(腰も頭もますます痛くなるだろうが)開店

 ドルン平原に築かれた最初の開拓村……大手商会による相次ぐ投資や次々と流入する冒険者の数から、遠からず町と呼ばれることになるだろうこの地には、リプトルという名が付けられた。

 そう名付けられた理由の一つは、元々、この地を制していた種である小竜種――プトルをほぼ根絶に追いやり、人間が新たな支配者となったことを示すためである。


 また、古代人の手によって生み出され、番犬の役割を担わされていた人造種の名前だけでも残してやろうという感傷のようなものも存在した。

 そもそも、冒険者たちの手によって熾烈な勢いで狩り立てられた彼らは、その肉でもって開拓団の食糧事情へ大いに貢献してくれたのだから、その名へちなむのは至極当然な流れであったといえるだろう。


 このリプトルへの入植が開始されて以来、戦士ヨウツーが果たした役割といえば、それは実に様々なものである。

 入植当初……まだ先人開拓者たちの痕跡があった頃は、大工の棟梁がごとき働きをすることが多かった。

 力自慢の冒険者たちに、撤去作業を割り振ると共に、魔術師たちへは木材を素早く乾燥させるための魔術を叩き込み、木材調達に回した者たちへも、いかにすれば粘りのある木材として切り倒せるか、木こりの心得を教えたのである。

 その上で、実際に住居を建てる際は先頭に立って手本を見せ続けたのだから、多芸さに誰もが舌を巻いたものだ。


 住環境が整い始めてからは、ザネハ王国の圧力へ対抗するため迷宮探索へ乗り出し……。

 ついに迷宮を発見し終えてからは、何通もの書状をしたためた。

 公子として英才教育を受けたハイツが感心するほど達筆な字で書かれたそれらを、適切な冒険者に託して送り出したのだ。

 書状の行き先は迷宮発見の報を聞いて乗り出してくるだろう大商会たちで、過去に何があったかは知らないが、どうもヨウツーはそういった商会の長たちと個人的な繋がりがあったようである。


 結果は、語るまでもない。

 各商会は二つ返事どころか、返事すら寄越さずヨウツーが希望した品々を送り込んできたのであった。

 ばかりか、基本的には根ざした地から動かない専門職の職人たちを口説き落として同行させてくれたのだから、リプトルの開発は弾みがついたものである。


 ……余談だが、この各商会に関する動きをザドント公国に知らせなかったのは、盟主であるザネハ王国からの圧力を恐れた公主が日和るのを懸念してのものだ。

 実際、一軍のごとく連なる商会連合の荷駄隊を見て公主はザネハ王国への反抗を決意したのだから、この判断は正解であったといえるだろう。


 商会の補給が届いてからは、いよいよ忙しさも増すことになる。

 まずは、各商会から派遣されてきた代表者たちとの連日に渡る折衝だ。

 これだけ大規模な支援をしてきたのだから、当然ながら、各商会は相応の見返りを期待していた。

 この場合におけるそれは、迷宮都市として発展していくだろうこのリプトルにおける各種の権益である。


 いずれも名だたる商会から派遣されただけのことはあり、代表者たちの弁舌が達者なことは、国家の外交官に匹敵するか勝るところがあった。

 彼ら相手に代表者であるハイツが競り負けないよう助けつつ、それでいて、彼の顔が立つように配慮しながら交渉の妙を教えるというのが、ヨウツーの果たした役割だ。

 何しろ、いかに優秀とはいえ、ハイツはまだ若い。

 しかも、公子といってもザネハ王国の支配圏では田舎に位置する公国の生まれであるのだから、放っておけばリプトルは商会たちの傀儡都市となってしまっただろう。

 これは、商会たちが悪辣なのではなく、利益を追求する商人ならば当たり前の行動であった。


 頭が痛いばかりか、座りっぱなしのため腰も痛くなる日々を過ごした先にあったのが、最後の大仕事だ。

 いや、これを仕事と表現するのは、少しばかりの語弊があるか……。

 ヨウツーにとって、それは、最後の……そして最大の冒険と呼ぶべき作業だったのである。


 と、いっても、それほど大したことをしたわけではない。

 それは、商売が盛んな地で過ごした者ならば、誰もが一度は考えるであろう夢想……。

 すなわち、自分が店を持つならば、どのようなものにするか――これを形にする作業だ。

 店を住まいにすると心に誓っているため、開拓者や冒険者が建てた家に毎夜泊めてもらいながら、その構想を語り明かす。

 時には、絵筆を取って、絵画という形でこれを具現化することもあった。


 そうやって、この地に根差す者たちの意見も汲み取りながら設計し、施工した店が……今日、ついに開業する。

 竜迷宮に築いていた関所が完成し、ついでにレフィの暴走により破壊された迷宮が自己修復するだろう前日へ合わせたのは、ある必然があってのことだ。

 何故なら、この店は……。


「結局、ロンダルの冒険者ギルドそっくりそのままな店にしちまったんだから、俺も染みついちまってるな」


 リプトルのほぼ全住民が集まった中で、完成した店を見上げながら、ヨウツーは苦笑いを浮かべた。

 今の彼は、髭を剃り、黒髪も香油で後ろに整えており……。

 ハイツから賜った燕尾服を着こなした姿は、意外なほど元の造作が整っていることもあり、美中年と呼ぶに相応しい。


 そんなヨウツーが当初、ここに開く予定だったのは単なる酒場であったが……。

 完成した建物は、小規模な砦と呼ぶべき……およそ、酒場の範疇には収まらない代物である。


 むしろ、これから発生していくだろう様々な依頼を処理するための事務施設や、冒険者の金品を預かるための大金庫を備えた母屋が建物の主たる部分で、そこから突き出すように建てられた酒場部分はおまけのような造りであった。

 これは、ヨウツーの言葉通り、迷宮都市ロンダルの冒険者ギルドをそのまま移設したような造りである。


「まあ、ここにいる全員、この建物がしっくりきていますから。

 迷宮都市でギルドとして機能していた建物なら、この地でも不足はしないでしょうし」


 聖騎士シグルーンの言葉に、戦士アラン・ノーキンが首をかしげた。


「でもよお、建物はあっても、職員がいないぜ?

 誰かにヨウツーさんが教えてやるのか?」


「アランさん、また話し合いの内容を忘れて……。

 ギルドマスターのアンネさんから、慣れた職員を引き連れて移住すると使いが来てるじゃないですか。

 遅くとも、一週間もすればロンダルのギルドに近い機能を発揮しますよ」


 ジト目となりながら忍者少女のギンが解説する一方……。


「それより! あたしがこんな格好させられてるのは、何でなのよ!」


 一人、文句を言っているのがエルフ魔術師のレフィであった。

 いや、今の彼女を見て、魔術師と思う人間はおるまい。

 何しろ、特徴的だった杖も三角帽子も何もかも取り上げられており……。

 代わって、これもハイツから与えられた公国のメイド服を着せられているのである。

 短めのスカートを採用したこのメイド服は可憐なこしらえで、実年齢はともかく見た目なら少女である彼女によく似合っていたが……。

 どうも、本人は不満たらたらなようである。


「あたしも、迷宮に潜って大活躍したいー!」


「「「「「てめーは二度と迷宮に立ち入るんじゃねえ!」」」」」


 レフィの抗議へ、冒険者たちが一斉に言い放つ。

 先日の一件もあって、彼女は満場一致で竜迷宮への出禁を命じられたのであった。


「はっはっは!

 まあ、可愛いからいいじゃないか。

 俺だけじゃ、店を回すのも大変だからな」


「え? 可愛い?

 なら、まあ……いいけど!

 そうね! 看板娘も悪くないわ! 食いっぱぐれないし!」


 ヨウツーの言葉に、レフィがふんすとドルン平原よりも平原な胸を張る。


(皿、何枚割られるかなあ……)


 そんな彼女を見て、犠牲になるだろう食器たちのことを思い浮かべながら、ヨウツーは一同を振り返った。


「じゃあ、ヨウツー」


「ええ」


 ハイツにうながされ、両開きのドアにかけられた『閉店中』と書かれた札を取り外す。


「開店だ!」


 その言葉に……。

 リプトルの住民たちが歓声を上げる。




--




 冒険者たちにとって、酒場で生まれる悲喜こもごももまた、冒険譚に劣らぬ物語……。

 ヨウツーが開いたこの酒場でも、きっと、数多くのそれが紡がれることであろう。



--




 ここまでお読み頂いて、ありがとうございます。

 そして、皆さんのおかげで24年5月29日時点で異世界ファンタジー週間70位! 週間総合122位にランクインしました! 本当にありがとうございます!


 で、一つの章が終わった区切りということで、あらためて……。

 「面白かった」「続きが気になる」と思ったなら、是非、評価などでの支援をよろしくお願いします。

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