(腰の痛みは我慢して)フィールドワーク
開拓村の中央……最初に作り上げた井戸と併設するように建てられているのは、講堂と呼ぶべき大きさの建物だ。
特段の設備があるわけではなく、ただ単純に、開拓団全員を収容可能な大きさの広間があるだけの……そんな建築物である。
だが、集団が集団としてまとまるためには、全員での意思疎通が必要不可欠なものであり、ここはそういった目的のために建てられたのであった。
「なあにぃっ!?
酒を仕入れることができないだと!?」
そんな講堂内で騎士の報告を聞き、いの一番に大声を張り上げたのが、戦士アラン・ノーキンである。
椅子も何も無い板張りの空間へあぐらをかいた彼は、ボリボリと足の裏をかいており、周囲から密かにひんしゅくを買っていた。
「まあ、酒も含まれちゃいるが、要するに支援の全てが打ち切られたってことだ」
そんな水虫戦士に答えたのは、第二公子ハイツや伝令を行った騎士と共に前へ立つ戦士ヨウツーだ。
「どういうことですか?
公国としても、この開拓が成功することによって得られる利益は計り知れないはずですが?」
聖騎士シグルーンの言葉は、一同の総意である。
それに対し、ハイツはやや答えづらそうにしていたが……。
ややあって、伝令役の騎士を見ながら口を開く。
「彼が聞いてきたところによると、ザネハ王国側から圧力をかけられているらしい。
いわく、戦士ヨウツーを迷宮都市に帰還させよ。
そのために、開拓へのあらゆる支援を禁ずる、と……」
その言葉に……。
開拓者も冒険者も、揃ってざわめきを上げた。
「人間の得意技ね。
権力を傘に着て、無理な要求を押し通そうとする」
「お前、故郷の森を出てから二年くらいしか経ってないだろうが?」
いかにも長命のエルフらしく語ってみせたレフィに対し、ヨウツーが半目となりながらつっこむ。
「今更ながら、先生の果たしていた役割が大きかったと気づいたんでしょうか?
それで、呼び戻すために開拓計画を潰しにかかった。
ザドント公国からすれば、ザネハ王国は盟主ですから、その要請を断ることはできないですよね?」
エルフよりよっぽど世の中を理解している十三歳――獣人忍者のギンが、冷静に分析する。
「国王陛下直々に求められるとは、俺も捨てたもんじゃないな。
だが、迷宮都市へ戻れという命令には従えない。
すでに引退は決めたことだし、何より腰が痛い」
肩をすくめたヨウツーが、遠き地のザネハ十三世へ呼びかけるように言い放つ。
「それで、問題なのはこれからどうするかだ。
現状のままでも、自給自足することは不可能じゃない。
けど、何らかの方法で補給は受けたい。
アラン殿の言葉じゃないけど、酒などの嗜好品だって欲しいしね」
ハイツの言葉に、一同がうなずく。
特に真剣なのは冒険者たちであり、彼らは嗜好品というものの重要性をよく理解していた。
「国として動けないならば、商人に頼めばいいのではないですか?
別段、人の行き来までも禁じられたわけではないですよね?」
名案を思いついたとばかりに手を叩くシグルーンだが、反論したのがレフィだ。
「まだ街道も何もないし、仕入れられる特産品もないんだから、商人が自分から来たがるとは思えないわね」
「狩った魔物の皮革は、頑丈すぎて加工の難易度が高そうですしね。
需要として、大きくはなさそうです」
レフィの意見を補強するように、ギンがつぶやく。
「だったら、おれたちで補給班でも作って直接仕入れるか?
それだったら、問題ないだろう」
「それも、その内に何か妨害してきそうだな……」
アランの意見に、シグルーンが懸念材料をぶつける。
意見をぶつけ合うのは、何もSランク冒険者たちだけではない。
他の者たちも同じようにしているが、決定的な解決策は見当たらなかった。
「……まだ、先延ばしにするつもりだったんだけどな」
一方、ヨウツーのみは何かを見据えながら、ぼそりとつぶやいたのである。
「ヨウツー、何か考えがあるのか?」
「まあ、ね。
大筋としては、シグルーンの案を採用する。
ただし、一介の商人に動いてもらうのではなく、大商会に介入させるのです。
国としても、無碍には扱えないような連中を、ね」
ハイツの言葉に、ヨウツーはため息混じりで答えた。
「それは……。
そうできれば最高だが、どうするっていうんだ?
大商会が食いつくほどの利益など、こちらは提供できないが……」
「それを、これから用意するのです。
まあ、運が良ければ一週間……。
悪ければ、一ヶ月といったところでしょうか」
ヨウツーの言葉に、一同が首をかしげる。
そんな彼らに対し、熟練の冒険者は腰をさすりながら、自分の考えを述べ始めたのであった。
--
それから……。
Sランク冒険者四人を連れてヨウツーが行ったのは、ドルン平原各地での測量である。
と、いっても、地上を測定するのではない。
地下水を探る時に使用した魔法陣を、各所で発動し続けていたのだ。
そんな作業を何度か繰り返す日々の中……。
「なあ、地下水なんか探してどうするんだ?
井戸だけ掘ったって、人がいないんじゃ、しょうがねえだろ?」
アランが発した言葉には、他の四人も呆れ顔となるしかなかった。
「アランよ……。
何を目的にしているかは、話し合いの場で先生が説明しただろうが」
聖騎士シグルーンが、鎧越しでも分かる豊満な胸を揺らしてジト目となる。
「というか、地下水探しで何日もかけて移動するわけないじゃない。
覚えてなかったとしても、そのくらいは考えつきなさいよ」
「まあ、アランさんらしいといえば、アランさんらしいですが」
「おいおい、あんまり褒められると照れるぜ」
レフィとギンの言葉をどう受け取ったか、本当にアランが照れ顔となったので、一同はますます呆れ返った。
「はっは。
脳味噌筋肉ために、もう一度解説するか。
まず、今も描いてるこの魔法陣だが、用途は地下水の調査じゃない。
地層を調べるためのものだ」
例によって腰に負担がかからないよう、長い枝きれで魔法陣を描いていたヨウツーが、再度の解説を始める。
「で、あの日に調べた時、地下の深くも深く……。
それこそ、地下水脈なんかよりもさらに下方から、妙な反応があったわけだ。
超広大で複雑怪奇な地下洞窟でも、張り巡らされてるような、な……」
魔法陣を描き終えたヨウツーに、レフィが魔力供給を開始した。
高度かつ非実用的――つまり、通常ならばまず使われることのない魔術を行使する男は、さらなる材料を並べ始めた。
「そもそも、ここドルンの生態系そのものがおかしい。
何故、ここにだけ強力な小竜が巣食っているのか?
そもそも、あいつらはどこから来たのか?
竜が長い時間かけて小さな姿を獲得した? 違うね。魔獣の王者が、わざわざ脆弱な姿に変わる必要がない」
そこで、ヨウツーがしばし沈黙する。
その上で、確信と共に続く言葉を口にしたのだ。
「俺の推測は、こうだ。
あれらは、古代人の手で人工的に作られた魔物……。
ここドルン平原に余人が住み着かないよう、番犬にされているんだ。
ならば、ドルン平原とは、それそのものが迷宮第一層と呼ぶべき存在ということになる。
ということは、俺が感知した地下の反応とは……」
「反応とは……結局なんなんだ?」
アランの言葉に、一同がずっこけそうになる。
結果、ヨウツーは腰どころか頭まで痛くなりつつも、仕方ないので結論を告げたのであった。
「この平原は、地下深くに恐ろしく広大な迷宮が存在する。
その入り口が、必ずどこかにあるはずなのさ」
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