聖騎士シグルーンの受難 後編
「それで、何だってんだ?
迷宮の謎を解き明かす鍵っていうのはよ!?」
ヨウツーの関心を引けたという事実へシグルーンが喜んでいる間に、そのような野次が飛んできた。
「おっほん!」
それで正気を取り戻し、軽く咳払いする。
「私は、あの迷宮内で小さな泉を見つけた!
そして、その泉に指を触れると……古代人が残したと思われる幻影が現れたのだ」
「ふうむ……」
「古代人の幻影か……」
続くシグルーンの言葉へ、特に強い関心を示したのが、知の探求を目的としている魔術師や、知識神に仕える神官たちだ。
金より知。
貪欲な知識欲から危険な冒険者稼業へ飛び込む者は、決して少なくないのであった。
「その話、詳しく知りたいな」
そして、そういったことに強い興味を示すのは、シグルーンの師もまた同じ。
いつの間にか客たちの輪へ加わっていたヨウツーは、そう言って話の先を促したのである。
「は、はい!
幻影はどこか落描きのような……竜を模したものでした。
そして、私に向かって何かを言ったのですが、残念ながら現代の言葉ではなかったため、その意味までは……」
「古代語でのメッセージか……」
「それは、ますます興味深い……」
「おいおい、こりゃ本当に今日の一等賞はシグルーンの嬢ちゃんか」
人間というものは、褒められれば嬉しくなる動物だ。
まして、根が純真な田舎娘であるシグルーンは、周囲の言葉へ単純に鼻高々となり、鎧越しでも分かる豊満な胸を張ってしまう。
「それで、幻の竜は何て言ってたんだ?」
「それはですね……」
ヨウツーの質問に対し、せっかくメモしていた紙を取り出さなかったのは、得意の絶頂となっていた心が働いた結果であるに違いない。
「ここで発表することもできますが、それでは味気ない!
何しろ、事実上初の迷宮探索における最大戦果です!
それに、実際の現場を見て得られる情報というものも多い。
ここはひとつ、先生も含めた全員で問題の泉に向かいませんか!?」
「おいおい、勿体つけやがるなあ」
戦士アランが肩をすくめてみせたが、それは、決して悪感情からくるものではなかった。
冒険者とは、好奇心を第二の糧とする生き物……。
そのようなものならば、是非、この目で見てみたいと誰もが思っていたのである。
「俺は引退してるんだが……。
しかし、確かに興味がある。
ようし! レフィを除く全員で行ってみるか!」
――おう!
「え?
いや、ちょっと!
あたしも連れてきなさいよ!」
魔力バカの抗議は、軽く受け流され……。
幻を発する泉の見学会が開催される運びとなった。
--
行きの際は、相応の時間を必要としたが……。
道順さえ分かってしまえば、かなりの時間を短縮できるというものである。
ましてや、集ったのは腕利きの冒険者ばかりだ。
迷宮第一階層の魔物たちをことごとく瞬殺し、シグルーンたちは件の泉へと辿り着いたのであった。
と、いっても、さすがに冒険者全員で押しかけたわけではない。
「ほう、これが問題の……。
確かに、魔力を感じるな。
術式はどうやって乗せているんだ?
水は澄んでいるが、底の方に魔法陣などは見当たらん」
「どのような仕掛けかも気になりますが、やはり、重要なのはそれでどんな幻が現れるかですよ」
「そうですね。
早速、見てみましょう」
何しろ、狭い通路の行き止まりにある泉なため、まずはヨウツーを始めとする識者たちが、五人ばかりで見てみることになったのだ。
ヨウツーは当然として、その他も、魔術師や知識神の神官として相応の実力を備えている。
しかも、内一名は腕利きの盗賊であるのだから、不測の事態に対する備えも万全であった。
「ああ! 何が見れるか、おれも楽しみだぜ!」
いや、約一名、戦士アランという名の戦力外もいたか……。
こいつに関しては、じゃんけん大会の結果、一番乗りの権利を得ただけである。
「あまり大声を出すな。腰だけじゃなく耳が痛くなるぜ。
それじゃ、シグルーン。頼むぞ」
「はい」
師に促され、泉ヘと触れた。
すると、昨日と同じように……極端に抽象化された竜の幻影が姿を現したのである。
『ゲンヂズブゾビダザンゼィバゴジガンンゴギシ』
幻影が発した言葉も、やはり一言一句同じだ。
「どうでしょう?」
シグルーンは、ヨウツーの方をうかがってみたが……。
「これは……竜信仰の壁画があったと聞いてからも思っていたが、やはり古代ギロング時代の言葉みたいだな」
「ええ、壁画の特徴などから考えても、強い影響を受けているか、あるいはこちらが源流であると考えていいでしょう」
「ならば、解読は不可能ではありません。
まずは、ギロング系遺跡に残されていた自律型ゴーレムの発した言葉などに照らし合わせてみましょう」
すでに、ヨウツーは知恵者たちと意見を交わし合っていた。
そして、導き出された解答は……。
「「「燕尾服を着たダンディなおじさんのお尻!?」」」
「……は?」
連なった単語の羅列へ猛烈に嫌な予感がし、背筋を震わせる。
「なあ、おい。
いきなり妙な言葉を口走って、どうしたんだ?」
一人ボケーッと突っ立っていたアランが、そう言って首を傾げた。
「いや、多分合っていると……思うんだけどな」
「ふむ……。
ここは一つ、僕も試してみましょう」
メガネをカチャリと鳴らした魔術師が、自分自身で泉に触れてみる。
すると、再びあの幻影が現れ、今度は違う言葉を発したのだ。
いわく。
『ブソバリソングバゲギゴベギレガベヂジンングバジ』
「あー……」
「これは……」
ヨウツーたちが、何やら非常に曖昧な笑みで互いを見つめ合った。
シグルーンは、とてもとても嫌な予感を抱きながらその様子に見入っていたが……。
「なあ、おい。
今度は、何て言ってんだ?」
ただ一人、何も悟っていないアランが、識者たちに尋ねる。
すると、魔術師はメガネを直しながらこう答えたのだ。
「『黒髪ロングな清楚系眼鏡美人のうなじ』と、幻影は言っています。
どうやら、これは僕の性癖について語っているようですね」
「あー、お前、飲みの時にもそんなこと言ってたもんなあ」
好きな性癖を暴かれたというのに、メガネ魔術師は冷静なものであった。
だが、シグルーンの方は気が気でない。
何となれば……。
「ん!?
と、いうことはあれだ。
こいつはつまり……」
「好きな性癖発表ドラゴンってところだな。
何で古代人、こんなアホな仕掛け残したんだろう?」
ヨウツーの言葉を受けて、アランが腕組みしながら考え込むようにする。
そして、はたと気が付いてからこう言ったのだ。
「なあにい!?
ってことは、シグルーンの性癖は『燕尾服を着たダンディなおじさんのお尻』ってことか!?
でもそれって、酒場やってる時のヨウツーさんだよな!?
お前、聖騎士のくせに、ヨウツーさんのケツへいやらしい目を向けてたのか!?」
「あ……あ……」
戦士アラン・ノーキンという男は、とにかく声がでかい。
今の叫び声は、おそらく、後方で待機している他の冒険者たちへも筒抜けであろう。
全員の視線が、一斉にヨウツーへと注がれる。
「あー……。
その……何だ……困る」
彼は、微妙な顔で尻を抑えていた。
「くっ……」
「『くっ……』?
どうした!? ヨウツーさんのケツが好きなシグルーン!?」
アランが、悪意のない――そして思慮もない大声を再び上げる。
だから、シグルーンは意を決したのだ。
「くっ――殺す!」
「うわっ!? 急に暴れんな!?」
「シグルーンさん、抑え――へぶっ!?」
聖剣の一撃をどうにかアランが大剣の柄で受け止め、巻き込まれた魔術師のメガネが割れる。
その後は、ドタバタだ。
騒動の後、シグルーンは冒険者たちから、新たな異名を付けられることになった。
――お尻好きの聖騎士。
……と。
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