迷宮都市の長は(俺の腰よりも)頭が痛い

 ザドント公国の地政学的な役割は、ドルン平原に対する緩衝地帯である。

 凶悪な小竜が闊歩する危険地帯に対するザネハ王国の防波堤……。

 それが、この国へ課せられた使命なのだ。

 それはつまり、王国を中心として考えた場合、片隅も片隅の田舎地帯であるということ……。


 そのような立地であるから、商人の往来というものは、あまり多くはない。

 産業としても目ぼしいものが存在しないため、基本的には、公国にとって必要な物資を運び込む運送屋のみがここへ訪れるのだ。


 そんな事情が存在するわけであるから、大規模な輜重隊のごとく馬車が連なり、街壁前へ押し寄せる光景というのは、前代未聞のことであった。

 しかも、それらは一つの商会に属する馬車ではなく、複数の大商会が連合となって送り込んでいるのである。


 一体、何があったのか……。

 市井の人々のみならず、公主その人も興味を抱いたのは当然のことといえるだろう。

 ザドントの城に招かれた各商会の代表者たちは、公主とその臣下たちに向けて、こう告げたものだ。


「公国の先、ドルン平原へ入植した開拓団から、かつてない規模の古代遺跡が発見されたという報せが届き、こうして馳せ参じました」


「情報の提供者は、当商会にとっても、何度か儲け話を運んできた御仁でして……。

 今回もまた、とっておきの話を持ってきたものだと、商会長一同、喜んでおります」


「つきましては、かの平原へ向かうための通行許可を頂きたい。

 まだ道の整備は進んでいないものの、生息していた恐ろしい魔物に関しては、大多数の掃討が済んでいると聞いております」


 ――古代遺跡の発見。


 そのような話は、初耳の公主たちである。

 何かの間違いではないか?

 あるいは、補給を絶たれ窮した第二公子が、虚言で商人を招いたのではないかと、そう考えたものだ。


 ただ、この荒唐無稽な話を、信じるに足る要素もまた、存在していた。

 他ならぬSランク冒険者たちの存在である。

 あらゆる不可能を可能にする生きた伝説たち……。

 彼らならば、そのくらいの奇跡を成し遂げてもおかしくないのだ。

 おそらく、代表者の話にあった商会への恩人というのも、Sランクの誰かであるに違いない。


 とはいえ、ザネハ王国からの圧力もある。

 果たして、商会の馬車たちを通すか否か、公主はしばし悩んだが……。

 出した結論は、通すというものであった。


 そもそも、王国からの要請は、あくまで公国が国家として開拓団に協力することを禁止するものであり、無関係な民間商会に関しては言及していない。

 また、一軍を支えられる規模の馬車隊が押し寄せているのだから、これを帰して各大商会に損害を与えた場合、どのような報復や要求があるのかという問題もある。


 何より、もし、本当に古代遺跡があるのならば……。

 遺跡という優良資源を得た開拓地が大いに栄えること間違いなく、玄関口である公国も恩恵に預かることが可能だ。

 そうなれば、ザネハ王国との力関係すら逆転し得る……。

 こちらは正式に承認された開拓権を持つというのに、上からその支援を打ち切るよう要求してきた相手を、見返せるかもしれないのだ。


 感情、打算、戦略……。

 様々な要素が複合し、商会連合の馬車隊は開拓地へ通される。

 その先にあるのは、繁栄と躍進であった。




--




 迷宮都市ロンダルといえば、言わずと知れた冒険者の街であり、税収の大半をもたらしているのも冒険者たちである。

 では、自由気ままな冒険稼業の者たちから、いかようにして税を徴収しているのか……。

 様々な工夫が存在するが、代表的なのが地下に広がる古代迷宮の入り口へ設けられた関所であった。


 関所といっても、その造りは要塞に等しい。

 だが、通常の要塞と異なるのは、外部に対してではなく、内部に対して強固な造りをしていることだろう。

 これは、万が一、迷宮内から強力な魔物が地上に出ようとした場合、この関所内で食い止めるためである。


 だが、幸いにして、そのような非常事態が発生したことは、都市建設から今に至るまで一度としてなく……。

 やはり、最大の役割は、関所という名前が示す通りの徴税機能なのであった。


 迷宮出入り口から分厚い三重扉を経たすぐそこには、いくつもの魔方陣が設置された空間が存在する。

 迷宮へ潜ることに関しては、ギルドカードさえあれば原則自由だが、出てきた場合に関しては、話が別だ。

 ランクの如何に関わらず、迷宮探索を終えた冒険者は必ずこの魔方陣に乗り、係の魔術師から検査を受ける決まりとなっているのであった。


 魔方陣が持つ役割は――鑑定。

 この魔方陣は、貴金属類や魔力を持った品へ敏感に反応し、術者へ伝える役割が存在するのである。

 それはつまり、迷宮から持ち帰った収穫物が、余さず暴かれるということ……。

 検査によって判明した収穫物は、即座に鑑定士が適切な査定を行う。

 そして、命からがら迷宮から帰還した冒険者には、査定額の二割に換算される納税を現金か現物で迫られるのだ。

 まさに、迷宮都市の名に相応しい徴税方法であるといえるだろう。


 また、この関所にはある副次的効果が存在した。

 他でもない……銀行の発展である。

 迷宮から出てくると貴金属が査定されてしまうのだから、当然ながら、銀貨や金貨などの現金を持ち込むと、帰りの査定額に上乗せされてしまう。

 そのため、ギルドカードに記載してもらった装備品や消耗品――これは査定の対象外となる――を除く貴重品は、やはり関所内に設けられた銀行へ預けられるのだ。


 国営の銀行は、預けられた財産で商会などに投資を行い、さらなる利益をもたらす。

 まさに、一石二鳥。

 大迷宮入り口に設けられた関所は、豊かな税をもたらすと共に、銀行と両輪で商業を発展させる迷宮都市の心臓部なのだ。


 いや、だった、というのが正しいか……。

 最近では、迷宮に潜り、帰還する冒険者たちの数は減少する一方であり……。

 超高額の預金者だったSランク冒険者を代表とする高ランク冒険者たちが、こぞって迷宮都市からの足抜けを表明し、預金も宝石などに変えて出ていってしまったため、銀行の大金庫は残高を大幅に減らしていた。


「何故だ……」


 その報告を受け、自ら関所に駆けつけた国王ザネハ十三世は、かつて出入りする冒険者で賑わっていた魔方陣の間を見渡しながら、そうつぶやいたのである。


「何故、冒険者たちが戻って来ない……。

 ばかりか、減少が加速しているのだ……!」


 国王の言葉に、周囲を固める臣下や暇を持て余す鑑定係りの者たちは、恐縮するばかりだ。

 それでも、勇気を持って口を開いたのが、常に側へ付き従う執事であった。


「情報によれば、ドルン平原において新たな地下遺跡が発見されたとのこと……。

 しかも、そちらでは原則として無税を打ち出しており、話を聞いた冒険者たちが新天地として目指しているそうです。

 また、冒険者目当ての商売をしていた各商会も、軸足をそちらに移しているようでして……」


「な……な……」


 国王は、憤怒の感情を爆発させようとしたが……。


「……すぐに、ギルドマスターを呼び出せ」


 どうにか、怒りを抑えてそう絞り出す。

 だが、執事はそんな彼に無情な報告をしたのである。


「ギルドマスターのアンネは、すでに職を辞してかの地へ旅立ちました。

 ギルドの熟練職員たちも一緒です」


「なあ……っ!」


 国王が、かくんと口を開けた。

 すでに、彼の脳は勘定処理能力の許容量を超えてしまっており……。

 もはや、怒りのままわめくことすらできずにいたのである。

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