(俺の腰が痛い頃)迷宮都市にて

「どういうことだ……?

 熟練の冒険者たちも次々と出ていくばかりか、新規の冒険者たちも入らなくなっているだと!?」


 ザネハ王国の王都――というよりは、迷宮都市の異名で知られるロンダル中央部……。

 そこに築かれた王城の執務室で、国王ザネハ十三世は声を荒げていた。

 執務机に広がるのは、冒険者ギルドからの報告書……。

 王国にとって、生命線ともいえる機関からのそれである。

 だが、その内容は散々なものだった。


「一ヶ月と少し前、四人のSランク冒険者たちが、多数の仲間を引き連れて離脱して以来……。

 ギルドから足抜けする冒険者が、後を絶たぬだと!?

 いや、それだけならば、まだいい。

 新規の冒険者が、何故入らなくなっているのだ!?

 我らが足元には……ロンダルの地下には、古代の迷宮が広がっている。

 そこは、未だ探索され尽くしてはいない宝の蔵だ。

 食い詰め、一旗上げるためにはもってこいの場所ではないか!?

 現に、今まではそうした若者たちは絶え間なく訪れていた。

 そして、迷宮探索を試みる内に育ち、やがてはAランクやSランクの冒険者として、国に多大な貢献をするようになったのだ。

 この循環が、上からも下からも崩壊しつつあるだと……!?」


 半ば独り言じみた……。

 それでいて、怒りに満ちた国王の言葉……。

 これを向けられた執事は、恐縮しきりといった様子で口を開く。


「私では、何ともお答えできかねます。

 ここは一つ、ギルドマスターから直接に話を聞いてはいかがでしょう?」


「うむ……。

 すぐにマスターを呼び出せ。

 他のあらゆる業務に優先し登城させよ」


 かくして、冒険者ギルドのマスターが呼び出される運びとなったのである。




--




「まず、熟練の冒険者たちが次々と出ていく理由……。

 それは、彼らが慕っていた冒険者が引退し、ザドント公国の開拓地を目指したからです」


 王城が誇る謁見の間に参上し跪いた女は、国王の問いかけへそう答えた。

 これなる女を端的に表すならば、凄みのある美女ということになるだろう。

 すでに、女盛りという年齢は過ぎているが……。

 かといって、くたびれているという印象はなく、身の内に宿る覇気も肌の張りも、若者に劣らぬところがある。

 それは、薄い化粧によってさらに引き立てられており、ともすれば、妖艶な印象を与えた。

 赤髪を動きやすくまとめた女の名は――アンネ。

 一介の受け付け嬢から出世を重ね、現在では迷宮都市の冒険者ギルドを束ねる女傑である。


「冒険者の活動というものは、原則として自由意志。

 今は、事前に受けていた依頼を果たすために各地へ散っている高ランク冒険者たちも、それを果たしたならば、この流れに乗ることでしょう」


「慕っていた冒険者が引退したからだと……?

 それだけで、かくも多くの者が後へ続くというのか……?

 いや、いい。

 まずは続きを話せ。

 それで、新規の冒険者まで大幅に減少している理由は何だ?」


「それもまた、その冒険者が引退したからです」


 国王の問いかけへ、アンネはさらりと答えた。


「かの冒険者は、新人の冒険者を育成するために、ギルド内で手厚い体制を築き上げていました。

 経験というものが皆無な新人に、熟練冒険者が同伴して、一から迷宮探索について叩き込む……。

 彼は研修と名付けていましたが、そのような体制が構築されていたのです。

 結果、彼が加入した前後では、Dランク――新規冒険者たちの損害率が大幅に変わっています。

 近年、冒険者を志す若者たちは、そういった手厚い体制があると聞いて、この迷宮都市を目指していたのです」


 それは、国王からすると初耳の話である。

 いや、報告されていたかもしれないが、忘れていたのか……?

 確かに、感覚として、二十年以上前は今より冒険者志願者が少なかったように思う。

 また、Sランク冒険者にしても、今のように複数人が存在するようなことはなく、引退して久しい勇者ゾン・クリムのみがその地位にいたのだ。


「その研修という体制がなくなったから、志願者が減った……。

 あるいは、育たずにすぐ辞めるか、死んでしまうというのか?

 しかし、何故だ?

 有効だと分かっているのならば、同じようにやっていけばいいだろう?

 やり方というものは、分かっているのだろう?」


 国王の疑問は、至極もっともなものであった。

 それに対するアンネの答えは、こうである。


「冒険者にとって必要な能力は、多岐に渡ります。

 また、新人冒険者がそれぞれ持っている素養も様々です。

 かの者は、個々人の適性を見抜いた上で物を教えるということへ、非常に秀でていました。

 あの者がいなくなった今となっては、同じように新人を教え導くことは難しいのです」


「在籍している熟練者でも、できないというのか?」


「そもそも、熟練の冒険者というのは、常に依頼が多数きているものです。

 そこを調整し、かつ、相性の良い新人冒険者と組ませるということも、その者はしておりましたので……」


「ううむ……」


 優れた教師であり、調整役だったということだ。

 唸る国王に、アンネが付け加える。


「また、新人を教え導く以外の件についても、その者の貢献は計り知れません」


「まだ、あるというのか……?」


「はい」


 驚きながら身を乗り出す国王に対し、アンネは懐から小瓶を取り出した。


「それは……」


「ウィシュテ王国製のポーションでございます」


「おお、それなら知っているぞ!

 わしは使ったことがないが、通常の品に比べて、随分と効果が上のようだな。

 騎士たちなどは、必需品として携帯しておる」


「ならば、話が早い。

 恐れながら、このポーションが我が国へ流れるようになった時期と経緯は、ご存知でしょうか?」


「時期は、十年ほど前だと記憶している。

 経緯に関しては、そもそもわしが当事者だ。忘れるはずもない。

 向こうの国王から、さらなる通商強化を図りたいと、打診してきたのだ。

 ……まさか」


 そこで、国王が戦慄に背を震わせる。


「その、まさかでございます」


 王の予感を肯定するべく、アンネがうなずく。


「そもそも、ポーションとは重要な戦略物資。

 いかに通商を強化するためといえども、通常ならば、ウィシュテ王国が外部へ大々的に販売することはなかったでしょう。

 何しろ、このポーションはかの国で採取される良質な地下水でなければ、精製できないのですから……。

 それを、輸出するようになった理由はただ一つ。

 ある冒険者との友情ゆえです」


「そして、その冒険者こそが、出奔していったという人物なのだな?」


 もう、こうなってしまえば、話の流れから明らかだ。


「はい」


 国王の推測に、アンネはまたも肯定で答えた。


「何故、ウィシュテの王がその冒険者に友情を感じたのか……。

 その理由は、話すことができません。

 話さないのではなく、話せないのです」


「よかろう。

 あえて聞くまい」


 おそらく、何か国の暗部に関わる問題……。

 それを、件の冒険者が解決したか、少なくとも多大な貢献をしたのだ。

 十年前、急に輸出品目を増やしたいと打診があった時は、深く考えず喜んだものだったが、まさか、そんな裏事情があったとは……。


「それで、そやつの名は?

 ランクは?」


「――戦士ヨウツー。

 ランクはCです」


「C!?」


 ここで、国王の目が大きく見開かれた。


「なぜ、それほ――」


「――それほどの男が、Cランクに甘んじている理由は、冒険者の査定方法のためです。

 見直しを求めた嘆願書は、これまでに何度も提出してきました」


「ぐむっ……」


 そういえば、つい先日も一笑に付した覚えがある。

 今更ながら、縁の下から支える者の重要性を理解しつつあるザネハ十三世であった。

 だから彼は、もはや眼前の女に目もくれず、このような命令を臣下に発する。


「そのCランク冒険者を……。

 ヨウツーなる戦士を、何としても呼び戻せ!

 方法は問わぬ!」


 王の命令は、絶対であり……。

 かくして、王宮の臣下たちはCランク冒険者を呼び戻すために動き出したのである。

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