初恋のヒーロー その1

 戦士アラン・ノーキンといえば、漆黒の鎧が特徴的な筋骨隆々の大男だが……。

 今は、鎧の代わりに、開拓村へ定住した職人の力作――貴族がよく着る様式の礼服へと身を包んでいる。

 そして、その頭には、俺が適当に見繕った本を数冊乗せていた。


「なあ、ヨウツーさん。

 これって、どんな意味があるんだ?」


「姿勢の矯正だ。

 美しい立ち姿は、男を格好良く見せる基本だからな」


 店のホールで、とりあえず本を乗せたまま突っ立つアランに、そう解説してやる。


「馬子にも衣装って感じだけど、確かに、着られている感じが半端ないものねー」


 馬子にも衣装というなら、こいつとて負けたものではない。

 今はメイド服姿な黒髪エルフ――レフィが、モップにあご乗せしながら感想を漏らした。

 どうでもいいが、掃除をさぼらないでほしい。


「まあ、そこを見れるように鍛えてやるのが、今回の俺に課せられた使命ってわけだ」


 そう言いながら、頭を撫でる。

 生まれてこの方、力というものをろくに伝えてくれたことがない俺の小指だが、今日はいつにも増して脱力風味だ。

 何故、俺たちがこんなことをしているかというと……。




--




 この開拓村――リプトルへ最初に造ったのは、水を確保するための井戸であり、そこに併設された講堂だ。

 最初は、ただ全住民が集まるために用意されたこの建物だが……。

 ほぼ中心部に位置するという立地と、それなりの規模があることから、せっかくなので有効利用することが決まった。


 結果、二階から上が建て増しされ、ハイツ公子の執務室なども用意されたのである。

 公子自身が住むための邸宅も隣に建設中であることから、将来的には、そのまま取り込む形で役所として運用することになるかもしれない。


 で、そんな講堂以上役所未満な建物の二階……。

 応接間に通された俺は、ザドント公国から補充で寄越されたメイドさんに茶を出されながら、王子と向かい合っていた。


 ソファも机もなかなかの見事さで、これらは、支援を頼んだ各商会からの公子に対する贈り物である。

 いずれも大商会なだけのことはあり、入植したばかりの開拓村には似つかわしくない逸品だ。


 そんな空間で向き合いながら、公子と語り合う内容は一つ。

 そう……。


「縁談?

 アランにですか?」


 ……このことであった。


「ああ、いや。

 縁談というのは、言葉の綾だったな。

 先方としては、ただ会って話がしてみたいだけだそうだ」


 そう言いながら、公子が自分のカップへ口をつける。

 だが、言葉の綾といえど、縁談という単語を口に出したのだ。

 その先方とやらは、相当に乗り気であるに違いない。

 疑問なのは、そんな話がどうして公子経由で持ち込まれたのかということであった。


 高ランクの冒険者に、王侯貴族から縁談が舞い込む……。

 実は、このこと自体はそう珍しい話でもない。

 何しろ、Aランク以上の冒険者ともなれば、一人一人が一騎当千の強者であり、戦術級の活躍は十分に期待できる。

 そのため、戦力そのものとして……。

 あるいは、競走馬の血統作りめいた目的で、血を取り込もうとするのはままあることなのであった。


 だから、アランほどの強者にそういった話がくるのはむしろ当然であるし、事実、迷宮都市ではよくアラン宛の縁談申し込みが届いていたものである。

 ま、あいつは冒険者稼業の方が面白いからと、片端から断っていたけどな。


 そういうわけで、話そのものはおかしくないのだが……。

 だったら、直接本人に書状を送るなり、使者をやるなりすりゃいいのだ。

 別段、今はさすらいの旅に出ているわけでもないしな。


「それで、先方というのは……?」


 不可解といえば、もう一つ不可解なことがある。

 公子が本人ではなく、俺にまず相談していることだ。

 ははは、面倒臭そうな予感がするな。

 そして、俺が懸念した通り……。


「今飲んでる紅茶があるだろう。

 これを産出している国の第一王女だ」


 あの脳筋戦士に縁談を申し込んできたのは、バッチクソに面倒臭い相手なのであった。


「パテント、か……」


 ――パテント王国。


 ザドント公国の東部――公国の盟主であるザネハ王国的には北東部――に位置する王国である。

 あの国でも、いくつかの冒険をこなしたものであるが……。

 やはり、直近で印象深いのは、ドラゴン騒動であろう。


 あの国は、豊かな大地を抱えており、野生動物も豊富だ。

 それに目を付けた産卵期のメス竜が、王国を見据えられる山脈地帯に営巣してしまったのである。


 しかも、ただ巣を作っただけではなく、自分以外に餌――野生動物を狩り得る存在である人間の排除に乗り出したのだから、始末が悪い。

 かの赤竜は、定期的にパテントの王都を襲撃し、大きな被害が出ていたのであった。


 竜としてはかなり若くバカで無分別な個体であったが、そこは最強の魔獣。攻城兵器による迎撃なども、一切意味を成さない。

 なら何故、一息に王都が滅ぼされなかったのかというと、赤竜が獲物をいたぶる快楽に目覚めたからだ。


 ほんの少しずつ……じわじわと、街や民に被害を与えられていく日々。

 これに耐えかねたパテントの王は、迷宮都市ロンダルの冒険者ギルドに竜退治を依頼。

 手が空いていたアランを中心とした冒険者によって、討伐隊が組まれることとなったのである。


 俺もそれに加わっており……。

 いや、もうよそう。

 腰に致命打を負った思い出など、振り返りたくはない。


 それに、話を戻したい。

 どうして、パテントのお姫様がアランのバカに惚れると面倒なのか。重要なのはそこだ。

 その理由だが……。


 我ら開拓団を送り出したザドント公国は、パテントから茶葉を輸入している。

 というか、ザドント公国だけでなく、ザネハ王国の支配圏内で出回っている茶葉は、基本的にパテント産だ。


「茶を飲む文化は、今や王侯貴族のみならず、平民にも広く浸透しています。

 その供給を一手に担う相手の機嫌を、損ねたくないというわけですね?

 具体的には、とりあえず顔も合わせず断るような真似はさせず、ひとまず縁談だけでも受けさせろと?」


「まあ、ありていに言ってしまうと、そういうことになる。

 心苦しい頼みだが……」


 そう言った公子の顔が苦渋に歪んでいるのは、何も飲んでいる茶がしぶいからではあるまい。

 出会った当初は、自尊心ばかりが先に立つ若者だったが……。

 彼の根は善性であり、無理な頼みをするのが好きではあるまい。

 そして、むしろそういった相手こそ、俺は助けてやりたいと思う性分なのであった。


「人は感情で動く生き物……。

 向こうからすれば、アランのやつは危急存亡の危機へ陥れてきた竜にトドメを刺した英雄ですが、かといって、断ればどのように感情の針が揺れるかは分かりません。

 何しろ、相手は第一王女であり、当然ながら父君も了承の上でしょう。

 これを断られるということは、面子を損ねられたということですから。

 で、今のアランは単なる個人ではなく、ザドント公国の開拓団に属している。

 となれば、矛先が向かうのは――」


「まあ、うちの国ということになる。

 今の話に出てきた感情の針が、悪感情の方に揺れて茶葉の値に上乗せされてしまえば、影響は免れないな。

 最悪、取り引きを打ち切られる可能性もある。

 向こうからすれば、うちの国は小規模な取り引き先だから……」


「嗜好品を取り上げられた民の反応というのは、考えたくありませんな。

 歴史上には、酒を禁止するという馬鹿な触れを出した結果、散々な目に遭った王朝も存在します」


 たかが茶葉。されど茶葉だ。

 嗜好品や娯楽を取り上げられると、大衆というのは途端に凶暴化する生き物なのである。


「……よいでしょう。

 さすがに、縁談を受け入れるよう強要はできません。

 しかし、少なくとも会って……会わせた上で、あちらの機嫌は損ねない流れに持っていくよう尽力します」


「助かる」


 そう言って、ハイツ公子が俺ごときに頭を下げた。

 やれやれ……痛いのは腰だけで十分なんだがね。

 かくして、時は現在へと戻る。

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