プトルマイフレンド その3
「本当に!? 本当に冒険させてくれるの!?
最近、ギンから露骨に軽蔑の目を向けられているあたしに、冒険させてくれるの!?」
「あんた、あんないい子からすら、そんな目で見られてるのかい……」
バタバタするのをやめ、パンツ丸出しで寝そべったまま見上げるレフィに、アンネが苦笑しながらつぶやく。
「あんたには丁度いい依頼さ。
いいかい、よくお聞き」
「うん、聞く。
アンネ、しゅき」
「もはや幼児か……」
床の上に正座し、ろれつの回らない言葉遣いとなったレフィを見て、ヨウツーがぼそりと漏らした。
そんな戦友の様子に苦笑いしながら、アンネが依頼内容を伝える。
「あんたに頼みたい仕事……。
それは、プトルの討伐さ」
「プトルの討伐?
でも、それって今も継続してやってるでしょ?
弓使いたちが中心になって」
レフィが首を傾げながら言った通り……。
肉食性小竜――プトルの討伐は、それこそ開拓団がドルン平原に入った時からの命題であった。
二君が並び立たないのは、何も人間同士だけでの話ではない。
魔物に対しても、この法則は適用される。
いや、交渉の余地がない分、その争いはより熾烈か……。
そもそも、本来生活圏ではなかったところに入植し、人類の版図としようとしているのだ。
元より生息していた魔物との激突は、必至であった。
しかも、これは今となって分かった事実だが……おそらく、ドルン平原の小竜種は古代人が番犬として生み出した存在なので、どちらが相手を滅ぼすかの生存戦争と化すのは、当然の理である。
だから、ヨウツーは当初から徹底してプトルは根絶すると決めており、冒険者たちに対しても、そのように動くよう指揮してきた。
結果、今では狩りの獲物を横取りされる心配がないくらい、かの肉食小竜は数を減らしているのだが……。
「それは、ドルン平原の中央から南部にかけて……つまり、ザドント公国側に関しての話さ。
そこから先、北方諸国方面に関しては手つかずだし、むしろあえてそっち側に奴らを追い立てているだろう?」
「そうなの? ヨウツー」
「うん、前にも説明した覚えがあるが……まあ、もう一回話そう」
聞かれたヨウツーは、おほんと咳払いしてプトル掃討作戦の現状について語り始める。
「どうして、そっち側に手を付けず、むしろ追い立てているかに関してだが……。
要するに、北方諸国に対する壁役だな。
俺たちが張り切ってプトルを根絶した結果、何の関係もない北方諸国が同じように入植者を送り込んできて、今度は人間同士の縄張り争いになってもつまらんだろう?
だから、あえてそっち側は野放しにして、従来通り容易に開拓できない状態を維持しているわけだ」
「ふうん……。
人間同士の小難しい勢力争いってわけ?
それで、どうしてあたしにまで討伐の依頼が回ってくるの?
いや、すごい暇だし頼まれればやって来るけど」
「あんたに頼みたいのは、残兵狩りみたいなちゃちな狩猟じゃない。
もっと大規模に、派手にやってほしいわけさ。
さっき話した、中央より北側のプトルに対してね」
アンネの言葉に……。
ヨウツーは、この開拓計画が次なる段階に進んだことを悟った。
「と、いうことは、例の件を本格的に進めるわけか?」
「その通り。
今回の依頼主は、ハイツ第二公子――ひいてはその背後にあるザドント公国であり、このリプトルを支援してくれている大商会たちだよ。
いよいよ、平原北部方面のプトルを排除していき、北方諸国との交易へ第一石を投じようってわけさ」
「そうなると、中継地点となる新たな入植地も必要となる。
本格的な街道を整備するための人夫もな。
その辺り、どうにかする算段が整ってきたわけか」
「ああ。
ザドント公国の判断は、自国だけでドルン平原の開拓をするのではなく、北方諸国側からの力も借りるというもののようだよ。
冒険者たちの食指は開拓よりも迷宮に傾いちまったし、いくら大商会たちの支援があっても、公国だけで進めるのには限界があるからね。
そもそも、いつかは北方との交易路を繋ぐつもりだったわけだし……。
多少、平原を切り取られることになっても、より利益は大きくなるという判断さ。
もっとも、ザネハのバカ王からの干渉が大きかった時には、そんな決断は出来なかっただろうけどね」
「流れて来た連中の話通り、迷宮都市は青息吐息か。
まあ、地道に体制を見直せばいいさ。
それでもなお、あそこには迷宮という強力な資源がある。
復権はそう難しいことじゃない」
「それを、あの王が判断できればいいんだがね」
「ちょっと! あたしを放置しないで! 放置して難しい話をしないで!」
大人の話を進めるヨウツーとアンネであったが、それに割り込んできたのがレフィだ。
と、いうより、本来自分の話だったのが置いてけぼりを食らったので、この反応は当然だといえるだろう。
「おっと、そうだったね。
まあ、要約すると、あんたには平原の中央部まで行って、集まっているプトルたちの群れへ、でかいのを撃ってきてほしいわけさ」
「本当!? 思いっきりやっていいの!?
隕石落としたりとか!」
「……できれば、後々の街道造りに影響しない魔術がいいんだけどね。
こう、氷の嵐とかで蹴散らしたりとか」
「氷は嫌! 最近、それしか使ってないから!
あたし、冷凍魔術師じゃないもん!」
ぷんすかと頬を膨らませながら、そっぽを向くレフィだ。
その後も、アンネとレフィは、なら風魔術でとか、派手なのがいいから炎! だのと言い合っていたが……。
(まあ、こいつもこいつで、身に付けた技を使えないのはストレスが溜まってたろうしな……。
腕を鈍らせても仕方がないし、いい機会だろう)
ヨウツーはそんなことを考えながら、グラス磨きに戻ったのである。
--
人間たちに追い立てられ、平原中央よりやや北部側へ集結しつつあるプトルたち……。
にわかに生息数の密度が増したことから餌不足に陥り、少し痩せてきている小竜たちの中心地に起きたのは、力の濃縮であった。
熱も、空気も、何もかもが小さく小さく圧縮されていき……。
極限まで小さくなったところで、一息に解放されたのだ。
そうすることで発生したのは――爆発。
いや、これは、爆裂と評するべきだろうか。
熱と衝撃を伴う圧倒的な破壊の奔流が吹き荒れ、瞬時に肉食小竜たちを消し去ったのである。
反撃どころか、反応する
極大魔術が放たれた後に残ったのは、草花が焼け切った剥き出しの大地のみであり……。
この魔術がもたらしたのは、いっそ、破壊というよりも消滅であったのかもしれなかった。
「フ……他愛ないわね」
自慢の黒髪をばさりとかき上げながら、レフィが告げる。
彼女の魔力には、まだまだ余裕があり……。
正しく力を使わせさえすれば、Sランク冒険者でも随一の使い手であるということを再認識させられた。
……まあ、正しく力を使えるシチュエーションが限定され過ぎているというのが、問題なのであるが。
「いやー、それにしてもスッキリするわね。
やっぱり、冷凍するための魔術とは別に、たまには全力の魔術をブッパしないと。
こう……週一くらいで!
習慣にしようかしら? 誰もいない場所ならいいわよね」
他に同行者もいないので、聞いている者のいない気楽な独り言を漏らす。
もし、ヨウツーなどが聞いていたなら、平原が荒れるから絶対にやめろと言っていたに違いない。
――ピー。
――ピー。
「……あら」
立ち去ろうとしたレフィが歩みを止めたのは、その長い耳が何かの鳴き声を拾ったからだ。
いかにも弱々しく……。
それでいて、助けを請うような鳴き声……。
小鳥を思わせる鳴き声は、たった今吹き飛ばした群れの跡地から、多少離れた地点の草むらで発されているようだった。
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