初恋のヒーロー その2

「それで、おれはパテントのお姫様に悪い気持ちを向けられないよう、気を付けて振る舞えばいいわけだな?」


「……その言葉遣いもどうにかしよう。

 まず、一人称は『私』だ。

 今のを翻訳すると、『では、私はパテントの姫君に悪感情を抱かせないよう、気を付けて振る舞えばいいわけですね?』となる。

 あとケツをかくな」


 数冊の本を頭に乗せたまま、ボリボリとケツをかくアランに、先は長そうだと思いながら告げる。


「まあ、ここは頑張ってもらうしかないわよね。

 パテントのお茶が飲めなくなるのは、あたしも嫌だし」


 いつの間にか茶を淹れていたレフィが、完膚なきまでの他人事風味で言った。


「そのクッキーやマフィンは、茶会の作法を教えるために焼いたものだからな? 全部食うんじゃないぞ?」


「それにしても、パテントのお姫さ……姫君は、どうしておれ……私ごときにムラムラした……されたのでしょうね?」


「一番肝心な部分がアウト過ぎる。

 それに関しては、ギンが調べてくれているが……」


「調べは付いています」


 声がしたのは、天井から。

 見上げれば、やや露出過度と思える忍び装束に身を包んだ銀髪の獣人娘が、天井の梁へとぶら下がっていた。

 東方から渡りきたSランクの忍者少女――ギンだ。


「さすが、早いな――ぐえっ」


「公子から情報がきて、アランさんの探索終了予定日まで三日もありましたから。

 それだけあれば、往復の情報収集は容易です」


 素早く階下に降り立ち、タックルじみた勢いで俺の腰に抱きついてきたギンが、キツネ耳をピコピコと揺らしながら答える。

 うん……そのスキンシップは、俺の年齢だと少し辛いものがあるな。主に腰がだ。


「それで、調べた感じはどうだった?」


「はい……あっ……あっ……。

 パテントでは、アランさんが竜の首を両断した逸話が民の間で広まってまして……あっ……あっ……。

 どうやら、お姫様は竜退治後の謁見で、アランさんに一目惚れしたらしいのですが……あっ……あっ……。

 民に流れる噂話を聞いて、ますますその想いが膨らんだようで……あっ……あっ……。

 ついには、お父君を説き伏せて、今回の話へ強引に漕ぎ着けたようです……あっ……あっ……」


 体を引き剥がし、頭を撫でてやると、ギンは気持ちよさそうに目をつぶりながら調べた情報を話した。

 まあ、おおよそは想像の通りだな。

 はい、撫でるの終わり。


「向こうへ行くついでに公子の親書も渡したら、早速旅立つ準備を整えていました。

 ゆるりとした馬車旅になると考えれば、二週間くらいでこちらに到着するかと」


「二週間、か。

 まあ、それだけあれば何とかなるだろ。

 それにしても、向こうからこっちに来るっていうのも意外だよな。

 普通は、こちらから出向くもんだと思うが」


「見聞を広めたいというお姫様本人の意向があるようです。

 どうも、あそこの王様は娘に甘いようですね」


「王子は二、三人いたが、王女は一人だけだったからな。

 唯一の娘となると、甘くもなるか」


 竜退治後の謁見を思い出す。

 あの時、腰をやっていた俺は、脂汗流しながら跪いていたものだが……。

 かの王は、まあ……あまり特徴的なものがない、平均的な為政者であったと思う。


「それで、お姫様自身はどんな人間なの?」


「完全な温室育ちという感じですね。

 最近では、寝る前にアランさんへの想いを詩にしたりしているようです。

 こっそり見てきましたが、彼女の中で、アランさんは白馬に乗った貴公子のような人物となっているようですよ」


「ギンよ。

 そういうのはよくないと、前にも言っただろ?」


「すいません。ちょっと気になっちゃって」


 ぺろりと舌を出しながら頭をさするギンだ。

 うん、可愛いけどごまかされないぞ。


「おれ……私が白馬かあ……ですか。

 馬なんて、乗ったことがないぜ……んですがね」


 うん、努力は伝わってくる。

 伝わってくるが、成果はいまいちだな。


「そもそも、最終的には断るつもりの縁談なんでしょ?

 それでいて、相手の機嫌を損ねない仕切りなんて、出来るの?」


「まあ、実際に会って、アランが相手を気に入ったなら、話は別なんだが……」


 レフィの疑問はもっともなので、ちらりとアランの方を見やった。

 だが、脳筋戦士の反応は今ひとつといったところである。


「勘弁してくれ。

 ああいや、こういう時は、ご容赦下さい、か?

 まあ、ちょっとだけ敬語はなしだ。

 おれには、王侯貴族の暮らしなんて合わないぜ。

 こうしている今も、筋トレがしたくてうずうずしてるんだ。スクワットとか」


「まあ、そうだろうな。

 あと、今の状態でスクワットすると、頭の本が射出されて天井ぶっ壊れるから勘弁してくれ」


 俺としては、アランもそろそろ身を固めていい年齢ではないかと思っていた。

 だが、そうするにしたって、夢見がちなお姫様相手ではないだろう。


「まあ、そこに関しては考えがある。

 恋に恋し過ぎて、ほとんど妄想の相手へ入れ込んでるお姫様には、効果てきめんなやつさ。

 だから、これも一つの筋トレだと思って、まずは礼儀作法の特訓だ」


「さすがに、これを筋トレだと思うのは無理があるが、まあ、ヨウツーさんや公子さんの顔を立てるためだ。

 やるだけやってみる……いや、最善を尽くしますだぜ」


「ま、その意気だ。

 頼むぜ。

 今回ばかりは、お前だけが頼りだ」


 と、いうわけで……。

 それから二週間、俺はアランに特訓をつけがてら、ハイツ公子とも打ち合わせして作戦と歓待の準備に取りかかったのである。




--




 馬車というものは、とかく乗り心地の悪い乗り物であり、それに揺られながらの二週間というのは、決して快適なものではなかった。

 ましてや、パテント王国の第一王女リソナは、生粋の温室育ちであり、これまでの人生において、国外へ出たことすらない。

 そんな彼女が、いまだ未整備なドルン平原のそれを含む旅路に耐えられたのは、ひとえに愛の力という他にないだろう。


「はじめまして。

 僕はこの開拓団を指揮するザドント公国の第二公子ハイツです。

 リソナ殿下におかれましては、遠路はるばるお越し頂き、恐縮しております」


 だから、目的の開拓村へ着くなり、騎士たちと共にハイツ公子が迎えてくれた時は、はしたなくも周囲を見回してしまったのだ。

 果たして、その人物は――。


(――いた!)


 何しろ、普通の大人より頭二つ分は抜き出ているかという高身長なので、すぐに見つけることができた。

 それにしても、だ。


(鎧姿の時も素敵だったけど、こうして礼服を着られている今の姿も、何て素敵なのかしら……)


 もはや、パテントにおいては、伝説の英雄として語られている男……。

 戦士アラン・ノーキンの姿は、リソナがこれまで思い描いていた空想のそれより、遥かに男前だったのである。


 荒々しく逆立っていた黒髪は、香油によって整えられ……。

 ものを知らぬ宮中の者たちが粗野だったと囁き合っていた顔には、いかにも気品のある微笑を浮かべている。

 礼服の着こなしも完璧で、知らない人間が見れば、冒険者などではなく生来の貴族だと誤解するだろう。


「ははは、僕などより、彼の方に目がいくのも無理はない。

 何しろ、彼こそがあなたの国を救った英雄ですからね」


 そう言ったザドントの公子が、彼に……戦士アランに目配せした。


「こうして、御身に直接ご挨拶するのは初めてとなります。

 ――アラン・ノーキンです。

 改めて、お見知りおきを」


 竜退治の英雄は、優雅な礼をリソナに見せたのである。

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