初恋のヒーロー その3
なるほど、開拓されたばかり……というよりは、今現在も開拓を進めている村なだけのことはあり、リプトルと名付けられたこの地に建てられているのは、丸太を組み合わせた簡素かつ頑強な建物の数々である。
案内された食事処も、普段は多くの人間が集っている大衆的な店のようで、タペストリーなどで急場しのぎの飾り付けを施したのが伺えた。
だが、関係はない。
テーブルを挟んで座っているのは正装した戦士アランであり、彼の存在は、いかなる調度や楽団にも勝ってリソナの鼓動を高めるのだ。
それに、戦士アランの存在を抜きにしても、一点だけ手放しで褒めるべきものがある。
他でもない……。
「こちらは、何かの舌を使ったお料理でしょうか?
火の通し方も味付けも絶妙で、盛り付けも美しいです」
……二人の前に供された料理であった。
白磁の皿へ盛り付けられた肉料理は、立体感を強く意識した盛り付けが施されており、しかも、付け合わせの焼き野菜や柑橘類を用いたソースによって、色鮮やかに彩られているのだ。
「これは、ここドルン平原の沼地に生息するワニから得た舌を用いています。
殿下のご到着に合わせ、私自らが狩ってまいりました」
「まあ、私のためにアラン様自らが……。
それを聞くと、食べてしまうのがもったいなく感じられてしまいます。
アラン様は、いつもこのようなものを食べているのですか?」
「食べている、といえば食べています。
魔物や野生生物を狩って食するのは、冒険者の基本ですから。
ですが、このようにしっかりした料理として食べる機会は、そう多くありませんね」
リソナの言葉に、戦士アランが若干の間を置いてから言葉を返す。
いちいち間が必要となっているのは、自分を楽しませるためにはどのような言葉を選べばいいか、考えながら会話してくれているからに違いなく、その心遣いもリソナには嬉しかった。
「では、冒険の時はどのような調理を?」
「はは、やはり焚き火で焼くことが多いですが、場合によっては火さえ起こせない場合もあります。
あまり、姫君に話せるような内容ではありませんよ」
そんなことを言いながら、ウィンクをパチリ。
若干の茶目っ気を感じさせるそれは、ものの見事にリソナの心臓を貫く。
「まあ、やはり大変なお仕事なのですね」
「それでも、仲間と共にする食事というものは、心が弾むものです。
もっとも、こうしている今には及びませんが」
「まあ、お上手……」
その後も、穏やかに会話は進み……。
若き二人は、存分に食事を楽しんだのであった。
--
魔術というものは調理にも役立つものであり、特に、一国の王族へ料理を供する料理人は、魔術の習得が半ば必須となっている。
よって、俺自身もちょっとした炙り焼きを作るための火魔術や、ごく小さな空間を冷凍庫とするための魔方陣は習得しており、今は、デザートとして供するためのシャーベットを取り出していた。
取り出しつつ、店の中央部――今回の見合いに合わせ、テーブル席を一つだけ設置している――に視線を向ける。
いや、正確にはその天井部か。
『旅の食料で欠かせないのは、やはり葡萄酒ですね。
もちろん、酔い過ぎるほどに飲んだりはしませんが、いざという時に活力を得られるか否かは、生死に直結します』
店内各所へ散った姫君の護衛たちには見えないよう、手信号でそう伝えた。
「旅の食料で欠かせないのは、やはり葡萄酒ですね。
もちろん、酔い過ぎるほどに飲んだりはしませんが、いざという時に活力を得られるか否かは、生死に直結します」
すると、リソナ姫と食事中のアランが、一言一句同じ言葉を発したのである。
何故、そんなことができているのか……。
その秘密は、奴の全身から伸びている常人には見えないほど細い鋼糸にあった。
糸が伸びている先は――天井。
そこの梁では、完全に気配を消したギンが片手で張り付きながら、残った手で糸を操っていたのである。
これは、ギンが使う忍術の一つだ。
彼女はこの糸により、他者を自由自在に操ることができるのだ。
もっとも、相手がアランほどの戦士となると、本人が同意し身を任せねば不可能だけどな。
と、いうわけでだ。
現在……つーか、姫君を出迎えたその時から、アランはギンの操り人形と化し、俺の言葉を借りて喋っているのである。
どうして、こんな回りくどいことをして姫君の応対をしているのかといえば、そこには一つの理由があった。
そう……。
結局、特訓の甲斐なく、あいつは全然! これっぽっちも! まったく! 紳士としての立ち振る舞いも言葉遣いも覚えられなかったのである!
いやあ、こいつの物覚えが悪いことについて、完全に侮っていたぜ。
まさか、食器を手に取る手順すら覚えきれないとはな……。
派手にやらかすバカエルフのせいで陰に隠れてしまっていたが、こいつもこいつで、頭に詰まっておくべきものが欠落しているのであった。
ちなみに、バカエルフことレフィは別の役割があるため、配膳は公子が連れて来たメイドさんがやってくれている。
さあ……そろそろ、作戦発動だ。
「どうでしょう?
よろしければ、共に馬へ乗り、散策へ出ませんか?
実際の冒険というわけにはいきませんが、気分を味わうことができます」
「まあ、是非……」
俺の言葉を借りたアランが提案し、食後は乗馬を楽しむ流れとなった。
ここまでは、計画通り……。
あとは、シグルーンとレフィに期待しよう。
……レフィがちょっと不安だけど、シグルーンっが付いてるし、まあ、大丈夫だろう。
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「それで、あたしは護衛の騎士たちに眠りの魔術を使って、無力化すればいいのよね?」
「そうだ。
いいか? 眠りだぞ?
絶対に攻撃系の術を使うんじゃないぞ?」
リプトルの後背部に位置する森の中……。
変装し潜んだシグルーンは、同じく変装した姿のレフィへそう念を押した。
今、シグルーンはハイレグスーツに棘付きの肩パッド、深紅のマントというド派手な格好をしており……。
さらに、目元はマスクで隠しており、髪型もポニーテールに変えている。
しかも、腰に差しているのはいつもの聖剣でなく、禍々しい装飾を施された曲刀なので、今の彼女を見て、名高き聖騎士と気づく人間はいないだろう。
「分かってるわよ。そんなに何度も念を押さなくても。
……でも、本当にこんな作戦で上手くいくの?」
答えたレフィの格好もまた、大同小異。
相違点はといえば、やっぱり禍々しい装飾の杖を手にしていて、髪型はツインテールとなっていることだろう。
種族的特徴である長い耳だけは隠しようがないため、これに関しては開き直っていた。
いかにも邪悪そうなハイレグスーツの剣士と魔術師。
それが、今の二人である。
「我らがアランに恨みを抱く悪党へ扮し、騎士たちを無力化しつつ襲撃。
アランがこれを退けて、『自分には戦いの宿命があるから』といって縁談を断る。
案外、上手くいくと思うぞ。
我々高ランク冒険者が、妬みや恨みを向けられているのは本当のことだしな。
――特にお前だ」
「ええ!? 悪党へ変装してもこんなにカッコカワイイあたしが!?
またまたー、そんなことあるわけないじゃない?」
「お前、本気でそれを言ってるなら記念物になれるな……。
まあ、そんなわけで、作戦の要は、いかに我々が素早く護衛を無力化し、映えるように戦うかだ。
とはいえ、あっちはギンが影に潜みながら操っているから、上手くやってくれるだろう」
「そうね。アラン本人だと不安だけど」
「それだけは同感だ」
言葉を交わしながら、ハイレグ剣士とハイレグ魔術師は時を待つ。
ヨウツーの作戦通りなら、もうすぐ、馬に乗ったアラン一行がこの森へと散策にくるはずだった。
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