頭痛編

聖騎士シグルーンの受難 前編

 ――ドルンの竜迷宮。


 新たに発見されたこの迷宮は、竜の頭部がごとき巨岩へ飲み込まれると同時に、恐ろしく広く、そして長大な回廊が姿を現す。

 これがどのくらいの広さなのかというと、大型の馬車が三、四台は易々とすれ違えるくらいだといえば、想像はつくだろう。


 恐るべきは、これだけの広さを持つ空間が、常に一定の明るさで保たれているという事実だ。

 入り口をくぐり抜けてしばらくもすると、魔法の明かりが一定間隔で天井に灯され、視界を確保するのである。


 そうして照らし出されると、どうやら、この迷宮が墳墓として建設されたらしいことが伺えた。

 両脇の壁面のみならず、床に至るまで細緻な彫刻が施されており、ある種族の歴史が描かれているのだ。

 これを見てみれば、どうやら迷宮を建造した種族は、人と竜の特徴を兼ね合わせたような姿であったか、あるいはそういった姿へ至ることに憧れていたと伺える。


 また、彼らはどうやら竜を信仰対象にすると共に、研究対象ともしていたらしく、ドルン平原に生息する魔物へ竜の特質が付与されていたのは、そうした歴史が関わっているらしかった。


 これらの壁画や彫刻は、探索よりもこちらを目当てとした冒険者たちが早速写しを作り始めており、完成したなら学者らの手へ委ねられる予定だ。

 どんなことに対しても儲けを見い出すのは、浅ましいといえば浅ましいが、歴史というものは、往々にしてその浅ましさが暴き出していくものなのだろう。


 そう、冒険者という生き物は、浅ましい。

 この迷宮を建造した古代人からすれば、浅ましい――盗掘者であった。


 ゆえに、回廊を百メートルほども進めば、盗掘者を迎撃すべく巣食わされている魔物が姿を現す。

 この第一層で、主にその役割を担わされているらしいのは――ゴブリンだ。


 ただし、一般に知られている最弱種がそのまま現れるわけではない。

 子供のような体躯と、やせ細った姿はそのままだが……。

 彼らは、肉食爬虫類のような頭部と、やはり肉食獣めいて鋭い爪を備えている。

 冒険者たちが特徴を並べていく内、自然と付いた名前は――ドルゴブリン。

 気性も荒く勇猛であり、墓所の第一層を守るには相応しい魔物であるといえた。


 ……余談だが、肉食獣の気質を付与されているためか、こやつらの姿勢はかなり前傾気味の猫背だ。

 そのため、パッと見たならば、地上の小竜よりもさらに小柄なそれが、群れを成して迎撃に出てきたようにも見え……。

 エルフ魔術師のレフィが、迷宮ごと崩壊させるくらいの勢いで大規模な爆発魔術を行使したのも擁護は……流石に難しいだろう。


「先日はお互いえらい目にあったが、今日は魔力バカを置いてきたのでその心配もなし!

 存分に、刃と爪を打ち合わせようぞ!」


 ――大丈夫だよな?


 ――またブッパしてこないよな?


 どことなく、そんな怯えと不安を感じさせるドルゴブリンたちに高らかと告げたのが、冒険者たちの先頭に立つ少女だ。


 上半身は、白銀の鎧に包まれており……。

 下は丈の短いミニスカート姿であるが、それが勇壮さのみではなく、可憐さをも感じさせていた。

 腰の辺りまで伸ばされた髪は、迷宮の魔力光を受けて黄金に輝いており……。

 猫科の幼獣を思わせる愛くるしい造作の顔は、不敵な笑みを浮かべている。


 ――聖騎士シグルーン。


 迷宮都市において、Sランクまで上り詰めていた聖騎士だ。


「さあ、かかってこい!」


 ――あのアホエルフいないよな?


 ――本当に大丈夫だよな?


 まだまだ不安を感じさせる迷宮の守護者たちに、シグルーンが抜き放った聖剣を向けた。


「かかってこないならば……」


 彼女の姿がかき消えたのは、聖剣がきらりと輝きを発したのと、同時のことだ。


「――こちらからいくぞ」


 少女が見せた踏み込みの、何と力強く俊敏なことか……。

 シグルーンは、一瞬で群れへ突入すると共に、間へ立っていたドルゴブリンたちの首をことごとくはねていたのである。

 ミスリル銀製の刃には、血の一滴すら滴っていない。

 何という――技の冴え。


「――――――ッ!」


 ――あ、普通にやっていいんすね。


 いよいよそれを悟ったドルゴブリンたちが、獣のごとき咆哮と共に襲いかかった。


「ふっ……。

 ――遅い!」


 対するシグルーンが浮かべるのは、余裕の笑み……。

 それが正しい自信の表れであったことは、ほどなく証明されたのである。




--




 回廊はどうやら、ただ真っ直ぐに伸びているだけではなく、下方へ緩やかに傾斜しているようであり……。

 この竜迷宮探索における記念すべき新記録――直線三百メートルほどへ達したならば、いくつにも枝分かれした通路が伸び始めた。


「じゃあ、オレたちは直進することにするわ」


「アタシらは左からで!」


「僕らは右の通路で」


 ここまではシグルーンを先頭に進んできた冒険者たちであるが、いよいよ遠足のごとき行軍は終わり、三々五々に分かれての本格的な探索となる。

 冒険者としての慣例に則り、多くの者は複数人でパーティーを組んで潜っていったが、ごく少数の者は単独での探索を選んでいた。


「ならば! 私はこっちだ!」


 シグルーンもそんな変わり者の一人で、一人でずんずんと迷宮の奥に踏み込んでいく。

 無論、シグルーンとて、迷宮都市でSランクにまで成り上がった冒険者だ。

 迷宮というものの奥深さはよくよく知っているし、その脅威へ対抗するためには、聖騎士としての能力だけでは不十分であることも承知していた。


 その上で、あえて単独行動を選んだのは、これがこの迷宮において、事実上初の冒険者による探索だからである。

 昨晩、ついに開店したヨウツーの酒場にて、剛毅にも店主がおごりで振る舞ってくれた酒を飲みながら、冒険者たちは次々と口にしたものだ。


 ――明日は、自分たちが最大の戦果を持ち帰る。


 ……と。

 重要なのは、明日、という形で期限が定められているところであった。

 迷宮都市の地下迷宮もそうであるが、広大な迷宮内を探索するならば、日帰りということは通常あり得ない。

 それをするのは、深い階層に立ち入る実力がない新人冒険者で、リプトルに集った腕利きたちならば、最低でも三日は探索行を続けるのが通例である。


 そこをあえて一日という区切りにしたことで、迷宮の例に倣うならば危険が少ないだろう第一階層で、誰が最大の成果を持ち帰るか競争しようという流れになったのだ。


 いってしまえば、これは一つのお祭りであった。

 新たな迷宮の発見を大いに祝い、余興として誰が一番運に恵まれているかを競おうというのである。


「余興の競争といえど、私は誰にも遅れを取らない。

 ことに、先生が発見したこの遺跡ではな」


 独り言を漏らしながら進んでいくと、いよいよ周囲の様相は迷宮に相応しい細い通路が入り組んだものとなった。

 こういう時、頼りになるのはヨウツーから手ほどきを受けたマッピングの技術だ。


「……ふむ、こんな感じか」


 頭の中で数えていた歩数を基に、羊皮紙へここまでの道順を書き出していく。

 道中、ドルゴブリンのみならず、スカルコボルトや自在に動く礫――グラベルイミテーターなど、他の迷宮でも見られる魔物が立ち塞がったが、そのことごとくを聖剣で切り倒した。

 固有種であるドルゴブリンにせよ、通常のゴブリンに毛が生えた程度の強さであり、どうやら、守護者として飼われている魔物の質はロンダルの大迷宮と同程度のようだ。


「やはり、魔物から得られる素材には期待できんな。

 何かしらの発見ができればいいのだが……」


 そのようなことをつぶやきながら、少しでも地図を充実させる作業に専念する。


「む……。

 これは……」


 行き止まりの小通路へ、いかにも怪しげな湧き水を見つけたのは、そうして三時間ばかりが過ぎた時のことであった。

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