった。

 何しろ、アンネとヨウツーの付き合いは長い。

 人によっては、恋人同士なのではないかと邪推しているくらいだ。

 誰よりも長く助け合ってきた戦友同士、これからを共に過ごせることへ、思うところがあるのだろう。


「それと! 道中で舞い込んできた依頼を掲示板に貼り付けていくよ!

 といっても、事前にヨウツーが方々へ書状を放っていたから集まったもんだけどね!」


 ――おおっ!


 その言葉に……。

 冒険者たちが、色めき立つ。

 ここにいる多くは、ヨウツーへの恩返しとして開拓に加わった者たちだ。

 そもそもは、開拓がひと段落したら冒険者稼業に戻るつもりであったが……。

 まさかの迷宮発見により、この地へ踏み留まっている。

 それ以外の冒険者たちは、やはり迷宮発見の報を聞きつけて集った者たちであり、総括すると、皆が皆、新しく大規模な迷宮の出現に儲けの予感を覚えてここにいた。


 が、迷宮探索というのは、どこまでいっても水物……。

 しかも、ドルンの竜迷宮は第一階層がやたらと広く広大で、今現在は、あまり収入に繋がっていないのが実情だ。

 不足する現金収入を補うため……。

 冒険者ギルドに持ち込まれる依頼というのは、冒険者にとってなくてはならない収益源なのである。


 これまで、用意はされていたものの、何も貼られることがなかった木製の掲示板……。

 そこに次々と張り出されていく依頼書の前に、冒険者たちが人垣を作った。


「やっぱり、肉の納品依頼が中心になるな」


「まあ、ここドルン平原に関する依頼といえば、開拓が始まる前からそうだったし」


「ああ、草食性の小竜を食うのは、富裕層にとってはステータスみたいなもんだからな」


「てか、依頼主ってここの補給に駆けつけてくれた商会が多くね?

 だったら、さっさとオレらに声かければよかったんじゃねえか?」


「そこは、アンネさんに配慮したんだろうさ。

 ギルドを通して依頼する体制が出来上がってからの方が、あちらとしても安心だろうしな。

 どう考えてもこれ、継続的な依頼だろうし」


「なるほどなあ」


 そんな言葉を交わす者たちの多くは、弓などを得物とする者たち……。

 すなわち、迷宮探索などよりも、屋外での活動を得意とする冒険者たちである。


 竜迷宮が発見された後、彼らは半ば観光じみた気分で迷宮に潜る以外、厄怪な肉食性小竜であるプトルの排除や、平原そのものの生態調査に従事してきたが……。

 ついに、そういった地道な活動が日の目を見ることになったのであった。

 また、こういった種の冒険者たちにとっては、ギルドへ持ち込まれる魔物の駆除依頼などがより重要な収入源となるので、その顔は真剣そのものである。


「よっしゃ!

 この依頼は、オレらのパーティーが引き受けたぜ!」


「なら、こっちはこのワニ肉納品依頼だ。

 湿地帯の方は、もう庭みたいなもんだからな」


「っておい、お前は随分珍しい依頼を選んだんだな?

 石ころの採集かあ?」


「石ころではなく化石。

 採集ではなく、発掘です。

 まあ、僕はこういうのが性に合ってますので。

 ソロで気長にやりますよ」


 それぞれが、それぞれの方針に従い、依頼書を選んで剥ぎ取っていく。

 古代人の残した迷宮。

 ドルン平原という肥沃にして、未だ未開の大地に関する依頼。

 冒険者にとって必要な両輪が揃い、いよいよ動き出したのだ。




--




 さて、この開拓村へ、にわかに狩猟の依頼が舞い込み始めた。

 そうなると、重要な役割を担うのが、この日を見据えて建設されていた食肉処理場である。


「さあ、依頼の肉を運んできたぜ。

 しっかり絞めてはいるが、早いとこ冷凍処理を頼む」


 狩猟を得意とする冒険者たちが、そのようなことを言いながら次々と肉を運び込んでいく。

 彼らが現地で解体し、運び込んできた肉の特徴的なのは、何といってもその大きさだろう。

 とにかく――でかい。

 切り分けられたどの部位も、牛の三倍はあろうかという大きさなのだ。

 それはつまり、こうして解体される前――生きていた頃の獲物たちが、それだけの体躯を有しているということ……。


 ――草食竜キトラ。


 プトルが肉食性小竜の王だとするならば、こちらは草食性小竜の王と呼ぶべき魔物である。

 四足で地を踏み締めるその体は、巨体という表現がふさわしく、切り分けられた肉から察せられる通り、牛馬の三倍にも達した。

 背にはいかなる機能を持つのか、剣のごとき形状をした骨が連なって外部に突き出ており、尾の先端部には槌のごとき形状をした骨が、やはり外部へ飛び出している。


 気性は、温厚そのもの。

 他の動物がどうしているかよりも、眼前に生えている草を食べるのに忙しいという性分で、よほどの窮地に追い込まれない限り、自分から攻撃を仕掛けてくることはない。

 ただし、その窮地――外敵からの攻撃に晒された場合は話が別で、破城槌じみた威力を誇る尾による攻撃や、あるいは、体躯に任せた突進などは純粋に脅威であった。

 しかも、こやつらは群れを成して行動するのだから、これまで、狩猟が容易でなかったのは当然だろう。


 巨体で群れを成し、迎撃しようとするキトラたちを追い立てつつ、獲物の横取りを狙うプトルたちの追撃もかわさなければならない……。

 肉が美味なことで知られるキトラであるが、そういった狩猟の困難さから、今まで滅多に市場へは出回らなかったのである。


 ただし、現在は事情が異なった。

 Sランク四人組を始めとする冒険者たちの掃討作戦によって、障害の一つであるプトルがほぼ取り除かれているからだ。

 ならば、後は純粋にキトラをどう狩るか、狩った後の輸送をどうするかという話であり……。

 腕利きの狩人でもある冒険者たちによって、次々と肉が処理場へ運ばれているのであった。


 尚、需要のある食肉をもたらすキトラの狩猟が、ザドント公国から補給を打ち切られた際に俎上へ載せられなかったのは、肉が巨大なため、十分な後方の体制が必要不可欠だったからである。

 そもそも、そういった体制を整えるための補給が打ち切られており、食肉のみを目的としての支援は商会にとって魅力が薄かったため、考える意味もなかったというわけだ。


 さて……かように大きな肉を扱うための施設であるから、処理場はリプトルのどのような建物よりも大きい。

 ここに課せられた役割は、ひとえに持ち込まれた肉の冷凍であった。

 狩り場へ持ち込んだ馬車などから、次々と肉が処理場に運び込まれ……。

 魔術によって冷凍処理を施された後、依頼先へと運び出されていくのである。


 それなりの規模を持つ街ならば、同じように冷凍魔術を扱う魔術師の詰める拠点があるため、その後は、そういった場所を経由しながら依頼主の下へ届けられるのであった。


 ともあれ、まずは出発点であるリプトルでの冷凍処理がおざなりでは、話にならぬ。

 そのため、この施設は特に力を入れて建造されている。

 処理場内の冷凍庫は、ここだけはドルンの木材ではなく、持ち込まれた石材によって造られており……。

 もし不慮の事故で閉じ込められたならば、そのまま凍死するであろうこと請け合いの温度だ。


 そして、魔術による温度維持という最大の役割を任されている者は、ただ一人。

 他でもない……。

 Sランクのエルフ魔術師レフィであった。


「先生! お願いします!」


「ふふん! 任せておきなさい!」


 防寒着を着た所長に促され、レフィが自身の身長ほどもあるねじくれだった杖を構える。


「こんなもの、お茶の子さいさいよ!」


 すると、彼女の杖から氷雪の嵐が吹き荒れ、たちどころに冷凍庫内の温度を下げたのだ。

 今の冷凍庫内は、まるで――氷獄。

 おそらく、一週間くらいは冷凍庫としての機能を維持し続けるであろう。


「さすがは先生!」


「褒めて! もっと褒めて!

 あたしの魔術を褒め称えて!」


 所長におだてられ、気を良くしたレフィが自慢の黒髪をはらい、うっすい胸を張ってみせる。


「よ! 魔術の天才! エルフの秘蔵っ子!」


「ふふん! そうでしょう! そうでしょう!」


 実にイイ気になっているレフィだったが、続く言葉で大事なことを思い出した。


「いよっ! Sランクの冷凍魔術師!」


「そう! このあたしこそ、Sランクの冷凍魔術師!

 どんな生鮮食品でも、美味しさと滋養を保ったまま遠くの地へと……違うわあっ!」


 正気に返ったSランク冒険者は、杖を床に叩きつけたのである。

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