(腰を痛めた状態で)展望について語る

 それから、二ヶ月……。

 ドルン平原における開拓村は、恐るべき勢いで形を整えていた。


「おっしゃあ!

 いいか野郎共! 一振りだ! 一振りで切り倒せ!

 何度も刃を入れると、それだけ木材としての粘りが弱くなるからな!」


 などと言いながら、斧ではなく自慢の大剣で、文字通り一刀両断に木々を切り倒していく……。

 戦士アラン・ノーキンを始めとする戦士たちにより、後背部の森は、伐採などという言葉が生温く感じられるほどの勢いで削り取られていたのである。


「こういうダラーッとした魔力の使い方って、かえって疲れるのよねー」


「レフィさん、気を抜いてるとまたやらかしますよ?」


「大丈夫、大丈夫。

 そうそう同じ失敗はやらかさな――あわわ!」


 それによって得られた木材は、エルフ魔術師レフィを始めとする魔術師たちが、ヨウツーから指導を受けた魔術で乾燥させていく……。

 難点があるとすれば、細やかな魔力制御を苦手とするらしいレフィが、時たま木材を燃やしてしまうことだろうか。

 それでも、通常ならば長い時を経なければ使えるようにならない木材がすぐ手に入るのだから、効果は大きい。

 通常を遥かに上回る速度によって得られた建材により、開拓団が住まうための住居が、急速に揃っていったのである。


「もう、ここまでくると完全に村だな……。

 それにしても、どうして大工仕事の心得まであるんだ?」


 当初に見られたトゲのようなものが消え去り、すっかり丸くなったハイツが問いかけた。

 視線が向く先は――下。

 ベンチに倒れ、顔へ死人のごとくタオルをかけられたヨウツーである。

 かんながけの姿を褒められて調子に乗った結果、彼は腰が傷んでダウンしていた。


「ふ、ふひゅひゅ……。

 若い頃、色々とやっただけですよ……」


「うん、そうか。

 無理して格好つけるなよ」


 あの決闘が嘘だったのではないかと思えるくらい、情けないおっさんと化しているヨウツーにそう言ってやる。


 改善されたのは、住宅事情のみではない。

 開拓に欠かせないもの……新規の畑作りもまた、総仕上げというところへ入っていた。


「こんなに長いこと神の奇跡を行使しないというのも久しぶりだが、こういうのも悪くはないだろう?」


「ええ、私なんかは豊穣神に仕えているので、特にそう感じますね」


「宗派は関係ありませんよ。

 いずれの神々も、平和な時を是としていることに代わりはありませんから」


 こちらを指揮するのは聖騎士シグルーンで、鎧を脱ぎ、聖剣もくわなどへ持ち替えた彼女は、同じように農家の格好となった神官らと共に、精力的に畑仕事へと励んでいる。

 すでに、森林内の河川から水を引くための用水路は完成しており、耕された土が整然と並ぶ様は、なかなかに壮観であった。

 ……余談だが、アランを始めとする戦士たちがこれに加わっていないのは、ただ地面を破壊するだけで、小石の取り除きや土起こしなどがあまりに甘く、戦力外通告を言い渡されたからだ。

 何事も、力任せにすればよいというわけではない好例である。


「――失礼します」


「――ううおっ!?」


 彼女の出現は、いつも心臓に悪い。

 どこからかハイツの背後に現れたのは、魔物の掃討を担当する獣人忍者のギンであった。


「先生、こちらで腰を痛めてましたか」


「腰を痛めるのが前提みたいに言わんでくれ。

 いや、まあ、痛めてるんだが……」


 屈み込んで顔を覗き込む忍者娘に、顔のタオルを剥ぎ取ったヨウツーが答える。


「ひとまず、南側……。

 ザドント公国側へ至る地帯は、肉食の小竜種を一掃してあります。

 道の整備などは課題ですが、荷駄による補給を受けることも可能でしょう」


「そういう報告は、俺じゃなく殿下にするよう言っただろうが……」


「いいさ、僕は気にしてない。

 結果として、聞いてはいるからさ」


 ハイツはそう言いながら、穏やかに肩をすくめた。

 自尊心のみが先んじていた頃ならば、このような扱いに我慢ができなかったに違いない。

 そんなものより大切なのは、この開拓村をどう発展させていくか……。

 百年とはいかずとも、今後十年は見据えた計を練ることだ。


 忍者少女ギンが率いる一団――魔物掃討班の成果を聞いて、腕組みする。

 そのまま、ヨウツーへと疑問をぶつけた。


「それより、草食種はそのままなんだな?

 話を聞く限りだと、穏やかだったり臆病だったりする種が多いようだが、捕食者を失ったら急激に数が増えて、生活圏を圧迫してこないか?」


「肉食種の役割は、人間様が果たせばいい。

 肉食種でも十分に美味かったのだから、草食種ならばなおのことでしょう。

 食肉用に狩る獲物としては、不足ないかと。

 場合によっては、手懐けて家畜化を試みてもいい。

 肉食種を根絶し、足がかりとしてこの開拓村が完成すれば、移民を求める者も大勢出てくるはずです。

 食肉の需要は、さぞ大きいことでしょう」


 ヨウツーの言葉を受けて、ハイツが幻視したのは、この開拓村が徐々に人を受け入れて拡大していく光景である。

 そうなれば、当然、この村だけで収まりきるはずもなく、開拓村は凶暴な魔物が消えたドルン平原各地へと点在することになるだろう。

 そして、ドルン平原は魔物に代わって人類が支配する地域となり、やがては第二の公国と呼ぶべき地へ生まれ変わっていくのだ。

 いや、火山灰由来の肥沃な土地と、北方諸国への玄関口になれる地理的要因を考えれば、それ以上の勢力となれるに違いない。


 それは、何とも言えぬ心躍る幻想であった。

 しかも、現実として思い描くことが可能な現実なのだ。


「いいな。

 それだけの肉が必要になる未来は、いい。

 そのために、まずは本国から補給を受けないとな」


 大抵の品は冒険者たちの力技で賄っているこの開拓団であるが、それでも、今後を見据えると必要な物資というものが出てくる。

 例えば、鍛冶に使う窯を作るための耐火レンガなどがその代表だ。

 そういった品々が不足しているのは、何もハイツの見積もりが甘かったからではない。

 普通に考えれば、単なる入植に留まらず、鍛冶場や酒造などの建築まで見据えるようになるはずがないのであった。


 ヨウツー曰く、魔術などを駆使すれば現地調達も可能だそうだが、やはり、ちゃんとした工房で職人が生産した品に比べれば、品質は劣る。

 そのため、当初の計画になかった施設を造るための資材は、大人しく本国から輸送してもらい賄うこととなったのだ。


 父である公主からすれば急な頼み事ではあるが、冒険者が大勢志願したのをいいことに正規兵を削った負い目もあるし、そもそも開拓が順調に進むことで公国が得られる恩恵は計り知れない。

 まず間違いなく、要望は通るし、場合によっては、職人そのものも送ってくれるかもしれなかった。


「早速、騎士の一人を使いに出そう。

 ああ、楽しみだ。

 いずれは、街道も整備しないと」


「手を付ける余地が多いというのは、心躍りますな」


 ヨウツーと、そのような会話を交わす。

 ハイツには、何かをすればするだけ発展していくこの状況が、盤面遊戯めいたものとして感じられている。

 迷宮都市ロンダルの冒険者たちという強力無比な大駒たちにより、何をやっても上手くいってしまうという状況がそう感じさせるのだろう。


 だが、物事というのは、上手くいっている時にこそ落とし穴が待ち受けているもの……。

 送り出した騎士は、支援は行えないという公主の言葉を持ち帰って来たのであった。

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