初恋のヒーロー その4

 リソナにとって、馬というのは他者が乗っているのを見るか、あるいは自分が乗った客車を引く動物であり……。

 その鞍へ座るというのは、これが初めての経験であった。


「思った以上に高いのですね……。

 少し、怖いです」


 今までにないくらい高い視界から地面を見下ろし、しかも、自分の意思が通じぬ動物に足元を委ねているのだから、これは多少の恐怖を覚える状況である。

 また、足を広げるというはしたなさが嫌で、またがるのではなく、横向きに座っているというのも、不安定さを冗長していた。


「慣れない内は、そのようなものです。

 何かあった時には私がお支えしますので、どうかゆるりとお楽しみ下さい」


 そう言いながら、自分と同じ鞍にまたがった戦士アランが、後ろからそっと肩に手をやってくる。

 そうされると、これも何かの技なのか……不思議と、姿勢が安定した。


「さあ、それでは参りましょう。

 この森を進んで行けば、発見された竜迷宮へと至ります」


「は、はい……」


 肩に置かれた手の力強さと体温が、恐怖心とは違う感情でリソナの鼓動を高鳴らせる。

 かくして、若き二人を乗せた白馬は、騎乗したパテントの騎士数名に周囲を固められながら、森に作られた道を歩き始めたのであった。




--




『乗馬術は、おおよその冒険者が備えている技術の一つです。

 とはいえ、どれだけ習熟しているかに関しては、個人差がありますが……。

 上手いものなどは、それこそ本職の騎士もかくやという乗りこなしを見せるものですよ。

 と、これはパテントの騎士殿方に囲まれながら言う話ではありませんでしたね』


 アラン一行から少し離れた位置で森に潜みながら、俺は手信号を用いギンに合図を送り続ける。

 ギンは樹上から樹上へ飛び移りつつ、アランの操作も続けており、幼くともSランクの地位へ上り詰めたスゴ腕の忍者であるという事実を感じさせた。

 と、そんなギンからの手信号だ。


『手筈通りなら、そろそろ、シグルーンさんたちが襲撃してきますね』


『ああ、まずは騎士たちを無力化してくるはずだから、上手いこと合わせてやってくれ』


 今回の作戦……。

 重要なのは、アランと結婚することのリスクを強調しつつ、それでいて、奴の強さを際立たせてやることだ。

 様々な相手から恨みを買っている自分と結婚すれば、パテント王国にいらぬ災いをもたらす……。

 それゆえ、御身と結ばれることはかなわないと、そんな感じの論調で攻めるのである。

 それでいて、奴の強さを見せつけてときめかせれば、悪感情は抱かせないまま、成就せぬ恋だったと諦めさせられる……と、思う。


 まあ、ぶっちゃけ、そうなってくれればいいなという希望的観測に基づく作戦なのだが、他に手が思い付かなかったんだからしょうがない。

 俺たちは冒険者だ。常に高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処することが求められるのであった。


 と、そこで気付く。


(――魔力の匂い)


 いや、だが、これは……。

 事前の打ち合わせでは、初手を眠りの魔術にしろと口を酸っぱくして伝えてある。

 だが、感じられた魔力は、あまりに刺々しく攻撃的……。

 しかも、明白な殺気が感じられており、あろうことか、姫君にまでそれが向けられているのだ。


『――先生!』


『――アランの操作を打ち切れ!』


 樹上のギンに、素早く指示を与えた。




--




「――危ねえっ!」


 戦士アランがそう言ってリソナを抱き抱え、馬上から身を投げるのと、恐るべき魔術の火球がいくつも襲いかかったのとは、ほぼ同時のことである。


「――うわっ!?」


「――ぐおっ!?」


 強力な魔術による――奇襲。

 これを受けて、反応できなかった護衛の騎士たちは、馬もろとも爆炎に包まれた。


「これは……。

 何が……」


 リソナが怪我一つ……どころか、痛みすらなく地上に降りれたのは、戦士アランがあらゆる衝撃を己の身で引き受けてくれたからだ。

 だが、他の者たちは――無惨。

 馬も人も大きな火傷を負っており、動くことすらできずに呻いているのである。


「――伏せてろ!」


 そう言いながら、戦士アランが自分の上へ覆いかぶさった。

 再度の、爆熱と衝撃……。

 だが、その全ては戦士アランの背によって防がれ、自分へ届くことがない。

 それはつまり、戦士アランが、恐るべき魔術の全てを受け止めてくれたということ……。


「――アラン様!」


「ちいっとばかり、火傷しただけだ。

 お姫様は、下がってな」


 そう言いながら、竜殺しの戦士が悠然と立ち上がる。

 なるほど、彼の来ている礼服は、背中から後ろ腰に当たるまでが焼け落ちており、巌のような筋肉が剥き出しとなっていた。

 しかし、その筋肉に浮かんでいるのは、本当に少しの……。

 例えば、子供がわずかな熱湯を手にかけてしまった時のような、かすかな火傷の跡……。

 邪悪な魔術は、着ている服を焼くことはできても、戦士の肉体に痛撃を与えることはかなわなかったのだ。


「――何もんだ!?」


 戦士アランが誰何すいかすると、茂みの中から一人の人物が姿を現す。

 右手には、いかにも邪悪なこしらえの杖を手にしており……。

 全身は、薄汚いローブに包まれている……。

 どう見ても、道を踏み外した――外道の魔術師である。


「クックック。

 さすがは噂に名高い戦士アラン。

 だが、我が魔術をまともに受けた以上、満足に動くことはかなうまい。

 パテントの姫君は、我ら邪教団が生贄として頂いていく」


 多分、向き合ってるせいで、ほぼノーダメージな背中が見えていないのだろう。

 邪教団の魔術師とやらが、聞いていないことまでペラペラと喋り出す。

 そして、手にした杖を戦士アランに向けたのだ。


「さあ! 貴様は消し炭となるがいい!

 むうううううん!」


 魔術師の杖から、特大の火球が生み出され、戦士アランに射出される。

 偉大な戦士は、これを――防がない。


「アランバリアー!」


 どころか、分厚い胸板によってこれを真正面から受け止めたのだ。

 ……いや、これは絶対にバリアーではないだろう。

 結果的に本人はやはりノーダメージだが、服の方はますます焼け落ちたようである。


「な……え……」


 普通、人間は火の球を受ければ死ぬ。

 その理に反し、一切の痛痒を感じさせず歩んでくる戦士アランに、邪教団の魔術師が呆気にとられた様子となった。


「な、ならばこれを受けるがいい!

 雷よ! おお! 雷よ!」


 魔術師が、なおも何か唱えようとしたが……。


「――アランパンチ!」


「へぶっ!?」


 それより先に、戦士の鉄拳が炸裂する!


「あーーーーーれーーーーーっ!?」


 恐るべき拳撃によって打ち出された魔術師は、遥か彼方へ消え去り、星となった。

 まるで、キラリ、という音が聞こえてきそうな……そんな一瞬の決着である。


「アラン様……」


 それにしても、竜殺しの英雄が見せた強さときたら……。

 しかも、守りが薄いところを狙ってきたのだろう邪悪な組織から、リソナを見事に守り抜いたのだ。

 戦士が、狙われた姫君の窮地を救う……。

 吟遊詩人の唄で語られそうな内容に、少女の初恋は、いよいよ燃え上がってきた。


 だが、そんな恋心よりも激しく、物理的に燃えているものがあったのである。

 他でもない……。


 ――戦士アランが着ている服だ!


 彼の服は、度重なる炎魔術の直撃により燃えてしまい、とうとう、大事な部分を守り抜いていた部分まで落ちてしまったのであった。

 しかも、間が悪く、彼はこちらへ振り向いてしまっている。


「――ぴっ!?」


 それにより、顕となったもの……。

 これを、どう形容するべきか。

 一つだけ確かなのは、竜殺しの戦士が備えしは――竜より竜!


 パテントの王女リソナは、恋に恋する乙女であり、どこまでもその妄想を膨らませてきている。

 その中には、結婚とそれによって生じる営みも含まれていたが……。


「あ、危ないところを助けて頂いてありがとうございます!

 こ、これによって分かりました!

 私ごときでは、到底アラン様を受け入れられない……じゃなかった、釣り合いが取れないのだということが!」


「ん……?

 おお……そうなのか?」


 そうなのだ。

 頭をかいた拍子にブルンブルンしているそれと自分では、絶対に釣り合いが取れないのだ。

 さっきから戦士アランの口調が変わっている気はするが、そんなもん、アランアランしているブルンブルンに比べれば些末な問題であった。


「じゃあ、この縁談はなしってことで」


「ええ! ええ!

 それがよろしゅうございます!」


 かくして……。

 戦士アランに舞い込んだ縁談は、パテント王国の悪感情を伴うことなくたち消えたのである。




--




 一方、その頃……。


「暇ね」


「暇だな」


「アランたち、いつになったら来るのかしら?」


「いや、そろそろだと思うのだが……」


 レオタード姿の邪悪な剣士とエルフ魔術師は、ずっとスタンバッていた。

 負傷した騎士たちの手当てなどで忙しかったヨウツーが、彼女らの存在を思い出したのは、日も暮れてからのことだという……。

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